第24話 エピローグ
「すぅ……はぁ……」
大きなビルの前で、深呼吸をする。
これから最終面接だ。これに合格すれば、晴れて社会復帰となる。
ネクタイをきゅっと締め直し、気合を入れる。
ベル様の使い魔として、胸を張って言えるようになるんだ……!
自分に言い聞かせて、一歩を踏み出した。
「よし……行くぞ……!」
会社に入り、受付にて用件を伝える。
何度か会った人事の人が出迎えてくれて、部屋に通された。
「それでは、面接を始めます」
「よろしくお願いします!」
人事の責任者らしき男性が一人。部長らしき女性が一人。そしてやけに貫禄がある男性が一人。多対一の面談形式だった。
今、今後の人生を左右する最終面接が始まろうとしていた。
一方その頃、総司の部屋には2人の悪魔がいた。
1人はもちろんベル。もう1人は親友であるサタンだった。
「なるほどねぇ。それで総司くん今日はいないんだ」
「そ。大事な大事な日だからね」
「いいの? ベルは総司くんとずっと一緒にいたかったんでしょ?」
「そうだけど……下僕くんがそうしたいって言ってたから、まぁいいかなって」
総司が正式にベルの使い魔となる直前、ベルに頼んだのは人間としての生活を続けたいという願いだった。
人間として、ベル様の使い魔だと胸を張って言いたいから、総司はそう宣言し、ベルは承諾したのだった。
「それに、あんなに真剣な顔されたら断れなくって」
「へぇ~。まぁそれはそこまで重要な問題にならなそうだからいいんだけど」
サタンはコーヒー(砂糖入り)を飲んでから、本題に入った。
「ヤッたよね、ベル」
「……」
コーヒー(砂糖ドバドバ)の入ったカップを持っていたベルの手が止まる。
「……なにを?」
「とぼけても無駄だから。肌ツヤッツヤよ、あなた」
「……てへ☆」
「あのね……人間に対しての過度な干渉はルール違反、知ってるでしょ? もしルシファーにでもバレたらエライ事になるわよ? いや、ルシファーよりもレヴィの方がヤバいか」
「だってだって~、下僕くんがチューしてくるから……つい」
「……はぁ。お惚気ご馳走様。ともかく、そのツヤツヤお肌で魔界には帰ってこないように。一発でバレるからねそれ」
「は~い」
「それにしてもそっか……。総司くん正式にベルの使い魔になったのよね……。こりゃ引き抜きは難しいかな……」
「ちょっと、聞こえてるよ。ダメだからね?」
「あはは、冗談冗談。でも、総司くんを狙ってるのは私たち悪魔だけじゃないと思うけどなー」
「……どういうこと?」
ベルは前のめりでサタンに問い詰めた。
「ほら、総司くんの元カノがいたじゃん? 彼女が縒りを戻そうっていう気にならないとは限らないじゃない?」
「で、でもそれは前の話し合いで解決したじゃん」
「どうだろうねー。あの時は遠回しだったけど、ストレートに伝えたら総司くんの気持ちも揺れ動いちゃうかもよ?」
「む……」
「それに、総司くんって優秀でしょ? 会社に勤め出したら、それこそ社内恋愛に発展する可能性は多いと思うの。元カノとは仕事がらみで出会ったみたいだし」
「……」
「悪魔より人間を気にした方がいいんじゃない? ……ってベル?」
「サンちゃん。魔界から首輪取り寄せられないかな? ほら、あったよね。ケルベロスでも繋げるヤツ。あ、そうだ。最近魔界でもネット通販使えるようになったよね。早速会員登録しなきゃ。あ、月額料金払えば配送料無料で即日発送可能だって。実質タダじゃん。払うしかないよね~」
恐るべき速さでスマホを取り出し操作し始めたため、サタンはちょっと待ったと制止した。
「怖い怖い。絶対逃げられなくなるヤツじゃん。物理的に」
「だって……このままじゃアタシの下僕くんが……」
「煽った私が言うのもなんだけど、総司くんなら大丈夫でしょ。なんたってアスモデウスさんのとこの悪魔の誘惑だって断ったわけだし」
「……うん、そうだよね」
ベルは不安に駆られつつも、使い魔を信じて時が過ぎるのを待つのだった。
「では、以上で面接を終わります」
「ありがとうございました!」
「いやぁ、彼。いいじゃないか。明るいし元気もある。それに前職で精神面も鍛えられているようだし、ここで合格を出してもいいぐらいだ」
「ちょっと社長。さすがに段取りを踏まないとダメですって」
「私も、早く彼と一緒に働きたいと思いました。その、とても優秀そうですし私も彼となら……」
「はっはっは。ほら、娘の──こほん。彼女のお墨付きだぞ」
「部長まで……参ったなぁ」
「はは……ありがとうございます」
この貫禄がある人社長だったのか……。と心の中で突っこむ。
合格確定みたいな雰囲気で本来なら嬉しい。嬉しいはず、なのだが。
心のどこかで引っかかるところがいくつかあった。
まず、面接の質問内容。時間を守れるか、ルールを守れるかなど、やけに規則を重要視しているっぽかった。
それに、先ほど精神面が鍛えられていることを褒められたが、それは精神面に負荷がかかる作業が多いのでは……?
