第2話 女好きと学内戦
会場の暗幕が降り、生徒たちは席を立ち始める。
「ふぁ~」
「はぁ~」
俺の両隣から同じ類の声が聞こえるた。右側には金髪は机に突っ伏している。静まり返った会場ではちょっとした音でも目立つし響く、姿勢を変えたり身動きしずらいのは分かるが、まさかあのミナがそんなこと気にするタイプとは意外だった。左側では黒髪の眼鏡をかけた男が大きく両手を上げる形で背筋をのばしている。
かと思えば明るくなった会場を見渡している。
「やっぱり、噂通りエスタバル王立魔術学園!美人が多い!あの子はラグルド家の次女!こっちにはザバール家の令嬢まで……くぅ~!来てよかったー!」
なんか感無量って感じがこっちにも伝わってくる。もう何も言わなくてもわかるタイプの人間だった。
グレンを意識したわけではないが集会前に気になった女の子の方を見るとそこにはまだ白髪の彼女が座っていた。
「良い目の付け所してるな、あの子は俺も気になってるんだけどなんせ情報がない、庶民なのか名家なのかもわからない。何か情報知ってるか?」
いきなり肩を組まれ、すごく重要なことを話すかのような抑えた声で白髪の彼女のことを語られた。
「ごめん、何も知らないんだ」
隣の男は俺の返答に残念そうな顔を浮かべていた。他愛もない会話をしていると妙な視線を感じる。右を向くと軽蔑するような、汚いものを見るような目をしたミナが頬杖をついてこちらを見ていた。
「なんか不潔」
そう言って不機嫌そうにこちらをみている。一体なんと返すのが正解なのだろうか。ここでの返答を間違えると初日にして変な噂が流れたりするんじゃないかと妙に慎重になってしまう。
「あ、これは、その…」
言い淀でいるタイミングで奇跡の助け舟が俺の前に現れた。
「俺はグレン・スタンベイン、これも何かの縁だしよろしく。そっちの子もよろしくね」
グレンは肩を組んだままそういうとミナの軽蔑するかのような視線を気にも留めず笑顔で手を振っている。
「あぁ、俺はカミシロ ユウマ、よろしく」
「ワタシハミナデスヨロシク」
感情の全く籠っていないミナの言葉も気にも留めずにグレンは言葉を続ける。
「なぁ、いまから時間ある?学食行こうぜ!今朝こっちついたばかりで何も食べてなくてさ」
「俺は大丈夫だけど…」
俺はミナに視線を送るとミナはなぜか目をキラキラとさせている。
「学食!?行く!行きたい!」
予想外に乗り気なミナに驚いたが下手にもめるよりいいに決まってる。こうしてグレンという新たな友人?が増え、3人で学食へ向かうことが決まった俺たちは人がまばらになった会場を後にする。
学食まではそんなに離れておらず会話というほど言葉を交わすことはなかった。
学食はまだ昼時というには早い時間帯のせいか人がまばらに見える。正確には人は多いがそれ以上に学食が広いせいでまばらに見えていると言った方が正しいと感じる。むしろ混雑する状況があるのか疑問に思うくらい広かった。
「うわ~!広ーい!なに食べよっかなー」
「確かに広いな。とりあえず席だけ決めちゃおう」
「じゃあ、あっちの席にしようぜ」
目ぼしい席を見つけたらしいグレンについていく。学食はいわゆるフードコートと呼ばれる幾つもの飲食店が並んでいて、共有のスペースを使って食事ができる形になっている。席までわき目も触れずに歩いていくグレンに対して、俺とミナはあたりをキョロキョロと見回して、あからさまに新入生まるだしだった。いや、それくらい広いしそれくらいたくさんの店が並んでいるさまは圧巻だった。
きっと席に着いてから何を食べるのか悩むんだろうな。なんて考えながら席に着く。
「ふぅー、疲れたなー」
グレンは着席すると同時に腕を放り出し、背面に頭をのせ、天井を見ながら一息つく
独り言なんだろうけど無視していいのかわからないので適当なことを返してみる。
「さっきも座ってたけどな」
