第10話
次の朝に約束通り不死郎に口笛のこつの全部を教えた。
結局最後まで不死郎の口笛は下手だった。
それから喜一は昨日出した着物を不死郎に渡す。
「これ、田舎から持ってきたものなんだが、俺には派手すぎて着ないんだ。フーさんの袖は昨日切っちまっただろ? 代わりにこれを着ていってくれよ。あんたに似合いそうだ」
それは喜一の母が江戸での成功を祈って贈ってくれた着物だが、忙しすぎて一度も着る機会がなかったものだ。
「昨日のお礼のつもりならいりませんけど……ん? 案外いい生地使ってますね。珍しい刺繍も入ってる。これは面白い品だ」
窓から見える冬の淡い快晴に、白と朱色の、朝焼け色の着物が、不死郎の黒髪の長身によく似合っていた。足元に大きな鳥の模様。それは海の向こうにある国の伝説の不死の鳥、「不死鳥」というらしい。喜一の母が昔に縁起のいいものとして、縫い付けてくれたものだ。
しかしこんなに派手な着物、いくら江戸でも祭りの時以外着れないだろう。
この男以外は。
(困らせものだけど町のみんなに好かれていて、知識で希望も絶望も与えてくる。そして魂で人を助ける。あんたみたいな特別な存在にこそちょうどいい)
「フーさん、あんた特別な存在なんだから、これくらい派手な着物が似合うよ。情報屋って仕事にも箔がつく。長く使ってくれ」
「そりゃどうも。しばらく自分の着物なんかこだわってませんでしたが……案外悪くない。代わりになんの情報がほしいですか」
「それなら、仕事か、家族のためになるもんを頼むよ。……それか、賭博場での勝ち方でもいい」
「おお、喜一さんも、江戸の男らしくなりましたねえ。最初はまさに生真面目な田舎者って感じだったのに」
話もひと段落した後、不死郎が喜一に聞く。
「喜一さん、結局大工は続けるつもりなんですか」
喜一は不死郎にまっすぐ体を向け、堂々と言った。
「そりゃあ、こんな最高の仕事は他にはねえもんで。やれるとこまで続けるさ。あんたと同じだよ。そこに大工仕事があるなら、勝手に体が動いちまうんだ。魂に刻まれちまってるもんさ。あんただって、やめられてないだろう」
わかるだろ? と言いたげに喜一は、不死郎を見る。不死郎はその喜一の言葉をどう受け取ったのか、あごに手を添え、しばらく黙り込んだ後、
「ははあ、なるほどねぇ。まさか俺の助言で、大工に人生を賭けることを決めちまうとはねえ。賭けは大概にしないと、身を滅ぼしますよ」
「フーさんには言われたくねえや」
似た者同士であるように、二人は笑い合った。
「フーさんの口笛も、いつか綺麗な音が出せるって、俺は信じてるよ」
先に次の町へ旅立つという不死郎を喜一は見送ることにした。外へ出ると、冬の冷たい空気が肺に送られ、強く吸い込むと鼻の奥がつんと痛む。冷気で肌がひりつく。白い息を吐きながら、「それじゃあ、さよなら」と呆気なく言って歩いていく不死郎の姿を喜一は見ていた。
その背中を、孤独だなんてもう思わない。
どれほどの孤独や困難が押し寄せても、魂に刻まれた不死鳥が、彼を突き動かし、生き返らせるのだろうから。
家族に挨拶をしてから、喜一も強く地面を踏み、仕事に出掛けていった。
不死郎 12扉 @12tobira-ren
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