第5話

 「僕」は人を殺してしまった。


 深い意味はない。別に、この「僕」にようやく良心の呵責が動いたというわけでもない。ただ言ってみたかっただけだ。

 殺しを重ねていくと、何か重さが全く違うような気がしてくる。

 殺された人には申し訳ないが、運がなかったとしか言いようがない。でも、「僕」の欲求を満たすという意味のある死が出来たから、ある程度誇れるんじゃないかな。

 さて。今日の獲物は、酔っ払いだ。電柱にしがみつくみっともない中年のおっさんだ。顔を真っ赤にして、べろんべろんに酔っぱらっている。

 酒は飲んだことがないけど、こんな風にみっともなくなるなら飲みたくないなと思う。

 まあ、ただただ殺りやすくなるから、「僕」にとっては好都合である。

 いつものように、頭を砕く。釘を打つのをイメージして。まず手始めに鼻を狙った。鼻の骨は一瞬にして砕け散り、頬よりも真っ赤に染まった。その次にアッパーをかけて顎を砕いた。その衝撃で前歯が吹っ飛んだ。

 「僕」は粉骨砕身して事に当たる。

 行為が済んだ後、急いでこの場から立ち去る。

 今回は遊びすぎた。

 慣れたせいで調子に乗ってしまったようだ。少しは自重しよう。

 「僕」は喉が渇いたので、自販機で炭酸飲料を買った。

 その時だった。

「こんな夜遅くにどうしたの?」

 背後から突然声をかけられたのだ。非常にあせった。

 声からして見当がついた。

 柏美禰だ。

 「僕」は「ジュースを買いに来た」と出てきた缶を見せてアピールした。

 普通にしていればばれないだろう。しかし、「僕」は極度の興奮状態にいた。

 平常を保とうとは試みているが、どうしても不自然になってしまう。

「そっちこそ、何してるの?」

 「僕」は美禰に話題を持ち掛けた。

「ランニング。いつも朝にしてるんだけど、何か寝付けなくてね」

 嘘だな。と思った。

「よくやるね」

「まあね」

 美禰は可愛らしい笑みを浮かべた。

「それよりさ、顔についてるよ」

 美禰は「僕」の右頬を指した。

「それじゃあね」

 何か鬼の首を取ったように、不敵な笑みを浮かべていた。

 美禰は大きく手を振りながら走り去っていった。あの速さだと、「僕」は追いつけないな。と、情けなく感じた。

 それより、美禰に指摘された所を指でなぞってみた。

 戦慄した。

 なぞった指には赤黒い血がべったりと付着していた。

 まさにトンカチで叩かれたような強い衝撃が頭を襲った。

 眩暈がした。

 高揚とした気持ちが一気に失墜した。

 「僕」は柏美禰にこれまで感じたことのない殺意がわいた。

 「僕」は……自分を保守するために、柏美禰を――殺す。


「明日暇?」

 成海は驚いた。まさか美禰の方から誘ってくるとは思いもよらなかったからだ。しかし、成海にとっては好都合だった。

 美禰はSHRの前、小声でそう言った。

「暇だよ」

 と、すぐに返した。

「あのさ、前にいい場所があるって言ったわよね。そこって、見晴らしはいいかしら?」

「うーん……まあまあ、かな」

「ちょっと、そこに連れて行ってくれないかしら?」

「まあ、いいよ」

 話がついたところで、うまい具合に先生が教室にやって来た。

「起立」の当番の号令で全員が立ち上がる。

 成海は小さく伸びをしてから、いい笑顔で「殺すか」と心の中でひっそり呟いた。

 SHRが終わると、今度は信弘が成海のところへやって来た。

 信弘は「帰ろうぜ」と成海を誘ってきた。

「いいよ」

 それから二人は他愛ない話をしながら帰った。

「なあ、成海さ、この後どうすんの?」

 信弘は尋ねた。

「家に帰るよ。それがどうかした?」

「いや、別に。妹と遊ぶのか」

「弟と遊ぶよ」

 成海は強くいった。

「大変だな」

「そうでもないよ」

 ハハ……とはにかむ。

「信弘は何すんの?」

「……どうもしないさ。ただ、家でゴロゴロするだけさ」

 それからしばらくして、二人は別れた。

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