第6話
前座
一体いつからだろう……。
「僕」がこの感情を持ってしまったのは。
いつからだろうなぁ。
「僕」は普通の家族に生まれた。父は公務員で、母は主婦。優しい親だ。「僕」を不自由なく育ててくれた。親たちは「僕」をしっかり育ててくれた。下に弟と妹がいる。活発で、生意気で、だけど可愛かった。
家族は普通だ。おかしいのは「僕」だけだった。
昔から叩くことが好きだった。人もそうだし、物もよく叩いていた。人を叩くのは幼稚園でやめた。親に心配をかけたくなかったし、周囲の目を気にするようになったからだ。
結局わからない。「僕」がいつからずれたのか。
今更どうでもいいや。
つまらない考えはよそう。
殺りたいから殺る。
それ以上の理由はいらない。
前半
「僕」は柏美禰と山に来ていた。あの神社の裏山だ。秘密の場所である。本当に誰も来ない。不思議な場所である。
足場は悪い。人が歩けるように道が整備されていない。そのため道が不安定である。しかし、美禰は平然としていた。運動部の彼女には簡単なのだろう。
「ねえ、本当に素晴らしい景色が見えるの?」
うん。と適当に頷いた。
「ここよくトレーニングで登るけど、こんな外れた道から本当に見えるの?」
幾分か彼女は疑っている。「僕」に呼ばれれば当然だろう。むしろ、よくついてきてくれたな、という驚きが大きい。
そろそろ着くよ。そう言い聞かせる。
文句を言いながらも彼女はしっかり後をついてきてくれる。
歩きながら「僕」は考える。
多分「僕」は、リアルでゲームをしているんだと思う。
いかに自分が楽しめ、捕まらないように逃げる、ハラハラドキドキのゲーム。
殺人による快楽も、それに伴うペナルティも、すべて含め、「僕」の沸き立つ感情はゲームをする感覚と同一なのだろう。
目的地に着いたことを彼女に伝えた。
「どこがいい景色なのよ」
不服そうに言った。確かに、今ある景色は、木々が連なる景色のみだった。
ここにあるよ、と「僕」は言った。
「これは何?」
「僕」が示したその先には、人ひとり入れそうな大さの穴が一つ空いていた。
――君の墓さ。
嬉しそうに笑った。トンカチを握りしめて、彼女の頭上へ振り下ろした。
その時だった。
首筋に鋭い感覚が走った。同時に、ひんやりと氷のような冷たさも伝わった。
硬直する。振りかぶった「僕」の格好は一つのオブジェになった。
うめき声をかすらせながら、直立する。
美禰が相好を崩して「僕」を見ていた。
「美禰、約束した通りに素晴らしい景色を見せてあげるよ」
背後から声がした。それはよく聞いた声だった。
その声の主の名前を叫ぼうとするが、のどの筋肉が収縮し、上手に声が出せない。
「うん、いいよ」
童女のように目を輝かせて言った。
「悪いけど、このゲーム、リセットは利かないよ」
僕の首に刺さっていたモノ(多分ナイフ)が抜かれた。
「僕」の鮮血は勢いよく噴射した。アーチを描くように。一色しかない虹のように。
「綺麗」
そう。この景色を綺麗に彩っていた。
美禰は感嘆の声を漏らしていた。子供の用に飛び跳ねながら拍手する。
「僕」は力なく倒れこみ、自分が掘った墓穴に倒れこんだ。
「そこは私のお墓じゃなくて、信弘君」
「僕」が最後に聞いた言葉だった。
後半
「良かったわよ、成海君」
「どういたしまして」
成海は、スコップで死体に土をかぶせながら言った。
美禰はしゃがみこみ、その光景を観察していた。
「成海君はいつ、信弘君だと思っていたの?」
成海は手を休め、スコップを杖代わりにして適当な気に寄りかかる。
「最初だよ。半信半疑だったけどね」
「え? そんなに早く?」
口元を抑えて驚いていた。
「オレは、登校の時、あそこの公園の横を通るんだ。事件の翌日の朝は何事もなかった。当然だろうね、事件が発覚してなかったんだから。それで、下校の時、信弘が殺人事件が起きたのを知ってて、気にかかっていただけだ」
「私たちの知らないところで小耳にはさんだとか、考えられるわよね?」
「だから半信半疑だって。確信したのは、美禰が見たって言った奴だよ」
「あの日の事ね」
成海は作業を再開する。
「信弘君って、単純だったよね。分かりやすいっていうか、ひねりもないっていうか」
「あいつにとって殺人はただの快楽だからね。殺すのが楽しいだけで、後先のことを考えてないんだよ」
「大体の人はそういう事してたけどね」
「今回は違うケース、でいいじゃないか」
ふー、と汗を腕で拭う。スコップを置くと、美禰にタオルを投げ渡される。それで泥臭い体をふく。
「今回も楽しかったわね」
「まあ、基本的に犯罪者を殺すのは楽しいからね」
「狩る側が狩られる側に移ったときの表情がたまらなく好きよ」
「さて。今日は康孝の家で祝杯をあげますか」
「賛成。「CHA」の仕事を終えましたからね」
ところで、と美禰は成海に質問をする。
「成海にとって信弘君は親友だったけど大丈夫?」
「別に。人なんてわからないだろ。オレは最初から誰も信用していない」
「それ、私の目の前で言う?」
「うん」
「ハッキリ言うわね。でもまあ、四人も殺してれば当然でしょうね」
「五人じゃないの?」
「……」
「……」
二人は静かになった。
「ま、どっちでもいいか」
「何言ってんだよ。それで、怪しまれるといけないから、先に行ってて」
「分かったわ」
美禰は一人で下山を始めた。
成海は、美禰の後姿を眺め、信弘の血を拭き取ったばかりのナイフを彼女に照らし合わせた。
成海は頬を緩ませる。
成海は想像する。
いつかこのナイフに、彼女の血で真っ赤に染まる日を。
成海は静かにそれをナイフケースに戻し、その日を楽しみにしながら、歩き出した。
クライムハンター 春夏秋冬 @H-HAL
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