第25話 病室

早めのお風呂をいただき、地魚を堪能した。

私とAはダイニングキッチンに残り、Cさんは地続きのリビングへ移り、藤のソファーでギターをいじり始めた。

洗いものをふたりで終らせ、Aがお茶を新しく入れ替えてくれた。

「Cさんも温かいほうじ茶飲む?」「うん。置いておいて」

向かい合わせでお茶を飲みながら、Cさんがギターを弄るのをふたりで眺めた。

「私、鬱だったんだ」

Aが話し始めた。


「Bの家から帰ったら、本当何にもしたくなくて、ご飯も食べたくないし、お風呂にも入りたくないし。外にも出たくない。何もしたくない。

頑張って電話の対応はしてたけど、そのうち充電もしなくて、本当に何もしないで、ベッドから窓の外見てずっと寝てた。

正直、トイレすら面倒臭かった。

でも、ベッドのなかで排泄したら後がもっと面倒臭いから、這いつくばってトイレに行った。

気力が無さ過ぎて、立って歩けなかった」

「喉が乾いて、でも飲みものを取りに立てなかった。

それで、ふと、このまま飲み食いしなかったら、何日で終わりに出来るのかな、って考えた。

誰にも知られずに、布団の染みになっていく自分を想像したら、清々した。

寝たり覚めたりしながら、ずっと寝てた。

体が痛くなっても、ずっとずっと寝てた。

目が覚めると、空が晴れてても曇ってても凄くきれいで、ベッドからずっと見とれてた」


「ある日、Dさんに起こされた。

それで、病院に連れて行かれた。

助けられて、悔しくて、涙が出た」


「Dさんの彼女のいる病院に入院した。

ずっと寝てた。時々の診察以外、寝るか、泣くかだった。診察は、中二病みたいに、ずっと泣いてずっと黙ったままだった。

朝、ベッドで目が覚めたら、そこからずっと泣いてた。泣きつかれて寝た。

それから、あんまり覚えてない。

Cさんたちが言うには、私は赤ちゃんがえりしたらしい。全然覚えてない。

オムツのお世話になって、ご飯も食べさせて貰って。上も下もお世話になって。

しばらく、正気を失っていた」


「時々、正気に戻った。

正気に戻ったときのことは、たぶん覚えてると思う。

今みたいに、Cさんがギターを弄っていたり、パソコンしてたり、一緒に横になって休んでいたり。Cさんが傍にいることが多かった」


Cさんがキッチンに入ってきて、お茶を手に取った。Aの隣に座る。

「お医者さんは、精神的なショックで赤ちゃんがえりしてるんだろう、って言ってた。俺のせいだって思った。

時間が許す限り病室に行ってた。休業してたから時間あったしね。原稿とかパソコン持ち込んで構想練ったりしてた。

時々、正気に戻るんだよ、突然。

Cさん、痩せた?とか急に言うの」

「心配そうな顔して、ご飯ちゃんと食べてる?とか言うの。

ある日、美味しそうな葡萄があったから買ってきたよ、って話し掛けたら、Cさん食べてよ、マスカット好きでしょう、とか微笑んだりとか。

いつもぼんやりして何も話さないのに、ふとAに戻るの。

泣けちゃうよ。

いつも人のこと気にしてくれて。

その髪型似合うね、とか、良い曲だね、とか」

「ずっとAに戻って欲しい、って思ってたけど、そのうち諦めたというか、赤ちゃんみたいなAを大切にしよう、って決めた。

ご飯食べさせたり、寝かし付けたり。

オムツやお風呂は流石に厭だろうと思ったから、そこは手を出さなかったけど。

本の朗読したり、散歩とかね。好きそうな本買ってきて見せたりとか。子どもと接するみたいに。

そのうち、Aが僕に懐いて、ニコニコし始めた。

食べたい、とか、こっちがいい、とか、少しずつ話すようになってきて。

ずっとAの世話をして過ごすのかな、って思い始めた頃、Aが戻ってきた」



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