「それなー、でも自由にできるってのが重要なのよ。俺は自由に好きなように生きたい!」
会ってからほとんど時間は立ってないがグレンらしいし、まさにその通りに生きれてる感じがしてすこしばかり羨ましい。
「端末でお店が調べられるみたいだよ」
もう何を食べるかで頭がいっぱいのミナは真剣な表情で端末を操作している。
「じゃ、おれはもう決まったから先買ってくるわ」
そういうとグレンは目の真にあるカフェに向かった。
俺も早く決めないといけない気がしてどんな店があるのか調べてみることにした。和食、洋食、中華はもちろん、ファストフードや外食チェーンまで、極めつけは星付きの有名レストランまで入っている。もちろん文化や宗教に配慮して生徒や教員、学園にかかわるすべての人のニーズが満たされるように考えられていた。
これだけあると逆に選びにくい、優柔不断が発揮されてしまっている。いや、これは違う。選択回避の法則だ、心理現象だ、しょうがない。
そんな問題の解決にならないことを考えながらミナを見ると、表情が明るくなったり暗くなったり一喜一憂している。メニューもピンキリだが、値段もピンキリだからきっとそのあたりで決めきれないのだろう。
そんなことを考えているとグレンが戻ってきた。
「お前ら、まだ選んでんのかよ」
やれやれといった感じで着席したグレンの席にはコーヒーとサンドウィッチ、数種類のカットフルーツの乗ったトレーが置かれていた。トレーは木製でサンドイッチはワックスペーパーで包まれており、おしゃれで、いかにも若者に受けそうなヴィジュアルをしていた。ビジュアルはともかくコーヒーの香りは非常にいい香りで空腹に拍車がかかる。
「先食べるぞ」
そういってグレンがサンドウィッチに手を伸ばそうとすると。
「ちょっとまって!」
ミナの言葉にグレンが手を止める。俺も何かと思って視線を向ける。
「ごめん、写真撮らせてもらっていい?」
申し訳なさそうに上目づかいでグレンを見た。
「ん~、特別に許す」
「ありがと~!」
ミナは色々な角度からカメラを向けベストなポジションを探している。
俺とグレンは目を合わせ言葉は交わさなかったがやれやれといった感じが伝わってきた。そんなことよりも混雑する前にメニューを決めなければと我に返る。
それから数分
「ねぇ~ユウマ~決まった~」
「いや、決まんない。どうする?このブリゾーラってなに?」
「わかんない~きめられない~」
「さっき言ってたローストビーフ丼でいいじゃん」
「だって高いんだもん、うー」
ミナはそう言って頬を膨らませていた。
「このシルパンチョ・コチャバンビーノってなに?」
わからないだろうと思いつつミナに質問してみた。
「牛肉のフライのことよ」
まさかの答えが返ってきた。しかしミナの声とは違う声で帰ってきた。
声の方を向くとそこにはさっきまで壇上で姿を見ていた生徒会長とその後ろに付き人と思われる生徒が立っていた。
俺とグレンは何事かと呆気にとられ、ミナは目が泳いでそわそわと落ち着きがなかった。そんなことは気にせず生徒会長はマイペースに人差し指を顎に当てて斜め上に視線を向け
「たしかご飯の上に目玉焼きと一緒に乗ってるんだったかしら」
なんて何気なく質問したシルパンチョ・コチャバンビーノの説明をつづけていた。
「あ、ああ、ありがとうございます、これにします」
「そう、それはよかった、ミナはもうきまったの?」
生徒会長がミナを名指しで質問した。
「え~っと、それがまだきまってなくて…」
生徒会長と視線を合わせないようにもじもじとして小さな声で答える。
「あ、あの~すみません。お二人はお知り合い…なんでしょうか?」
ミナの質問に生徒会長が口を開く前にグレンが質問を投げかけた。さすがのグレンも生徒会長が相手のせいか言葉遣いが丁寧になっていた。
「え?お知り合い…というか姉妹よ?私たち」
「はっ?」
