第4話:アンダー・ザ・忍者①

 妙に寒い……今日そんな寒くなる予報出てたっけ……そんな事を思いながら鯉魚は目を覚ました。


 腕時計とかつけるのダルいという理由で鯉魚は腕時計を持っていないし、置時計を持ってくるような余裕はなかった。今日は買い物の日だ。時間を確認すると、、午前十時を少し回った所だった。


 昨日の夜はカップ麺を食べて、下着も替えずに寝たな……鯉魚がベッドの上で起き上がると、パジャマを着ていない体は白く不健康な色を見せた。


「忍者ー」


「その呼び名はできればやめて頂きたいです!」


 鯉魚が忍者こと兵頭豹衛を呼ぶと、天井からすっと出てきた。昨日ちらっと確認したが、部屋の天井に出入りできそうな所はない。こいつこそ真の人外なのではないかと鯉魚は思う。


 そして忍者は昨日見たのとは違う、黒いTシャツにジーパンという一般人らしい服装に身を包んでいた。肩から鞄をかけていてパイスラになっている。


「近くに安く朝ごはん食べられる所ある?」


「ありませんぞ!!」


「しゃあねえ買っていくか……」


 鯉魚は下着姿のままベッドから下りて、昨日放置していた鞄から服を出して着た。水色のガウチョパンツと白いTシャツだ。


「で、忍者が案内してくれるとして……待って煙草吸う」


「ハッ!」


 豹衛は片膝をついて鯉魚の傍に控えている。まるで主人と従者のようだった。


「ちょっと鯉魚ー」


 そこに出てきたのは呪いの人形(と呼ばれる事を本人は否定している)である栞だった。


「何ー」


「あなたなんで今日の朝ごはん買ってこなかったのー」


「お金なかったからよー」


「だったら働け!!」


 栞は急にキレた。


「まあ落ち着け」


 鯉魚は栞の方に片手を出し、殴りかかろうとする栞を止めた。


「もう少しでお金が入るから……」


「金がない奴はいつも同じ事を言う!! あと豹衛にたかるんじゃないわよ!?」


「え」


 思わぬ所から注意が飛んできて、鯉魚は思わず栞を見た。ぶっちゃけ今日の買い物はかなりの部分を忍者に依存しなければならない手筈だ。


「豹衛もたかられて奢るんじゃないわよ!?」


「そんなお金はないでござる!!」


「キャラを作るな!!」


 ござるって忍者の語尾なのだろうか……鯉魚はそんな事を考えながら、一本煙草を吸い終えて缶コーヒーの空き缶に入れた。ジュッと音がする。


「じゃあいくかー」


「案内はお任せください!!」


「うんまあその前にヘブンいくんだけどね」


 近くのコンビニで朝食を調達せねばならない。


「ちゃんと計画的な買い物するのよー」


 栞はおかんみたいな事を言って、二人を送り出した。


 玄関を出る段になって、鯉魚は忍者の靴が気になった。明らかに忍者は玄関を利用している痕跡がない。しかし忍者はごく普通に下駄箱から自分の靴を取り出して鯉魚の後に続いた。なんなんだこいつ。不法滞在とか言ってたのに。


「あ、そうだ。忍者何かご飯食べた?」


「干し飯を少し……」


「なんでそんな所だけ完全に忍者なんだよリアクションに困る。これで好きな食べ物買っていいから余った分でおにぎり一個買って。私ちょっとトイレ入ってるから」


「おお!! 奢りとはありがたい!!」


 二人は近くのヘブンイレブンに入り、中で別れた。鯉魚は便意を催したのでトイレに入る。丁度よく空いていたので、鯉魚は便座に腰かけて出すものを出した。


「……そういやハンカチ持ってねえな。いやコンビニならペーパータオル置いてるか……」


 忍者は何を買ったかな……などと思いながらトイレから出ると、忍者は既に買い物を済ませて鯉魚を待っていた。


「見事な大便でしたな!」


「大声で言うな☆」


 軽く冗談を交し合って、鯉魚は忍者の鳩尾に掌底打ちを叩きこんだ。


「ゴフェアッ!」


「っていうか何買ったの。ツナマヨ。ナイス。じゃあスーパーまで案内して」


「御意……!」


 キャラとして軸がぶれている忍者の後から、鯉魚はツナマヨの包みを開けた。


「あ、拙者にもご飯を……」


 忍者は振り返って手を差し出してくる。


「はい。じゃ、今日は奢りよろしく」


「はい!! えっ!?」


 忍者にレジ袋を渡すと、彼女は心の底から不思議そうな顔をした。


「飯を奢った対価だ」


「こんな裏技があるなんて……!!」


 さっきクソを出す時に思い付いた文字通りの屁理屈なのだが、忍者は真に受けた。とりあえずこれで今日金欠に陥る事はない。


 楽なもんだ……鯉魚は昨日のうちにスマホに纏めた買い物メモを見た。


「それで……買う物はなんなのですか?」


 忍者は自分のがま口を取り出して尋ねてきた。


「んー……栞ちゃんに確認して貰えばよかったな……まずキッチン用品。私用の食器一式はいるとして、調理器具って何あった?」


「栞殿はその気になればあそこの設備でハンバーガーが作れます」


「凄いのかどうなのか微妙だけど、食器があればよし。あとトイレ周りでハンドソープ、トイレットペーパー、タオル複数、お風呂周りだとシャンプーリンスコンディショナーボディソープ、剃刀とシェービングとあとバスタオル複数。洗濯用の洗剤もいるか……待ってドライヤーってあった?」


「ありますぞ」


「じゃあいいか。ヘアアイロンは?」


「アイロンはありますぞ、収納の中に」


「ないのね。売ってんのかな……」


「ありますぞ?」


「ヘアアイロンだよ?」


「部屋……」


「ヘア」


「アンダーウッド……」


「なんだそれ。あとまあ洗顔とかその辺か……これ見ながら買った方がいいかな」


 メモを見ながら、鯉魚は忍者の後に続いて狭い道から出て踏切を渡った。入った事がなくともそれと分かる大きな商業施設が目の前にある。


「スーパーって一階だよね? あ、灰皿売ってそうなとこってある?」


「拙者は煙草を吸わないので灰皿がどこにあるかなど……喫煙所にはありますが」


「喫煙所の灰皿持っていけるわけねえだろ狂ってんのか」


 踏切の上で、鯉魚は忍者に水平チョップを叩きこんだ。忍者はゲフッと銀色の液体を吹き散らした。


 その後、二人は並んでスーパーに入った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る