極めつけは面接に社長がいること。最終面接とはいえ、社長まで出てくるものだろうか。
「早すぎて良くない事はないだろう。私は彼には家族として早くここに馴染んでもらいたいというのに」
……家族?
「あー社長! 社長は次の会議があるんでしょう!?」
「おーそうだった。では高坂総司くん。次に会えるのを楽しみにしているよ」
上機嫌で社長は出て行った。それとは裏腹に僕は嫌な予感がビンビンしている。
「いやぁすみません。社長は昔の名残で結構言葉の節々に昭和チックな言葉が出てくるんですよ」
「な、なるほど……?」
「では高坂さん、本日はありがとうございました」
「あ、ありがとうございました」
2人に見送られ、部屋を出た。
「途中まで、私もご一緒します」
「あ、はい」
行く方向が同じなのか、女性の部長さんと並んで歩く。やけに距離が近いのは気のせいだろうか……。
「高坂さん、大変優秀な職歴を持たれているようで、私、感動してしまいました」
「いえ……そんなことは……」
「もし内定が出たら、私の元で働くことになると思います。……よろしくね?」
「は、はぁ」
距離近すぎないか……もはや腕を組んでいると思われてもおかしくないぐらいの距離だ。というか胸が当たっている。
「どうかしら、今晩食事でも──」
「そ、それでは自分はこれで! 今日はありがとうございました!」
「あっ……もう、恥ずかしがりやなんだから♡」
強引に振り切るように、部長にお礼を言った。部長は名残惜しそうに執務室の部屋へと戻っていった。
そこでたまたま、執務室の部屋の様子が見えたので中の様子がチラリと見ることができた。
「我ら~尊き会社の~未来の~ために~♪」
社歌を社員全員で歌っているのが見えた僕は、逃げるように会社を出るのだった。
「それじゃ、私は帰るね。総司くんが内定貰ったらお祝いしようよ」
「うん……」
「ふふっ、素直に喜べない?」
「そんなことは……ないこともないけど」
「まぁさっきも言った通り、心配しなくても大丈夫だって。それじゃあね」
「うん、バイバイ」
サタンを見送り、ベルは誰もいない部屋で一人になった。
「下僕くん……。大丈夫、だよね」
以前までのベルなら、こんなに使い魔を心配するなんてことは無かった。
どれだけ大丈夫だと思っていても、どうしても不安がよぎってしまう。
仕事に没頭して自分はおざなりになるのではないか。
職場で恋愛に発展するのではないか。
やがて自分のことを疎ましく思うのでは……。
「……ダメダメ。主がこんなんじゃ──」
不安に駆られたその時、玄関の扉が開かれた。
「たっ、ただいま戻りました……!」
「お、おかえり……。ど、どうしたの下僕くん……汗びしょびしょだよ?」
「すっ、すみません……ちょっと、走ってきてしまって……はぁはぁ……」
「面接だったんだよね……? 体力測定でもしたの?」
「いや……それがですね」
僕はかいつまんで説明した。
社員を家族と呼ぶ社長。
メンタル面の強さを確認させる妙な質問。
極めつけの社歌。
「あ~……ダメ。絶対ダメ。ブラックもブラックだよそんなとこ。ダメでーす、辞退してくださ~い」
「ですよね。いや、さすがに僕もダメだと思いましたよ」
「そっかぁ。ネットの評判はアタシ見たけど、そんな悪くなかったのに……サクラだったのかな、人間って姑息ぅ~」
「と、いう訳なのですみませんベル様。もうちょっと、仕事を探すことにします」
「……それって、今まで通りアタシと一緒にいるってこと?」
「……? そうなりますね」
「……」
「……」
「も~!!! ホントに下僕くんはしょうがないんだから~♡♡♡」
「メチャクチャ嬉しそうですね……僕引き続き無職ってことになるんですけど……」
「それでもいいのに~。ほら、慰安会でもしよ? い~っぱい慰めてあげる~♡」
「だ、ダメですってば! そう何度も甘やかされたら堕落一直線に……あ、ちょっ──!!!」
メスガキ悪魔は今日も盛大に僕を甘やかす。
社会復帰までにはまだ程遠く。
疲れ切った僕には、彼女の存在が何よりの特効薬だ。
疲れきったよわよわ社会人にはメスガキ悪魔が一番効く Ryu @Ryu0517
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