第4話 とんでもないのが来たもんだ

 保健室にて、南は養護教諭から治療を受ける。


「ホント、ごめん!」


 彼と向かい合う形で座っていたチミーが、手を合わせて頭を下げる事で精一杯の謝罪をしていた。

 南は頬の打撲に湿布を貼ってもらいながら、目を瞑って腕を組むことで呆れた態度を見せる。


「編入してきた次の日に二坂とつるんで、その上で人を殴り飛ばすとは。とんでもないのが来たもんだ」

「ごめん……びっくりしちゃって」


 そう言いながらうなだれるチミーを見た南は、ふんと息を吐きながら彼女に尋ねた。


「俺を探していた事と、関係が?」

「!」


 チミーがハッと顔を上げた所から、図星だったようである。

 南に目で促され、彼女は椅子に縮こまったまま話し始めた。


「私、色々あって火が苦手で……見てしまうと、頭が真っ白になっちゃうというか、ちょっとパニックになっちゃうというか……。それを克服したくて、探してたの」

「なるほど。知らなかったとはいえ、不用意に見せて悪かった」


 内に巻いたおくれ毛を触って落ち着きのない様子のチミーに、南は深々と頭を下げる。

 そんな彼の背後から、救急箱を片付けていた養護教諭がひょこりと顔を出した。


「火が苦手になったキッカケってあるの? 言える範囲でいいけど」

「それは……」


 養護教諭からの質問に答えようと、チミーが顔を上げたその時。


「!」


 何かが爆発したような、崩落したような。

 重く荒々しい大きな物音が、地響きと共に保健室を駆け抜けた。

 その音に目を見開いた3人が、互いに顔を見合わせる。

 一瞬の沈黙が流れた後、恐る恐るチミーが口を開いた。


「一応聞くけどさぁ、この学校ってよく爆発とか起こったりするの……?」

「起こるか!」


 チミーの言葉にツッコんだ南はその勢いを使って立ち上がり、レーシングカーのような速さで保健室を飛び出す。

 南につられて椅子から腰を浮かせていたチミーは、少し考えた後、彼の後を追って保健室を飛び出した。

 理由は、なんとなく嫌な予感がしたから。

 それだけだ。


「……ねえ、南くん」

「うおっ!? いつの間に」


 エネルギーを操る能力『永遠なる供給源エターナル・エンジン』によってあっという間に追いついてきたチミーへ、廊下を走っていた南は驚愕の表情を向ける。

 そんな彼に顔を向けることなく、チミーは前を向いたまま神妙に呟いた。


「他の生徒はほとんど避難してるみたい。私、音がよく聞こえるの」

「本当か。それは良かった」

「代わりに。こっちへ近付いてくる音が、7つある」

「なっ、7つ!?」

 

 チミーの出した数字に、思わず立ち止まってしまう。

 彼女もそれに合わせて立ち止まったが、南を見ることはなく、じっと後方の壁を見ていた。

 先ほどの話から察するに、壁の向こうに何かがいるのだろう。

 南がごくりと唾を飲み込んだ、その瞬間。


「ッ!!」

 

 ジイィィィィッ!

 電動カッターで硬いものを切るような音を立て、壁から円盤状の刃物が頭を覗かせた。

 同じようにの円盤が次々と頭を覗かせ、穴を開ける形で壁を切っていく。

 壁を切る火花が消えたかと思うと、ばがんと轟音を上げて壁が砕け散った。

 もくもくと煙が上がる中、1つの人影がぬうと姿を現す。


 現れた人物は、黒いスーツを纏い、顔を銀の仮面で覆っていた。

 加えてシルクハットを着用している様は、性別を隠しているようにも見える。

 奴を守るように円盤が空中を回り続けていることから、超能力者であるのは間違いないだろう。

 

「ようやく見つけたぞ。染口 チミー」


 仮面の者は真っ直ぐに立ちながら、合成音声でそう言い放った。

 名指しにされたチミーは思わずドキリと身を硬直させてしまう。

 斜め後ろでそれを見ていた南が、訝しげな表情を浮かべた。


「知り合いか?」

「知らないわよ……誰?」


 南の言葉に困惑を返しながら、チミーは仮面の者へ軽く尋ねてみる。

 仮面の者はしばらく沈黙した後、一言だけ答えた。


「『六年前』と言えば、分かるだろう?」


 どくん。

 心臓が跳ねるような感覚を覚える。

 

 仮面の者の答えを聞いたチミーは、ゴーグルを付けていても分かるほどに動揺していた。

 南を殴ってしまった時と同じような……いや、それ以上に。

 

 チミーは身を硬直させ、制服のスカートを強く握り締めていた。

 増える心拍が肺を圧迫しているようで苦しくなり、呼吸も自然と荒くなってしまう。

 まるで得体の知れない化け物と遭遇してしまったような、畏怖に近い反応であった。

 

 そんなチミーを引き戻すように、彼女の体が強く引っ張られる。


「逃げるぞ!」


 気付けばチミーは、走る南の小脇に抱えられていた。

 危険だと判断した南が、無理矢理彼女を掴んでその場から逃げ出したのである。

 こめかみから汗を流す南が、廊下を全力疾走しながらチミーに告げた。

 

「君の事情は知らないし、君が人を殴ったりあんな奴を呼び寄せたりするロクでもない人物であることも変わらない」


 そこまで言った後、「だが」と付け加える。


「奴なんだろう。 君が火を怖がる『原因』は……!」

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