「はっ?」
俺とグレンは二人で同時に声を出した。
「えーっと、私が、ユナ・クランテッドで、この子がミナ・クランテッド。え?ミナ言ってなかったの?」
「あはは、わすれてた」
知らないうちにすごい人と友達になっていた。というか自分の適性は自慢するのに生徒会長の妹ってのは言わないのはどういうことなんだ。そっちの方が話題性あるだろ絶対。
「私たちもご一緒していいかしら?」
「もちろんです!どうぞこちらに!」
またとない機会とグレンは張り切って生徒会長立の席を用意した。
「ミナ、一緒にいくわよ」
「え、でも決まってないから」
「もう、お姉ちゃんが買ってあげるから、それなら決まるでしょ」
「うん。それなら」
生徒会長の言葉ですんなり決まったようだった。ミナのことはお見通しらしい、きっとローストビーフ丼にするんだろうななんて思いつつ俺も席を立つ。
その後、皆が揃うと生徒会長が口を開いた。
「さて、それじゃ、食べましょうか」
それをきっかけに料理に手を付け始める。生徒会長の前に置かれた見たことない料理が気になるところだがまずは自分も食事を優先することにする。
「いただきます」
「いただきます」
同じタイミングで同じ言葉が聞こえ、声の主とめがあった。
生徒会長の付き人と思われる生徒は瞬き一つせずこちらを見つめる。
「あら、あなたもツバキと同じなのね」
生徒会長は俺をみてから隣の女子生徒の顔を見る。ツバキと呼ばれた女子生徒は一瞬だけ生徒会長の方を向くと、すぐに目の前の料理に向き直り食事を始めた。
「なに?いただきますって?」
ミナは口をもぐもぐさせながら不思議そうな顔をして俺をみる。
「食事の前の挨拶みたいなものかな」
「たしか、食材となった命に敬意をはらうとか、生産者や調理してくれた人への感謝の意味だったかしら、まぁ、私もツバキから教えてもらったんだけどね。あっ、そうだった紹介してなかったわね。彼女はアマノギ ツバキ。生徒会では書記をしているわ。それとは別に普段も秘書としてお手伝いしてもらっているの」
生徒会長から紹介されるとツバキは食事の手を止め、お茶を一口飲むと
「よろしくお願いします」
と一言だけ、そしてまた箸を手に取った。
「俺は、グレン・スタベイン、いやー、お二人ともお綺麗で。お知り合いになれて光栄です。もしよければ連絡先なんか…」
と言いかけたところでグレンは言葉を詰まらせた。その理由はツバキがグレンに鋭い視線を送っていたからだろう。立ち振る舞いから言って軟派なことがきらいか、生徒会長への無礼が許せなかったのだろう。
ユナはあらあらといった感じで笑って様子を眺めていた。
「ツバキ、1年生を怖がらせちゃだめよ」
「すみません、そんなつもりはなかったのですが…」
注意されて少し焦った様子のツバキを見ると本当にミナを慕っているのだというのがわかった。
「あたしはミナ・クランテッドって言います。ツバキ先輩のことはお姉ちゃんから聞いてました。文武両道のすごい人だって!私もそうなれるように頑張ります!」
そこは姉を超えるとかが定番な気はするが重要なのは文武両道ってところなんだろう。ただ姉の立場的にはどうなのだろうか、まぁ、そういうのに気が回るタイプじゃないよなミナは。
「あ、カミシロ ユウマです。よろしくお願いします。」
「あら?ユウマさん、もしかしたらツバキと同郷なんじゃない?」
「そのようですね」
何か心あたりがあるのか視線を向けてくる。だからと言って何か言われるわけではないらしい。
「ツバキが人に興味を持つなんて珍しいわね。やっぱり同郷のよしみってやつなのかしら」
「いえ、そんなつもりは・・・」
会話が途切れたので自分も食事にありつくことにする。
シルパンチョ・コチャバンビーノはライスの上に、ジャガイモの素揚げと目玉焼きと牛肉のフライが乗っており、その上からトマトや玉ねぎの入ったソースがかけられていた。意外とおいしそうでなにより。
