第5話 急

 俺の胃をキリキリ締め上げる城での生活は何とか終了し、いよいよ旅立つことになった。

 少なくとも、勇者ハーレムの面々と物理的に距離を置けるのはありがたい。

 これは彼女たちの為でもある。





 城を出発した数日後、俺たちは魔族の襲撃を受けた。


 勇者一行については国が大々的に発表したため知れ渡っている。

 即ち、魔族にもその存在が知られてしまったということだ。

 暗殺者になりたいわけではないが、何してくれてるんだという感じだ。

 背後から味方に刺された感が半端ない。

 一般市民の好意なんてどうでも良いから!

 現地で支援してくれる権力者にだけ知らせる位で良いんだよ!


 ダメだ。思考が【勇者】に影響されている。

 初日の異世界召喚に目を輝かせていた頃の俺は、もう何処にもいない。



 *



 勇者一行を襲撃したのは女性の人型魔族だ。

 早速高位魔族のお出ましだ。

 耳が尖っていて、瞳孔が縦に長い以外は人間と殆ど変わらない容姿。

 手合わせなら兎も角、殺せと言われたら凄く抵抗がある。


 俺と【賢者】は戦闘中は邪魔にならないように、自分の身を守るのが最大の仕事。

 一応【賢者】は戦闘中に解析を行い、アドバイスをする。

【大魔法使い】は泣きそうな顔をして、何とか彼女を傷付けずに生捕りしようと四苦八苦している。

【聖女】は前衛にバフを付与し続けている。


 これが俺たちの初陣な訳だが、初戦の戸惑いなんて我らの【勇者】とは無縁だった。

 彼は彼女の足を掴むと思い切り地面に叩きつけ、そのまま足を逆方向に曲げて骨を折った。

 痛みに怯んだ彼女の利き腕を掴むと、そちらも折った。


「ッ──! どんな拷問だろうと、辱めだろうと絶対に私は屈しないッ!」


 脂汗をかきながら、青い顔をして魔族が吐き捨てた。

 生々しい暴力に、見ている此方の顔も強ばる。


「何言ってるんだ? これは正当防衛だろ?」


 何言ってるんだは俺の台詞だ。過剰防衛だし、拷問だろう。


「拷問というのは目をナイフで削ったり……。辱めというなら服を剥いで城壁に磔にしたり、手足を潰して凶悪犯の檻に投げ込んだりする事だろ?」


【勇者】の目には嗜虐も愉悦も何もない。

 何の感情もなく、淡々と彼にとっての基準を述べているだけだ。

 怖すぎるだろ。

 そんな過激な発想、平和な日本じゃ絶対育まれないからな。

 拷問の例をあげた後の「……」に何が続くはずだったのか恐ろしくて聞けない。

 彼のサイコっぷりを目の当たりにして、女魔族の心は折れた。


【勇者】は彼女の首を足で押さえつけて尋問モードだ。

「返答に澱みがあれば踏み潰す」と容赦なく宣言した。


「ちょっとドン引きなんですけどー」


 俺たちが固唾を飲んでいる中、【聖女】の呑気な声が響く。


「確かにこの子から攻撃してきたけど、男が何人も寄ってたかってヒドすぎない? アタシ降りるわ」


「はい退いて」と、【聖女】は【勇者】の足元から魔族を引っ張り出した。


「この子、アタシのダチね。友達に手ェ出したら、マジで聖女辞めるから」

「情けなど無用だ! 誰が人間なんかと!」

「いーよ別に。フリでいいから、今だけアタシの友達になっときな。そうじゃないとオッサン達マジでアンタ殺すよ」

「くっ、殺せ!」


 お前が言うのかよ。


「ちょー震えてんじゃん。無理すんなって」


 涙目になった魔族の頭を、【聖女】が撫でた。


「ほら、治療してやるから泣くなし」

「泣いてなどッ」

「あーもう。ボロボロじゃん」

「──ッ」


 俺は百合に興味はなかったはずだが、何か美しいものが生まれそうだ。




 魔王よ、見ているか。

 俺たちの旅は始まっちゃたぞ。

 何とか平和路線で和解案出してくれないと、こんな戦いがまだまだ続いちゃうぞ。

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【転職希望】召喚されたらサイコ勇者の従者になった @leandra

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