第4話

差異 

 手に汗を握る、というのはまさにこの事だと思う。

 「僕」は人を襲うとき、極度の緊張感と興奮に襲われる。あれだけ神経を機敏にさせるのは、恐らくこのひと時に限るだろう。

 当然、誰にも見られるわけにはいかない。その場にいていいのは「僕」と相手の二人のみ。もしも、それ以外の第三者が確認された場合には、そいつが消えるのを待つか、運が良かったな、とあきらめるかのその二択しかない。

 「僕」は、「ああ殺したい」「あの快感をまた味わいたい」と、ムラムラしたその時に、こうやって獲物を物色する。

 いつかばれてしまわないかと畏怖している。だが、麻薬と同じなのか、一度やり始めたら止まらないのだ。あと一回、あと一回、と自分に甘くやめるのを先延ばしにする。どうせばれやしないと高を括って、調子に乗っているだけかもしれないが……。

 ともかく、これでまた一人の命がこの地球上から喪失してしまった。ああ、大した差異はないだろう。七十億もいるこの地球上に、たった一人消えたところで、なんら変わりない。海辺の砂を摘まんで持って帰るのと同じだ。

 それにしても、今は絶好のコンディションだな。もしも危なくなったら、他人の所為にすればいいだけの事だし。


相違

「放課後、学校の屋上に来て。絶対よ」

 四時間目が終了して間もない頃であった。美禰は成海に耳打ちをして用件だけを述べた。美禰は薄ら笑いを浮かべていた。成海はその笑みの真意がよく理解できなかった。

 だがしかし、美禰の用は大体想像がついていた。成海は、どうせ通り魔の事だろう。と思っていた。一昨日も近所であったらしいから。

「嫌だなぁ」

 成海はボソっと呟いた。その声は、クラスの喧騒によってかき消されていた。

 成海は放課後になるとすぐに屋上へと向かった。屋上は基本的に閉鎖されていて生徒が入れないようになっている。だが、鍵が壊れているため、簡単に侵入することができる。変わりに、屋上にいることが教師に知られてしまったら、きついペナルティが待っている。

 何食わぬ顔で屋上に一番乗りした成海は、ひとまず物陰に隠れてい身を潜ませた。

 建物で影になっているそこは、まだまだ明るい空に比べて、いやに薄暗かった。

 ふう、と吐息を漏らしながら、壁にもたれかかって美禰が来るのを待っていた。

 遅れること十分。美禰がようやくやって来た。

「ごめんね。掃除があったもんで」

 第一声がそれだった。手を合わせながら頭をぺこぺこ下げる。

「そんな事で怒るほど人間小さくないから」

「だよねぇ」

 ニカッと歯を見せた。白い歯だった。

「それで、本題はなんですか?」

「気が早いわね。まあいいわ。この前のこと覚えている?」

「この前って、公園の事?」

「そうそう。通り魔事件」

 大げさだといえるぐらい深く頷いた。

「今、四件ぐらい起きてるよね。何か進展でもあったの?」

「うん。成海君はそういうの聞かないか」

「あいにく、情報網が少ないからね。何にも知らないよ」

 無表情で淡々としゃべる。髪を掻いた後、頬杖をつく。

「それで?」美禰に話を促す。

 美禰は座り、背筋を伸ばす。

「面白い話を聞いてね。あの、公園で殺害された人なんだけどね、発見されたのがあの日の九時ごろだって。散歩中の老人が第一発見者らしいよ」

「はあ。そうですか。それだけ?」

「反応が薄いわね」

 美禰はふくらっ面になる。

「まあ、いいわよ。こっからが本題なんだけど、目撃者がいたらしいのよ」

 成海は眉をひそめた。

「ふーん」

「暗かったから確実、て訳じゃないけど、黒いジャージを着てて、若い男子だったそうよ」

「ほんとにそいつがやったのか?」

「半信半疑ね」

「確証はないんだろ?」

「まあね」

「まあ、ただの通りすがりの中学生だったんだろう」

 鼻で笑った。

「つまらないわね。もうちょっと反応いいと思ったんだけど」

 別に、とそっけない返事を出す。

 美禰はつまらないとぼやいて立ち上がった。

「そういえば、一昨日殺された人もあの通り魔の仕業らしいけど、それは何かつかめたかい?」

「あまり。でも、あの被害者は昔に強姦事件でムショに入れられてた人だったそうよ」

「へー」

「不思議ね。今まで適当な人を狙っていたのに」

「偶然じゃないかな?」

「……そうね。こんなことに呼び出して、ごめんなさいね」

「いいよいいよ」

 美禰は立ち上がり、手を後ろに組んで成海を見下ろした。

「成海君がやった訳じゃないよね?」

「はあ? 何で?」

「……私、中学生なんて一言も言ってないわよ」

 美禰は鬼の首を取ったように、不敵な笑みを浮かべた。

「それじゃあね」

 そして、美禰は成海を置いて先に屋上を後にした。

 成海は一人になった屋上で、大声を出して笑った。

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