異世界への鍵

やざき わかば

異世界への鍵

 良い朝だ。目覚めも良い。最近は少し寝不足気味だったが、今日はすっきりとした朝だ。天気も良いし、今日は良いことがあるかも知れないな。


 俺は仕事へ向かうために、シャワーを浴び、簡単な朝食を済ませ、家を出た。そしてトラックに轢かれ、意識不明の重体となった。


 薄れていく意識。そして俺は真っ暗な世界へと落ちていった。


 …


 それから、妙な夢を見た。白い服を着たキレイな女の人から、「魔王を倒して」「貴方は勇者」と言われ、スキルという、超能力のようなものを授けられた。敵の強さや能力を見るスキル。魔法を覚え、使いこなせるスキル等々。

 

 そのスキルのお陰で、俺はなんとか大きな傷も負わずに、順調に旅を続けられている。どうやらここは夢ではなく、俺は『異世界』に転生したらしい。アニメやマンガ、小説などで俺も少し知識はあるが、まさか本当にあるとは思わなかった。


 この世界は今、別次元から来たとされる魔王軍に侵略されており、人類の国土の半分を奪われているそうだ。魔族から発せられる魔力により、従来の動物よりも凶暴な魔物という生物もはびこるようになったとのこと。


 俺はそういった魔物や魔族と戦うことで、剣や魔法の経験や路銀を稼いでいる、というわけだ。


 しかしこの異世界は、俺が住んでいた現世とは全く違う。町並みは見たところ、中世~近代ヨーロッパのようだが、衛生環境がすこぶる良いこと。亜人と人間が同じ『人類』の括りであること。


 一番の違いは、魔法学がれっきとした学問として存在し、扱える人々が少なからず存在すること。そのうえで、現世と同じ科学も研究されていること。錬金術とも呼ばれているが…。


 火薬なども存在しているのだが、魔王軍との戦いはもっぱら剣、槍、弓矢、カタパルトといった火薬を使わない兵器を使用しているそうだ。


 火薬で弾を撃ち出す武器、つまり銃やランチャーのようなものも存在はしているのだが、人間相手ならまだしも、魔族や魔物には効かないということだ。


 火で金属の弾を撃つと、火が金の性質や魔力を半減させてしまうため、魔物や魔族には効かないらしい。俺もよくわからないが…。


 そういうわけで、俺は旅の途中で出会った仲間たちとともに、人類に仇なす魔族や魔物を討伐し、ついに魔王と肉薄した。


 死線を越えた激闘の末、俺たちはついに魔王を倒した。数年かけた冒険の旅が、成就した瞬間であった。


 魔王の身体は断末魔を残し消え去り、それとともに他の魔族や魔物も消滅したようだ。この世界に平和が戻ったのだ。俺たちは満身創痍になりながらも、お互いを称え合った。回復魔法も使えないほど疲弊していたが、帰りの足取りは軽かった。


 ゆっくりと、今まで立ち寄った村落を巡りながら王都に戻ると、人類側の王たちや白い服を来たキレイな女の人(女神らしい)が待っていてくれた。その日は早々に休ませてもらったが、次の日から大忙しだった。


 凱旋パレードに始まり、大勢の貴族や民たちによる挨拶、感謝、お土産。夜は夜で王城の広場を開放し、連日パーティ。みな喜び、涙を流し、踊り、歓喜した。魔王軍はそれほどまでに凶悪で、強大だった。


 この喜びの宴はしばらく行われたが、徐々に人々の生活は復興へと移っていく。王たちも、自国のこれからのために動き出した。


 もしもまた、このような未曾有の事態になったときのために、この世界の全国家全てが手を取り合った。災い転じて福となす、と言うのだろう。結束が強まったようだ。


 さて、そうなると俺のような転生者は邪魔となる。仲間たちはそれぞれ、得意分野を活かしてそれぞれの国で活躍出来るだろうが、俺はもともと、この世界の人間ではないのだ。


 俺のような異質な存在はないほうが良い。女神には、これからもこの世界を守ってほしいと言われたが、固辞した。女神も仲間たちも、俺たちを応援してくれた王族、貴族、民たちも、涙を流してくれた。


「現世とこの世界では、時間の流れが違います。おそらく貴方の世界では、一ヶ月も経っていないでしょう。そして、付与したスキルや覚えた魔法も、もちろん使えなくなります。それだけは忘れないで」


 女神の言葉を背中に、俺は現世へ戻った。


 …


 俺は病院のベッドで目覚めた。ずっと付き添っていてくれたのだろう。母さんと恋人が、泣きながら喜んでくれた。


 俺は一週間、眠ったままだったらしい。だが、異世界で培った武器の扱い方や感覚が残っている。あれは夢ではなかったのだろう。


 一通りの検査のあと、今まで満面の笑みだった母親と恋人の顔が曇った。


 なんでも、突如として異形の化け物が出現し、世界中を蹂躙し始めたと言うのだ。不思議な術を操り、次々と都市を攻撃する。軍隊もまったく歯が立たない。もうすでに相当な規模の被害が出ており、世界の半分は化け物に奪われてしまっているそうだ。


 そう。魔王や魔族や魔物たちが、こちらの世界に転生していたのだ。彼らは倒されるたび、こうして『異世界』に転生し、そこを我が物とするべく暴れまわっていたのだろう。


 魔法やスキルは使えなくなったが、幸い培った剣技や戦闘方法は身体に染み付いている。


 奴らには火を使った兵器は効かない。それ以外の兵器で戦わないと絶対に勝てない。その情報を俺は絶え間なく発信し続け、民間の防衛団に入った。その後俺は、自衛隊の「特別外敵打撃群」にスカウトされ、また戦場で剣を振るうことになったのだ。


 どうやら、現世の人間が異世界へ飛ぶ鍵はトラック事故だが、異世界の魔族や魔物が異世界へ飛ぶ鍵は『人間による撃破』のようだ。


 まったく迷惑な設定だ。迷惑な設定だが、その設定に長い間振り回されているであろう魔族たちの心境を考えると、非常に複雑な気分になるのだ。

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