第3話 鶴の一声

 

入学して数週間、現実は思ったよりも大変だった。

 能力適性全項目E判定という偉業を成し遂げてしまった自分は、周りの人に”適性がすべてじゃないから大丈夫”と言われて考えが甘くなっていたようだ。E判定はどう頑張ってもE判定らしい。何をやってもできない。少しできないではなく全くできない。


 基礎項目とは


 放出:名称の通り体外へ魔力を放つことを指す、魔力量のコントロールや特定の部位からの放出など魔力を扱ううえで基礎となる項目になる。


 変化:魔力を炎や電気などエネルギーに変換する。あくまで変換なので無から金を生むようなことはできない。


 固定:自分から離れた魔力の出力や形状を維持、持続させる。例とするなら魔力の枷や結界を張るときに使われることが多い。


 活性:魔力を介して物質に対して及ぼす反応活動をコントロールする。コントロールと言っても退行させることはできない。促進や遅延に限られるとされる。


 共鳴:魔力を同調させる。または魔力を使って意志や感情を察知することができる。応用として相手の魔力に干渉したりもできる。


以上の5つで、1年時の授業では各項目ごとに時間が割り当てられている。



「っふん!んぬぁああぁぁ~~」


 石を相手に20分、何も変化なく呻き続けている。

 石を手に乗せたり、両手で囲ったり、思いつくことを試してみるが何も起きない。


「うぐっ、ぐぎいぎぎぎぎいっ!」

「ちょっと、ユウマ!うるさいんだけど」


 石に集中したミナが声を上げる


「っはぁ、はぁ…だめだー」


 両手を前に投げだし机に突っ伏した。

 そのとなりでは順当に鳴効石を光らせている。体内の魔力を目標物へ当てることができている証拠だった。しかしこれくらいはできて当然。魔力というものに縁のある、ましてやこの学園に入学してきた生徒なら難なくこなせるはずなのである。


「ふぅ、ユウマ、あんた本当にできないの?」

「うぅ…できない」


 突っ伏したまま横を向く、もちろん助けを求めるような顔で。


「なんかこう~体の真ん中あたりにあるものを頭の後ろからなんかこう流していく感じ?」

「なんだよそれ、真ん中なのに頭の後ろからって」


 ミナの説明に後ろからヤジが飛んできた。


「そういうあんたはどう…」

「ん?」


 ミナが振り向くとグレンはつまらなそうに頬杖をつきながら石をつついているがその石からは日中でもまぶしいと思えるくらいの光が発せられている。


「ってなんであんたはそんな簡単にやってるのよ!ずるいわよ。コツを教えなさいよ!コツを!」


 納得いかないといった様子でグレンに詰め寄る。


「慣れだよ慣れ、習うより慣れろっていうだろ」


 そう言い放つとクラス内の女子生徒がうまくできずに困っているのに気づいてアドバイスしようというのか意気揚々と席を立って行った。羨んでもしかたがないので鳴効石を光らせるという目標を達成するべく気を取り直す。グレンは馬鹿にしていたが、今の俺にとってはミナの言う”体の真ん中”とか”頭の上から”みたいな情報も重要なアドバイスになる。


 まずは目をつむる。次に体の真ん中、ちょうどへそのあたりに意識を向ける。するとなんとなく暖かく、熱を感じられる気がした。そしてそのままの状態で意識を頭の裏にむけるわけだが、そもそも頭の裏ってどこだ。頭の後ろならわかる。裏。裏?とりあえず後頭部の内側あたりに集中する。そこから液体が体の内側を沿って両手に流れるイメージをする。最後に閉じていた目を開き目の前の石に狙いを定める。あとは自分が準備ができたタイミングでイメージ通りに勢いよく魔力を解放すればいい。

 心の中でカウントする。3!2!1!すると目の前の石が光る!……光る!……?


