第5話 能力が、効かない......?

 南はチミーを脇に抱えたまま、廊下の角を曲がる。

 その直後に、円盤状の刃物が廊下の角へ激突する音が聞こえた。

 チミーは抱えられたまま振り返ると、仮面の者はすぐそこまで近付いている。

 

「逃さんッ!」


 合成された声による怒号を放ち、仮面の者は6枚の円盤を次々に放ち始めた。

 壁に突き刺さり、頭上を横切り、脇を通り過ぎていく。

 間一髪で避け続ける南を見ていたチミーは、突然彼の腕を退けて廊下に降り立った。

 近くに置いてあった消火器を能力で引き寄せて掴むと、飛んできた円盤を弾き返す。


「染口!」


 自身の腕から抜け出したチミーに、南は思わず振り返った。

 チミーは迫る仮面の者を睨みながら、口を開く。


「南くんの言った通り、こいつは多分……私のトラウマの原因で、ずっと探してた人間よ」


 ヴウウウン……と、エンジン音のようなものが、チミーの胸中から小さく稼働し始める。


「さっきは動転しちゃったけど……今ならやれる!」


 握っていた消火器を仮面の者へ向け、大きく息を吸い込んだ。


「こいつを、ぶっ倒す!」


 言い放ったチミーの宣言が、廊下をビリビリと震え上がらせる。

 そこに、先ほどまで動くことすらできなかった小娘の姿は、一切として存在していなかった。

 こちらを睨むチミーを見て、仮面の者はかくりと首を横に倒す。


「逃げる事はやめたか。これでようやく、堂々とお前を殺せるわけだ」


 嬉しそうにそう呟くと、足を揃えて両手を広げた。

 円盤が風切り音を立てて高速回転する中で、銀の仮面は南の方を向く。


「それで……部外者を巻き込むわけにはいかないな」


 そう言って指を軽く動かすと、周囲を舞っていた円盤が南の周辺を切り刻み始めた。


「なにっ……!?」

 

 円盤たちは彼を中心として床に穴を開け、南を下の階へと叩き落とす。

 轟音が響き、もくもくと薄い煙が上がっていた。


「南く─────」


 落ちた南へ一瞬意識を取られたチミーだったが、自身の顔面へ円盤が飛んできた事に気付き、慌てて体を仰け反らせる。

 続けて放たれた更なる円盤へ手を伸ばし、『永遠なる供給源エターナル・エンジン』のエネルギー操作によって制御を奪おうとした。


 しかし、円盤は能力を無視して突っ込んでくる。

 

「なっ……!?」


 咄嗟に消化器を当てて軌道を変えたが、刃が僅かに頬をかすめた。

 切れ味が良すぎてほとんど痛みを感じなかったが、流れ出る血がしっかり切れている事を証明している。


「能力が、効かない……?」

「その通りだ。諦めて死ね」


 チミーの呟きへ無慈悲に答えると、仮面の者はさらに激しい攻撃を加え始めた。


「じゃ、いいわ」


 チミーはステップで避けながら、仮面の者を睨みつけて言い放つ。


「だったら……すごい速く動いて、すごい強く殴れば良いだけよ」


 そう言って円盤を避け切った彼女の胸元から、エンジン音のようなものが鳴り始めた。




 一つ下の階にて、南は一緒に降ってきた瓦礫を払いつつ立ち上がる。

 天井を見ると、チミーと『仮面の者』との争いで揺れていた。


「助けないと」

「待ってくださいよ」


 階段の方へ走ろうとした南の背に、落ち着きのある声が掛けられる。

 振り返って見ると、眼鏡を掛けた細身の男性が立っていた。


「部外者の足止めを頼まれてるんですよ。なので行かれると、困ります」

「俺は困らない」


 彼の言葉にキッパリと言い返した南は、顔を戻して再び走り出そうとする。

 すると、背後に立っていたはずの男性が南の目の前に出現した。

 どこからともなく、まるで空気が集まって生成されたかのように。


「っ……!?」

「どっちでもいいです。ただ僕としては、穏便に済ませたくって」


 男性がニコリと微笑み片手を持ち上げると、その手首から先が砂のように消え去った。

 直後、南の後ろ襟が強く引っ張られる。

 触ってみると、そこには手の感触があった。

 男の手"だけ"が、南の背後へ回っているのである。


「超能力か……」

「ふふ、正解です。ここじゃ珍しくはないでしょう?」


 怪しげに笑った男だったが、その表情が突然、苦痛に歪んだ。


「……っ!」


 南の後ろ襟を引っ張る"手"が消え、男の方へ出現する。

 男はでも触ったかのように、手を軽く振り払っていた。

 南の手のひらに、炎が灯る。


「染口と分断させたのは悪手だったな。おかげで、思う存分能力を使っても殴られずに済む」


 周囲に陽炎かげろうを作りながら、静かに口角を持ち上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

廻るデスティニー 染口 @chikuworld

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