revenge

異能者

 目を覚ますと、消毒液のような病院独特匂いが鼻をついた。ぼやける目を擦ろうと、右腕を上げると、細い管がつながれている。その管を視線で辿ると、点滴の輸液バッグを交換していた看護師と目が合った。

「よかった、起きられたんですね」

 一瞬だけ強張った表情をした看護師は、すぐに笑みを貼り付けて一言そう口にすると、作業を終えて部屋を出て行った。

 それを引き留めようと声を出そうとするも、上手く口が動かず、肺から出る空気も音を出すには不十分なものだった。

「あー・・・・・・」

 ゆっくりと息を吸い込み、慣らすように声を出す。乾いた喉からは、予想していたよりも掠れた出た。

「ここ、どこだ?」

 周囲を見渡すも、病室だろうと思われる意外に、何も手がかりはなかった。

「都内の病院、いや診療所って言った方がいいかな」

 いつの間にか病室の入り口に白衣の男が立っていた。

「都内? なんでそんなところに・・・・・・」

 直近の記憶にあるのは、地元の山で化け物の駆除を終えたこと。それがなぜ、一、〇〇〇キロ以上離れた場所に搬送されているのかが分からない。

「君は少しだけ複雑な状況に身を置いていてね、身柄を確保させてもらった」

 拘束ではなく確保と表現したこと、さらにはこちらの問いに躊躇いなく答えたことから、男に害意はないのだろうと推測する。

「俺以外にも三人の猟師がいたはずだ。どうなったか知ってるか?」

「二人は死亡、一人は生存。生きて帰った方も身体はともかく、精神は無事とは言えないそうだ」

 いわゆるPTSDってやつだね、と締める男はこれで満足かとでも問うように、こちらを窺う。

「夢じゃ、ないよな・・・・・・」

 自分の記憶と、男の言葉には相違がなかった。自分が化け物相手に生き残ったことをかみしめ、同時に師として仰いだ男がもうこの世にいないという実感が湧いてきた。

「さて、今度はこちらからいくつか聞きたいことがあるんだけれど、いいかい?」

 感傷に浸る間もなく、男は言葉を続ける。無言で頷くと満足そうに笑みを浮かべて再度口を開く。

「まず確認だ。大型のフリークスを討伐したのは、君で良いんだよな」

「・・・・・・あぁ、止めを差したってだけだけど」

「なるほど。それじゃあ本題に入る前に・・・・・・」

 男はポケットからスマートフォンを取り出す。

「記録に残したいから、録音させてもらうよ」

 指先で数度操作をして、ベッド横のサイドテーブルに置くのを、俺は脇目に見ながら再度頷いた。

「協力的で助かる」

 それからは現れたフリークスの数、仕留めた手段を始め、記憶を辿りながら当時の経緯を、男に問われるまま話した。

 途中で男に差し出された、水の入ったペットボトルを数回口に運んだこともあってか、話終わる頃には、寝起き直後よりも大分口が回るようになっていた。

「粗方聞きたいことは聞けた、協力ありがとう」

 レコーダーへの記録だけでなく、メモを取りながら聞き取りをしていた男は黒革で装丁された上等そうな手帳を白衣のポケットにしまった。

「・・・・・・あんたは刑事か何かか?」

 ふと湧いた疑問を口にする。

「どうしてそう思う? 私の格好はあまりその様に見えるものではないと思うけど」

 確かに男の言う通り、格好やこの病室という場から考えると医師や研究者だと考えるのが妥当かも知れない。

「こういう事件? と言って良いのかわからないが・・・・・・、ともかく、そういう聞き取りに慣れてるように見えた。それとも最近の医者はそういうことまで任されるのか?」

 白衣の男は愉快そうに顔を綻ばせて、俺の問いに答えた。

「私は医者でも刑事でもない、獣医だよ。君への聞き取りは事件として、というよりはフリークスの生態についての調査という面が大きい。慣れてるように見えるのは、君みたいな、ヤツらと遭遇した人に同じようなことを聞いて回ってたからだろうね」

「あぁ、なるほど・・・・・・」

 腑に落ちると同時に気が抜ける。

「改めて自己紹介でもしようか、私はハヤマ。『特殊生物及び変異人類対策室』でフリークスの研究を任されている」

「特殊生物・・・・・・と、変異人類?」

 変異生物というのがフリークスを指しているのはなんとなく分かったが、そこに続く変異人類というものには理解が及ばない。

「ごく稀に、フリークスと接触した者で変異を起こす人間が確認されていてね、そういった人たちを変異した人類と呼んでいる。そのうちフリークスみたいな俗語が出てくるだろうけれど、まだ世間一般に知られている存在じゃないから、君が知らないのも無理はない」

「・・・・・・それは俺が知っても問題ないことなのか?」

 フリークスが世間を賑わせ始めて数年が経とうとしている。その間にヤツらと遭遇した人間は少なからず存在している。数が少ないとはいえ、変異した人間が表舞台に出てこないというのは何かしらの情報統制が掛かっているのではないかという疑問が湧いたのだ。