「くっ、ぐぬぬぬぅ、うぉぉあぁぁあ」


 全く光らない石を相手にとにかく手のひらから魔力を送ろうと力を込めてみるが一切反応はない。


「カ、カミシロくん、大丈夫?」


 亜麻色の長い髪をしたスタイルの良いクラス担任があまりのうめき声に心配して声をかけてくる。ここ数週間ずっと似たような状態なのでユウマが声を上げること自体は珍しいことではないが今回は気合を入れた分だけ必死さが伝わったのだろうか。


「ティアナ先生、ユウマなら平気よ。いつものことじゃないですか」

「それは、そうだけど…」

「先生まで…」


 机に突っ伏してわざとらしく悲しさをアピールする。


「ごめんなさい、そんなつもりじゃ、ほら、顔をあげて、先生も協力するから、頑張りましょ?」


 先生が慌てた様子で励ましの言葉に申し訳なさを感じつつ顔をあげるとちょうどのタイミングでチャイムが鳴った。

 その後も魔力に関する授業は似たようなものでまったく進歩が感じられない。

唯一の救いは魔力以外の授業は順調であること、おかげで今のところ魔力が使えないことでクラスでぼっちになることは避けられている。


 太陽の位置が頭上あたりにくるころ、生徒たちは限られた時間を思い思いに過ごしている。昼食をとる人、読書にいそしむ人、恋人と過ごす人など同じ学内でも過ごし方は千差万別。当然ユウマ、ミナ、グレンの三人も同様である。


「昼休みくらい休めって、そんなに焦らなくても大丈夫だろ」

「鳴効石も光らないのに何が大丈夫なんだよ」

「そもそもさ、ユウマは将来なにがやりたいんだよ」

「俺は…」


 ふいに聞かれて言いよどんだ。

 考えたことがなかった。

 何のためにこの学園に入学したのか、何のために学ぶのか。


「あー!いたいた!なんでいつもの所にいないのよ!まったくもう」


 ストローが刺さったカップが3つテーブルのうえに置かれた。天気に恵まれ、風に揺らめく木漏れ日がテーブルの上に置かれたカップをより一層魅力的に移した。


「おっ、サンキュー」


 待ってましたとばかりにカップに手が伸ばされる。


「おっサンキュー、っじゃないわよ!なんで私が買いに行かないといけないのよ!こういうときは男が買ってくるもんでしょ!」


「買いに行くっていうからついでにお願いしただけだろ~」


 飲み物片手に休み時間をくつろぎながら自分は悪くないという言い訳じみた発言、あまりにの素直すぎる言葉ユウマは場の空気の不穏さを感じた。


「ミナ、ありがとう、なんかごめんな」

「もう調子くるうな~」


 ミナはグレンの横暴さに強く言い返そうとが、何も悪くないユウマの謙虚さのせいで怒りを言葉にできない状況に頭を抱えている。


「で、ユウマ、すこしはできるようになったの?」

「ん~全然ダメ」

「見てあげるからやってみて」


 人に注目されながらは緊張を感じるが今までに聞いたこと見たこと体感したことを踏まえて今できることを最大限に発揮した。しかし何も変わらず周りの緑が風に揺れる音が心地いい。

