第一章 1 菊川

菊川遥きくかわはるかは新居の片付けを一段落済ませると、ドリップコーヒーを淹れ、椅子に深く腰掛けた。

一人暮らしのためのワンルーム1Kの部屋。まだ刑事を務めて2年だが、大学生の頃から貯金をしていたため、お金には余裕があり、本当はもっと広くていいマンションを選ぶこともできた。

しかし、片親である父親と絶縁し、恋人もいない菊川にとっては、この部屋がちょうど良かった。広い部屋に住んでも、余計に孤独を感じそうで嫌だと思ったからだ。


そんな中で、どうしようもない寂しさを埋めてくれるものが一つだけあった。

「しろぉ」

ベッドに置いていた白いくまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。小さい頃、母親が買ってくれた可愛いぬいぐるみ。それを大切に大切にしているうちに愛着が湧き、25歳になった今も手放せずにいる。

犬や猫のペットを飼うことも考えたが、ほとんど家にいないのに、ひとりぼっちにさせるのは可哀想だと思い断念した。


コーヒーを飲み干し、玄関に全身鏡を置きっぱなしにしている事を思い出した。薄いダンボールから出した鏡に自分の姿が映る。

細く華奢な身体。透き通るような白い肌。サラサラの黒髪。

自分の身体は好きだが、刑事だと言うと舐められる事が多い。男性が多い職場であるため、セクハラ発言をされる事も多々あり、その度に不快な気持ちになっていた。

しかし昨日、新しく自分の上司として就いた人は、そういう話は全くしないような厳格な人だった。


「よろしくな。」

たくましくも微笑んだその表情かおは、安心感と信頼感があった。

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血が滴る花は生き帰らない 千歳小雪 @yu_na05

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