第7話


 対戦相手は女の子だった。

 それも、ゴスロリを着た美少女……だが、俺がやる事は変わらない。

 集中して、勝負に臨む。

 ただ、それだけである。


『ROUND2 FIGHT』


 ラウンド2が始まる。

 俺が使ってる格闘家は典型的な近接キャラ。

 そして、ゴスロリ美少女が使ってる火吹きヨガマスターは変則的な遠距離キャラ。

 圧倒的なリーチの差があり、相性が悪いため、まともに戦っては勝てないだろう。

 ……それならば。


『竜巻旋空脚! 登竜拳!』


 防御を捨てて接近し、とにかく攻めて攻めて攻めまくる。

 相手のキャラを画面端に追い込み、暴れに暴れまくるのだ。

 動きは一フレームたりとも見逃さない。

 ゴスロリ美少女がやりたい事を読んで、その行動を封殺する。

 まさに、ゴリ押しとしか言いようがない戦法だが、効果はてきめん。

 相手は得意なリーチを活かせず、タコ殴りにされ続けて……。


『リョウ WIN!』


 2ラウンド目は俺が勝利した。

 ほぼノーダメージで。

 半ばハメ殺しのような形で、ボッコボコのボコにしたのだ。


「ぐうう……なんて、強引な戦法なのっ!」


 表情こそ分からないものの、ゴスロリ美少女の声から悔しそうな感情が伝わる。

 本音を言うと、もっと動揺して欲しい。

 彼女が激情に身を任せれば任せるほど……動きは単調になって、行動が読みやすくなり、勝率がぐんぐんと上がるから。


『ROUND3 FIGHT』


 そんなこんなで3ラウンド目が幕を開ける。

 ここで勝った者が、真の勝者。

 負けられない戦いがここにあるのだ。

 

『竜巻旋空脚! 登竜拳!』


 もちろん、俺の戦法は変わらない。

 接近して、タコ殴りにする。

 極めてシンプルだが、有効的な戦法だ。

 しかし……。


『ヨガファイアー! ヨガファイアー! ヨガファイアー! ヨガファイアー!』


 相手のキャラは口から火を吐きまくったり、長い手足でぶん殴ったりして、とにかく近づかせない。

 その動きは洗練されており、さっきのラウンドとは別人のようで。

 俺のキャラは手も足も出ずに、体力ゲージが削られていく。


「くっ、ふふふっ……」


 向かい側の台に座るゴスロリ美少女は、悪戯っぽい笑い声を上げる。

 それと同時に、彼女が操作するキャラが高速でしゃがんだり立ったりを繰り返した。

 これは、紛う事なき、屈伸煽り。

 ゴスロリ美少女あらため、このメスガキは、俺を煽り始めたのだ。

 

 ……クソッ、なんて奴。

 さっきまであんなに焦ってた癖に、優勢になった途端に屈伸煽りするなんて。

 割と普通に腹が立つ上に、負けたくないという思いが沸々と湧いてくる。

 俺は、絶対にこいつを分からせて……!

 

『タルシム WIN!』


「ちくしょおおおおおお!! 負けたああああああ!!!」


 俺は敗北した。

 散々煽られて、怒りに身を任せた事で動きが単調になり、負けてしまったのだ。

 正直、悔しくて悔しくて堪らない。

 台パンだったり、灰皿を投げたりはしないが、声に出してしまう程度には悔しかった。


「やったやったっ! 大勝利よー!」


 そんな俺に対して、ゴスロリ美少女はバンザイしながら、クルクルと回る。

 煽ってきた人間とは思えないほど、子供っぽい喜びようだ。

 ……恐らく、作戦だったのだろうな。

 悪戯っぽく笑ったのも、しゃがみ煽りをしてきたのも、全ては勝利するため。

 マナーが悪いのは間違いないが、実際に煽り作戦は有効に作用した。

 まんまと動揺した俺は、落ち着いて戦えば勝てた筈の試合を落としてしまったのだ。


「あの、ちょっといいかしら?」


「あ、え、おおお、俺っすか?」


 ……なんて事を考えていると、メスガキがこちらに歩み寄り、話しかけてきて。

 予想だにしない出来事に驚いた俺は、訳もわからず吃ってしまう。

 なんだなんだ。

 もしかして、追撃で煽るつもりか?

 そんな事をされたら、俺の精神は……。


「屈伸煽りして、御免なさい。私、ムキになっちゃって、どうしても勝ちたくて……」


 メスガキあらため、ゴスロリ美少女はぺこりと頭を下げる。

 次いで、ゆっくりと頭を上げて、俺の反応を待ち侘びていた。

 ……まさしく、想定外の行動。

 彼女の瞳は揺らいでいる上に、言葉には謝意が込められていて。

 少なくとも、俺には心の底から申し訳ないと思っているように見えた。


「……気にしていないんで、謝らなくてもいいっすよ。負けたのは俺が未熟者だったからで……煽りは別に関係ないだす」


 屈伸煽りはマナー的に良くない。

 それは間違いないが、ゴスロリ美少女は見るからに子供で。

 まだ善悪の区別がついてなさそうな小学生っぽい外見をしている。

 とてもじゃないが、そんな彼女に怒る気にはなれない。

 だからこそ、俺は広い心で許したのに……「だす」はダサすぎるだろう。

 自分なりに良い事を言おうとしたのに、これでは格好がつかないな。


「っ、ありがとう、ございます! あの、もし、良ければなんですけど……」


「君さえ良ければ、また勝負しようぜ。あと、敬語は無しでいいよ」


「……ええ、分かった。今日は本当に楽しかったわ! また、勝負しましょうね! 私の、私だけの王子様!」


 ゴスロリ美少女とギュッと握手をすると、彼女は目をキラキラと輝かせる。

 まるで、幼い子供のように。

 いや……王子様って、何だよ。

 どちらかというと、俺は王子様よりも賊のような見た目をしているのに。

 