 ハヤマという男は一層可笑しそうに、口角を上げた。

「知らされない方が問題だろう。君自身がその一人なんだから」

「は?」

 自分でも間抜けに聞こえるほど、気の抜けた声が病室に響いた。

「すでに君自身の身体にも変異が起きている」

 唖然とした俺に追い打ちをかけるようなハヤマの言葉を受け、ベッドに横たえた自分の身体を眺めた。

「何も変わった所は見られないが」

「外見はね。どうやら君には身体を硬化させる異能が宿ったようだ」

 男の視線は俺の腕につながれている、点滴の管に向いていた。

「針を刺すのに難儀したんだよ。そのままでは針が通らなかったから、色々試して結局表面麻酔を使った」

 麻酔で異能を無効化できると分かったのは収穫だったよ、とハヤマは嬉しそうに口にした。

 目が覚めたとき、その場にいた看護師の顔が一瞬、強張ったのを思い出した。彼女の違和感のある表情は、異能者という存在に向ける、警戒を含んだものだったのだと納得した。

「それで、俺は研究のために監禁でもされるのか?」

「そんなわけないだろう。倫理的にアウトだ。・・・・・・でも、うちの管理下にはなるね、保護観察とでも言えばいいのかな。犯罪者みたいで不服だろうけれど、君の異能は周囲に害のあるものではないから監視も緩い」

 白衣の男は少しだけ言いにくそうに告げる。自分の想像しているよりは人道的な扱いを受けることに安堵していた。特に異論を挟まずに、次の言葉を待つ俺に、ハヤマは意外そうに眉を少し上げる。

「随分聞き分けが良いんだね。もう少しごねられると覚悟してたよ」

「ごねたところで多分変わらないんだろう?」

「まあね。・・・・・・ただ個人的にはヤツらの勢力拡大を防いだ功労者に対して、申し訳ないとも思ってるんだよ?」

 皮肉っぽく返すと、ハヤマは苦笑しながら言葉通り申し訳なさそうにぼやいた。

「・・・・・・ヤツらを四体駆除できたのは、そこそこの成果だったと考えていいのか?」

 つい、そんな問いが口をついた。アオキさんを含む犠牲が、無駄ではなかったと確かめたかったのかも知れない。

「数というよりは、大型を始末できたのが良かった。やつらはコアを生む可能性があるから」

「コア?」

「ヤツらの発生源、とでも言えばいいのかな。人気のない場所にいつの間にかあるものだから、未だに理解が及ばない部分が多いけれど」

「コアを生むってのは・・・・・・?」

「大型の報告があった場所には後日、必ずと言って良いほど新しいコアが発生しててね、大型がコアの元になってるって説が、今のところ最有力なんだよ」

 ハヤマの言う説が正しければ、確かに俺たちは新たなフリークスの発生源が生まれるのを阻止したことになる。功労者という妙に大げさな言い方も腑に落ちた。しかし、それならばあの地帯の問題はまだ解決していない。

「・・・・・・すでにあるコアは処理できてない」

「そういうこと。そこで君に協力を頼みたいんだ」

 神妙な面持ちでハヤマは俺を見据えた。俺は次に出てくるであろう言葉を予想し、先んじて口にした。

「もう一度、あの化け物の相手をしろって?」

「心苦しいが、つまりはそうだ」

「・・・・・・銃もダメになって、仲間もいない。俺一人でどうにかなるとは思えないぞ」

「武器も仲間もこちらで用意する。仲間については、今の君にとって必要か分からないが」

「どういう意味だ?」

 意味深なハヤマの言葉につい顔を顰めた。ハヤマはゆっくりとベッドに置かれた俺の腕を掴むと、胸ポケットに入れていたボールペン握り、ペン先を突き立てた。

「おいっ!」

 痛みを予想して声を荒げるも、腕に走るはずの痛覚はなく、代わりにペンが折れる乾いた音が響く。

「この通り、君の身体はフリークスの爪や牙でも傷つけることは出来ないはずだ、致命傷を受けることはまずないだろう。ケガする可能性のある人間を付けるより、君一人の方がむしろ効率的かもしれない」

 白衣の男は至って平坦な声でそう告げる。

「だからって急に突き刺すことあるかよ!」

「見た方が早いだろう」

 ハヤマは折れたボールペンの先を床から拾いながら笑っている。

「それだけ大きな声が出せるってことは体調も大分戻ってきたかな」

 その言葉については、不本意ながらハヤマの言うとおりだった。意識ははっきりとしているし、全身にも問題なく力が入る。立ち上がるのにも、何の支障もないだろう。俺は無言で腕に刺さっている点滴の管を引き抜いた。

 その様子を満足そうに眺めていたハヤマは、真剣な顔に戻り、俺に告げる。

「じゃあ、顔合わせといこうか」

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FREAKS メニエール @menikasu

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