第8話


 テスト期間が終わりを迎えた。

 校内の掲示板には順位が張り出され、採点された用紙は手元に戻ってきて。

 自他共に認める進学校に通うクラスメイトは、テストの点数の話題で持ちきりだった。


「テストの結果、どうだった?」


「彼女と遊んでばっかで勉強してなかったから、全然ダメだった。平均80点だったわ〜」


「自虐風自慢やめろ。俺に効くから」


 何気ないやりとりを耳にしながら、返却されたテスト用紙に目を通す。

 計算してみると、平均点は75。

 可もなく不可もなく。

 順位も平均よりちょっと上程度で、何の面白みも無い結果に終わった。


「悠くん。こっちを見て欲しいです」


 隣の席に座るセリナさんに肩をちょんちょんとつつかれる。

 それに呼応するように、彼女の机の上に置いてあるモノに目を向けると……100点のテスト用紙がずらりと並んでいた。


「おお……凄いな、芹奈さんは。全部の教科で100点取るなんて……」


「ふふふ。もっと……もっと、褒めて下さい。悠くんに褒められれば褒められるほど、嬉しい気持ちになれるので。ユウトニウムを補給する事が出来るので」


「一応聞くけど、ユウトニウムって、何?」


「私という人間が生命活動を続けるために必要となるエネルギーです……この世界で私しか知覚出来ない特別な物質なんですよ?」


 微かに微笑むセリナさんはそう告げる。

 それに対して、俺は恥ずかしながら何も言い返せない。

 ……ここ最近というか、彼女とリアルで出会った時からずっと距離感が近い。

 ネット上では、遠慮気味な態度がデフォルトだったのに、面と向かって話した途端に「悠くん」と呼び始めて。

 俺みたいな女性耐性皆無のピュアボーイを勘違いさせるような言動も多い。


 もしかして、俺の事が好きだったり、するのだろうか。

 なんて疑問が、幾度となく脳裏に浮かぶ。

 それくらい、セリナさんはあざとい振る舞いをしているのだ。

 もちろん、筋金入りの隠キャである俺には好意を確かめる術はないのだけれど。


「そういえば、悠くん。次の体育の授業内容は知っていますか?」


「いや……全然知らないな」


「どうやら、持久走みたいです……せっかくの機会なので、勝負してみませんか?」


 随分と急な話だな。

 俺とセリナさんが勝負だなんて。

 それに、良い度胸をしているとも思う。

 男女の身体能力には差が有る上に、俺は普段から運動をしている。

 小学生の頃、放課後に幼馴染と一緒に走っていた習慣を、一人になった今でも毎日続けているのだ。

 なので、ゲームばかりしているものの、体力にはそこそこ自信がある。


「……OK。競争しよう」


「ふふふ、悠くんならそう言ってくれると思っていました。それと、勝負するなら勝者に報酬を与えないと、面白くないですよね……負けた人は勝った人のお願いを一つ聞き入れる、というのはどうでしょうか?」


 セリナさんはつらつらと言葉を紡ぐ。

 恐らく、こんな感じで話を進める事を事前に想定していたのだろう。

 つまり、彼女もまた俺に負ける可能性は一切考慮していないのだ。

 ……実に面白い。


「その条件で良いよ。条件が何であろうと、勝つのは俺だからな」



「お疲れさん。走り終わったからって、すぐに止まるなよ。しばらく歩いた後に休め」


「……っす……」


「お疲れ様です、悠くん。勝負は私の勝ちですね……お願い、楽しみにしてて下さい」


「…………っす…………」


 負けた。

 それも、圧倒的な差をつけられた。

 セリナさんは勉強のみならず、運動も出来るタイプの人であり、身体能力が高いだけでなく、持久力も持ち合わせていて。

 ゲーム以外、何もかもが中途半端な俺が勝てるような相手ではなかったのだ。


 俺の記憶が正しければ、小学生の時は運動も勉強も平均以下だったはずなのに。

 ……多分、相当努力したのだろうな。

 シンプルに凄いと思う。

 感心する俺を他所に、セリナさんはどこかへと去っていく。

 その後ろ姿は不思議と大きく見えた…‥このような感じで締めくくれば、良い話で終わったのかもしれないが。


「……お願い、どんなのが来るんだろう」


 それを考えると、怖くて仕方がない。

 勝者の陰に怯え、ガタガタと震えて。

 勝負事の敗者は、惨めな存在である……と、言うと語弊がありまくるな。

 今この瞬間は、イキった癖にあっけなく負けた俺が惨めになっているだけだから。


「セリナさんって、ハイスペックだよな〜。文武両道って感じでかっこいいぜー!」


「おい、隼人。いくら何でも女子にカッコいいは無いだろ。せめて……こういう時って、なんて褒めればいいんだ?」


「うーん、可愛いとか、美しい、とかでいいんじゃない?」


「恵ちゃん、いくら何でも適当すぎるよ〜」


「痣花さんの言う通り、適当すぎます。どうせなら、完璧超人とか、100年に1人の逸材……と、言って欲しいですね」


「あははは!! セリナさん、大人しそうな見た目に反して、自己評価高すぎだろー!」


 カースト上位陣が、仲良さげに談笑している姿が視界に入る。

 ワイワイと盛り上がる彼らの中には、セリナさんの姿もあって。

 ……復讐を誓った相手であるアザカと共に、楽しそうに笑っていた。

 そして、アザカも過去の出来事を忘れたかのように振る舞い続けていて。

 俺には、異様な光景にしか見えなかった。


「やっぱ、あのグループの女子って、レベルたけーよな」


「恵さんはギャル系の可愛さ、痣花ちゃんは癒し系の可愛さ……そして、芹奈さんは清楚系の可愛さだもんな。選べねぇよ」


 カースト上位の女子を見て、うっとりするクラスメイトの会話を盗み聞きする。

 メグミさんやら、セリナさんは、ひとまず置いておいて。

 ……アザカが癒し系、か。

 あの女の過去を知っている身である俺のイメージとは真反対な印象だな。

 確かに、今のアザカは見た目も言動もどこかほわほわしている。


 だが、本性は真逆としか言いようがない。

 幼い頃のあいつは、容姿は優れているものの、性格は死ぬほど悪く、自分こそが世界の頂点に立っていると信じて疑わない思考回路を持ち合わせていて。

 常日頃からクラスの中心に立ち、恐怖で俺達を支配していた。

 けれども、外面はいいから、大人や先生達からは気に入られている。

 本当に、狡猾な人間だった。

 だからこそ、俺は……。


「ねぇ、右城くん」


 耳障りな声が、俺の名を呼ぶ。

 あの頃とさほど変わらない幼なげな声。

 この声の持ち主を、俺はよく知っている。


「ちょっとだけでいいから、話せないかな?……もちろん、二人きりで」


 俺の名を呼んだのは加羽かばねアザカ。

 小学生の時にセリナさんを虐めて、彼女を助けた俺を孤立させた……最低最悪の猫被り女だったのだ。

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スクールカースト底辺ぼっちの俺は虐めから救ったヤンデレ少女に重すぎる愛を向けられる。 門崎タッタ @kadosakitta

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