 恐る恐る自分の評価を確認するために無言で首を傾けると同年と目が合う。


「そんな目で見ないでよ…。でも、なんでうまくできないんだろ」


 結局、外側から見ても魔力を視認できるわけではないので原因は全く分からず同年の臨時講師は傍観者に助けを求めるしかないと視線を送る。

 二人が現状を打破しようとしているときに傍観者は自分の前を通り過ぎる女子生徒を眺めながら時折手を振っており、傍観者とも呼ぶべきか定かではなかった。


「ミナありがとう。もう大丈夫だから」


 本来であれば楽しく話をしたいのだがそんなことは言っていられない。そろそろ時間も残り少なくなり教室へと向かう生徒を見送りながら反復練習を続けているときだった。


「おいおい、お前ら1年だろ?鳴効石も光らせられないのかよ!」


 その発言が誰のことを指しているのかは言うまでもない。


「あはは、まぁ、そうですね」


 事実だし隠してるわけでもないし否定したところで事実は変わらないので自ら認めて会話が長引かない言葉を選んだ。

 本人からの言葉を聞いて事実とわかると取り巻きが声を上げる


「まじかよ、だっさ!俺なら恥ずかしくて耐えられねぇよ!って、あれ?お前、例の無能君?なんか適性全項目E判定のやつがいるとか噂になってるぞ」


 ギャハハハと品のない大きな声でユウマを馬鹿にするのは、制服の襟元に着いたバッジの色から2年の生徒だとわかる。


「ちょっと!真面目にやってるのにそんな言い方ないでしょ!」


 ミナは上級生の態度に怒りが一瞬にして頂点に達したのか勢いよく立ち上がって怒鳴りつける!


「いいよ。ほっとけって」


 トラブルが大きくならないようにミナを止めようとあからさまにならないように袖口を引っ張る。が全く引く気はなさそうだった。


「あ?事実だろ?舐めた口聞いてんじゃねーぞ!クソアマ!」


 下級生から言い返されたのが気に食わなかったのか近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばし怒りをあらわにした。

 取り巻きが何かに気づいたように口を開いた。


「あ~、お前、生徒会長の妹だろ」


 その言葉でミナの顔から怒りが消え焦りのような表情が見え始める。


「だ、だったら何なのよ…」

「お前さ~陰でなんて言われてるか知ってんの?生徒会長の妹ってだけで、なんの取柄もない期待外れ、名家クランテッドのハズレくじって呼ばれてんだぜ!」


 目の前の二人は面白そうに腹を抱えて笑っている。

 ミナは思ってもみなかった事実に無言で立ち尽くすしかない様子だった。毅然としているが拳を強く握りすこし震えてた。その表情は悔しさや悲しさを必死に隠そうとしているが目を見れば今にも泣きだしそうなのがわかる。

 ミナの状況にさすがに耐えられなかったのかグレンが立ち上がる。


「いい加減にしてくださいよ。先輩。俺たち何もしてないんだから。とりあえずミナに謝ってもらえますか?」


口調は穏やかだが確実に怒りと敵意が含まれている。


「誰かと思えば常に女の尻追っかけてる種馬君じゃん、お前は腰でも振ってろよ。」


 最初に絡んできた生徒がグレンをあからさまに煽る。


「不愉快なんで俺にも謝ってもらっていいですか」

「謝らねぇよ。気に入らねぇならかかってこいよ」


 一発触発。はじめは自分が馬鹿にされただけだったのが気づけば3人全員馬鹿にされたあげく喧嘩へと発展しそうになっている。

 あきらかに相手は喧嘩に発展するのを望んでいるように見える。

 ただこのままトラブルが大きくなるのを見ているわけにもいかないので意を決して間に入る。


「グレン、ミナ、もう行こう。また絡まれることがあったらその時は対処しよう」


 それっぽい理由を挙げてみたが二人は耳を貸さす、ここまで口を閉ざしていたミナが急に動いた。

 2年生の二人を指さして声高らかに宣言する。


「だったら校内戦で勝負よ!私たちが勝ったらきっちり謝ってもらうわ!」


 ミナの一言に上級生は満足そうな顔をして了承した。

 日程は一か月後、3対3のチーム戦で戦うことになった。

 こちらが勝てば相手の謝罪が手に入る。こちらが負けたときの条件は提示されていないが、こうなることを望んでいたような立ち振る舞いから下級生に勝つことでポイントを獲得しランキングを上げるのが目的なんだろうと思う。こんな形で校内戦に参加するとも思っていなかったし、まさかこの3人でチームを組むことになるとも思ってなかった。

これから1か月でどれだけのことができるかはわからないけれど少しでも勝率をあげるために忙しくなることだけは理解できた。
















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適性なしでも最強を目指したい! 白原碧人 @shirobara_aito

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