「ところでユウマとグレンのクラスをきいてなかったわね。私はAクラスだったわ」
「俺もAクラスだよ」
「てことは全員一緒だな」
もう場になれたのか足を組んで優雅にコーヒーを愉しむグレンの一言で3人とも同じクラスということが判明した。
「せっかくだし、3人で校内戦でも参加してみたら?」
初めて聞く単語に1年生の視線が生徒会長に集まる。皆の視線を受け、校内戦について何も知らないと察した生徒会長が説明を始める。
「校内戦は、個人、チームの二通りがあるのだけれど、それぞれ実戦形式の戦闘で勝敗を決めることになるわ。そしてその結果に応じてポイントの増減によりランキングの順位が決まるの。ランキングが上位になるといろんな特典だったり、企業からのオファーや案件で進路にも影響するから参加しておいて損はないはずよ。」
「そーなんだ。でもこの3人はねぇ~」
俺とグレンを品定めするような目で見られる。なんとなく言いたいことはわかった。グレンのことは分からないが、俺は適性がすべてE判定というのはこれ以上ない理由だろう。
「ユウマって魔力適正全項目E判定なんだよ?」
さすがにもう慣れたが自分の低評価が露見しても特に言葉が見つからないので笑うしかない。きっと顔は笑えてなかった思う。
「適性ばかり気にしてると足元すくわれるわよ?ユウマさんも気にしちゃだめよ?まだ始まったばかりなんだから。本当に困ったらアドバイスくらいならしてあげれると思うわ。ね?ツバキ?」
「え、まぁ、そうですね。その必要は無いとは思いますが…」
生徒会長は必要ないという言葉に疑問を受けべるような表情をしていたが次の言葉を発する前に横やりが入った。
「そうそう、一応、入試は突破してるわけだし。そこそこやれるんじゃないか?」
グレンの的確な一言、あまり正論過ぎるやつは友達が少なそうだけどこいつはどうなんだろうか。
「って、そういうあんたはどうなのよ」
「俺?ん~校内戦があると分かった以上、敵になるかもしれない相手には教えられないな」
「た、確かにそうね……」
的を得た回答に何も言い返せず納得するしかなかったようだ。
「わりぃ、そろそろ行くわ、先輩、またご一緒できる機会を楽しみにしてます」
「それじゃ、私たちもそろそろ行こうかしら、これから頑張ってね」
グレンを皮切りに解散の流れになりそれぞれトレーを持って席を離れる。
3人が席を立った後、まだ食事をしているミナが食べ終わるのを待ちながら今後のことを考えることにした。
まず考えるべきは通常の評価制度で自分が望む成績を目指せるのかどうかだ。魔力適正がすべてではないというのは事実だと思うが、本来であれば苦手な分野を得意分野でカバーするなど試行錯誤するという手段が取れない恐れがある。そうなると必然的に成績はいい結果にはならないだろう。そうなるとこの学校で評価を得るには校内のランキング戦で順位を上げる方が自分に合っている気がする。実戦形式という部分でいえば1年生と当たればそれほど経験値に差が出るとは思えないのでねらい目だろう。とりあえず個人戦に参加することは良いとして、問題はチーム戦である。これからの授業で能力に問題があると知られれば自分とチームを組んでくれる人はいないだろう。こればかりは自分の能力を信じるしかないので運が向いてくれることを祈るばかりだ。
「おーい、どうした~?」
目の前を掌が行ったり来たりする。はっ、として意識が目の前に戻ってきた。
「ん?、いや、ちょっと考え事」
「そう、じゃあ私たちも行こっか」
とりあえずまだ一緒に行動する感じらしい。
午後はクラスでの顔合わせや今後の説明などで、本格的な授業は明日からなので今日は深く考えず気楽にすごそうと思う。
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