第3話

 「僕」の家から徒歩十分で着く広い公園がある。「僕」は黒色のジャージと帽子を着けてそこへ向かって歩く。辺りは暗く、静まり返っていた。

 「僕」は公園に人がいないか注意深く観察していた。

 足音は「僕」の以外聞こえない。緊張しているのか、手が汗でにじむ。そして、体温が上昇して非常に暑い。なので、「僕」は袖をまくった。少し涼しくなった。

 ここの公園には池がたくさん在る。そこの近くにそれをまったりと閲覧できる小さな東屋がある。それが2か所存在する。そのうちの一つは、夜、ホームレスのおじさんが寝床として活用している。おそらく今も、のんきに寝息を立てているに違いない。

 夜も更けている。だから、人もめったに来ない。絶好の機会だ。

 「僕」が思った通りに、おじさんは、東屋の中で横になって就寝していた。ずいぶんと古くなった新聞紙を重ね、布団のように使用していた。

 「僕」はズボンの中にしまい込んでいた、トンカチを取り出す。

 今日、「僕」は、おじさんを終身させにきた。念入りに周囲に気を配る。胸の鼓動が尋常なく鳴っていた。自然、息遣いが荒くなる。恐怖と興奮がぐちゃぐちゃに混ざり合い、それが快感に変わっていた。

 「僕」は入り交ざる感情に感興をそそられながら、トンカチを頭上高く振り上げた。

 おじさんは変な声で鳴いた。カエルを思い浮かべた。おじさんの体は、叩いた瞬間びくっと跳ね踊った。それが何とも滑稽で笑ってしまった。

 しかし、たかだか一発でおじさんを仕留められるはずもなし。「僕」はハトが豆鉄砲くらった表情をしているおじさんに対して、間髪入れずにもう一度トンカチをおじさんの頭上に振り下ろした。

 2回目の攻撃が終わったとき、おじさんは何かを呻いた。だけどよくわからなかったから、とりあえずもう一度殴ってみた。それが致命傷となったのか、ぐったりし、動かなくなった。なので、もう一度殴ってみることにした。

 殴った後に、手がジンジンとした。それは、頭蓋骨をわったその時の感覚に似ていた。固い氷を棒で砕いていく感じだと思う。

 「僕」が砕いた頭蓋骨の破片は花火が燃えるように、頭の中で綺麗に咲いていることだろう。

 それを確認できないのは、実に遺憾だが、おじさんの頭上に赤い花が咲いているから、よしとしよう。

 おじさんは眠ってしまった。

 いい夢を見れてるといいな。と、自分勝手ながらそう願った。

 さて帰るか。

 背伸びをして、独り言をつぶやいた。

 その時、木々が揺らいだ。その音に思わず驚いた。恥ずかしながら、風の仕業のようだ。

 まったく。「僕」は臆病だな。馬鹿らしいと自嘲する。

 「僕」は誰にも見つからないように足早と現場から逃走した。

  


 裏の裏

「成海、一緒に帰ろうぜ」

 帰りのSHRが終わってすぐ、信弘が成海に声をかけてきた。成海はしばし考えるように沈黙した。それからしばらくして、「いいよ」と頷くのだった。

「おいおい、今の間はなんだよ」

「いや、今日、康孝やすたかの家に行く予定だったからさ。だけど、途中まで帰る分には問題ないね」

 頭を掻きながら、黙した理由を説明した。

「わかったけど、康孝の家で何すんだ?」

「少し話して終わりだよ」

 あけっらかんといった。

 信弘は「ふーん」と興味なさそうに言った。

 康孝というのは、隣のクラスの人で、不登校だった。現に今日も学校に来ていない。名前は安田泰孝やすだやすたか。非常に大人しい性格で、おどおどとして暗い子だった。そのため、虐めの対象となり、登校を拒否し続けているのだ。

「柏も来るかい?」

 成海は、帰ろうとした美禰を呼び止めた。美禰は唐突に誘われたことにひどく驚いていた。まさか誘われるとは思いもよらなかったからだ。

「いいよ」

 と、美禰はすぐに了解した。信弘は誰にも見られないように小さくガッツポーズした。そして、小声で成海に「サンキュー」と言った。

 別に成海は信弘のためを思って声をかけたわけではなかったが、結果としてこのように信弘に感謝される形となった。

 3人の帰宅路はほぼ同じだった。成海は康孝の家に寄るといっても家が近所なため、あまり道が変わらない。

 適当な雑談を交わしている。今日の天気があまり芳しくないので、少し早目に歩いていた。

 しばらく歩いていると、3人は公園の脇を通った。登下校ともにここを通るのだ。普段だったら、そこの公園は素通りしていくのだが、今回ばかりは状況が違っていた。ガヤガヤと何やら騒々しかった。何かが起きたのだろう、とすぐに察することができた。

「何があったのかな?」

 成海が訝りながら他の2人に訪ねた。

「知らないわ」

 と、美禰は首を横に振った。

 成海はまさかな、とドキッとした。

「ああ、思い出した、そういえば、例の通り魔がまたやらかしたらしいぞ」

 そこで、信弘がこの人だかりの説明をした。

「とうとうこの町にもきたのね」美禰は顔を顰めた。

 殺害現場は、警察が介入していて、黄色いテープが事件現場を覆っていた。

 テープが張り巡らされている空間と、自分たちの空間がまるで別の世界にあるように思えた。

 野次馬はまるで興味津々で、そこばかり眺めていた。面白そうに写メやムービーを撮る人もいれば、

「恐いわねぇ」と不安気に話す人など、様々な人たちがガヤガヤと囲っていた。

「犯人は一体誰なんだろうね?」

 美禰は頬を緩ませながら言った。人の死なんて興味なさそうだった。あるのは事件のみだった。

「柏さんはこういうの好きだよね」

 成海は現場を見ようと背伸びしている横で、信弘が美禰に声をかけた。

「うん。あ、でも勘違いしないでね、私は探偵気取りになるのが好きなの」

「いいよな、そういう趣味があるって」

「信弘君は興味あるものとかないの?」

「うーん……ない、かな。成海はどうだ?」

「え?」いきなり話題を振られたので驚いた。また考え事をしていたようだ。成海は、こんなことでいちいちびっくりするなんて小心者だな、と、自嘲した。

「だから、なんかハマってるのはあるか?」

「えっと、山登りかな」

「渋っ!」

「えー意外ー」

 2人は成海の返答に驚嘆の声を漏らした。

「近くにある○×神社ってあるでしょ? あそこの裏山で、誰も来ないいい場所を見つけたんだ。今度紹介するよ」

「いいのか?」

「行ってみたい」

「じゃあ、今度行こう」

 そう、約束をつけて、3人は公園を後にした。

 成海は、空を仰ぎ、今日の天気の様子を眺め、今日は無理だな、と決めた。

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