「あ、ああ。それじゃあ、俺はこの辺で……またね、バイバイ!」


「あっ、待って! 行かないで、王子様!」


 何となく、嫌な予感を察知した俺はゲーセンを去る。

 最後の最後で噛まなくて良かった、と胸を撫で下ろしながら。

 ムキになりやすい一面とメルヘンチックな思考回路を待ち合わせているものの、同好の士であるゴスロリ美少女と良い勝負が出来たし……やはり、ゲームは良いモノだな。

 ひとまず、そう思うことにしよう。















 すっかり日が暮れてしまった。

 夜の帳が下りている中で、私は月の光を頼りに歩みを進める。

 普段は怖い路地裏でも、心がとてもポカポカしてるので、へっちゃらだ。


「あの人……顔は怖いけれど、優しい人だったなぁ……」


 脳裏に浮かぶのは、一人の少年。

 髪色はくすんだ金髪で、瞳は三白眼。

 見た目こそ不良にしか見えないが、意外にシャイで心優しい少年の姿だった。

 通ってる高校で友達は居らず、心の拠り所はアニメやラノベやゲームだけ。

 そんな私がちっぽけなプライドを守るために行った煽り行為を、彼は許してくれた。

 

「……気にしていないんで、謝らなくてもいいっすよ。負けたのは俺が未熟者だったからで……煽りは別に関係ないだす」


 と言って、許してくれた。

 ……ああ。

 本当に、なんて優しいんだろうか。

 それに、噛んでしまうのも愛おしい。

 見た目は怖いのに、内面は可愛い所なんか、ギャップが凄すぎて。

 やっぱり、彼こそが私だけの王子様……。


「貴女は、愚弄した」


 後方に居る何者かに話しかけられる。

 ゆっくりと振り向くと、フードを被った人がどこからか姿を現した。


「私が愛する人を、愚弄した」


 フードの中身は、声的に女性だろうか。

 怪しげな外見に似合う抑揚のない声で、より一層不気味に感じさせる。


「貴方は……何者なの?」


「彼は許したようだけれど……私は。許せない。許せない。許せない。許せない」


「質問に答えてよ」


「その優しさで、苦しむ。あの時もそうだった。いえ、それからもずっと……彼は苦しみ続けている。だからこそ、私が守らないと」


 ダメだ、話が通じない。

 私の声なんて聞いちゃいない。

 多分、この人は気が狂っているのだ。

 

「私は、正気だよ。至って正常」


「…………」

 

「彼を付け狙う不穏分子から守るために……私は、自分に出来る事をやる」


 そうか、なるほど。

 こいつは彼を狙っている頭のおかしいストーカーなんだ。

 それなら、黙ったままではいられない。

 ……あの人は光。

 ずっと暗闇の中で生きていた私を照らしてくれる王子様。

 これから、目一杯幸せになるためにも。

 絶対に、手放す訳にはいかないから。


「死んじゃえ! クソキモストーカー!」


 カバンからスタンガンを取り出して、ストーカー女に押し当てようとする。

 このスタンガンは暴漢対策で購入した物だけれど、ただのスタンガンでは無い。

 海外製の改造スタンガンであり、威力は折り紙つきだ。

 食らったら、ひとたまりもないだろう。

 ……私の王子様を奪おうとする害虫なんて、死んでしまえばいいのだ。


「きゃあ!」


 しかし、確かな殺意を抱いて行った攻撃はあっさりと躱されてしまい、私は呆気なくストーカーに押し倒されてしまった。

 瞬く間に両手を抑えられ、スタンガンは蹴飛ばされる。

 そして、彼女はパーカーのポケットから、一本のペンを取り出して。

 私の右目の前に突き出した。


「このペンで、右目を抉り取って」


「…………っ」


「彼の前に差し出したら、貴女の右目だって気づいてもらえるかな」


「そ、そんなの、知らない……」


「じゃあ、試してみる?」


 ゆっくりと、ゆっくりと。

 ペンが眼球に近づいていく。

 けれど、それよりも……私の目は、ストーカー女の瞳に釘付けになっていた。

 こいつの瞳は私を一切見ていなくて、全く別の人物を写していた。

 つまり、彼女は私になんて興味なくて。

 死んでも生きててもどうでも良いと心の底から思っていて。

 ……本気で私の目を抉るつもりなのだと、瞬時に理解した。


「やめて、ください」


「?」


「もう二度とっ、王子様……彼には近づかないので、許してください!」


 なりふり構わず、そう告げる。

 心の中には、王子様なんてもう居ない。

 私はただただ死にたくなかった。

 痛い思いをしたくないだけだったのだ。


「……貴女も、その程度なんだ」


「え……っ?」


「約束は約束。破ったら、殺すから」


 ストーカーの発言に疑問を抱きつつも、私はぶんぶんと首を縦に振る。

 今の私には声を出す気力さえ無かった。


「……ばいばい」


 フードを深く被り直したストーカーは、あっという間に姿を消した。

 ……その動きはとても軽快で。

 これまでの一連の流れが手慣れているように、私には見えた。

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