宇宙の果てから絶縁を叫ぶ

みこと。

全一話

 そいつは突然、目の前にあらわれて叫んだ。


「ようやく探し当てたぞ、"星の聖女"の子孫よ。俺の妃に迎えてやる。光栄に思え!」


(……はあああああ?)


 飛行機雲が空を横切るのどかな午後。

 急いで帰宅する途中、見知らぬ相手が立ちはだかったと思ったら。


(何言ってんの、こいつ)


 王子っぽい扮装の男は、服だけじゃなく、言動までもおかしかった。



 ◇



 思い当たるフシがないわけでもない。


 我が家には、先祖代々の言い伝えがある。

 うちのご先祖は、荒唐無稽にも"宇宙人"だったという話。


 どこか遠い星で"聖女"を務めていたご先祖様は、大貴族の令嬢だった。しかし、婚約者である王太子に裏切られた。


「俺は"真実の愛"に目覚めた! ティア・サベール公爵令嬢、よくも愛しのライラを虐めてくれたな。貴様のような女との婚約は破棄だ! 俺はライラを妃にする!」


 王太子は、星の式典で前触れなく宣言したらしい。


「何より、ライラこそが真の"聖女"だと判明した。聖女は星に、ただ一人。すなわち貴様は"偽りの聖女"だったわけだ。聖女を騙った罪は重い。身分剥奪の上、星外追放とする!」


 横暴な王太子によって、どこかの悪役令嬢モノみたいに一方的に断罪されたうちのご先祖ティア・サベールは、初対面だったライラ虐めの罪を着せられ、星を追われて地球に来た。


 そこからだ。地球のテクノロジーが爆発的に進化したのは。

 わずか数世紀で人は電気を手に入れ、石油を多用し、馬や牛に頼った世界は、月に至るまで発展した。


 ティアは本物の聖女だったらしい。

 王太子は彼女を捨てたが、聖女が暮らす星は栄え、人は多くの恵みを得る。


 ざっくり19世紀からだとしても、数百年。地球は聖女の恩恵を受けた。


 地球人と子をなしたティア。

 ティアが他界し、聖女の血が薄まっていく中、環境破壊はじめ様々な問題が出て来たとしても、人類はとりあえず文化的な生活を送っている。


 ええと、ということは。


 僕の前に立つ、地球人にあるまじき青い髪色をした青年は、ティアと同郷の宇宙人?


 王族っぽい青年の後ろには、ガタイの良い騎士たち(護衛?)や、大臣っぽい年嵩の爺さんが付き従っている。全員が中世っぽい衣装を着てる様子は、先祖からの情報がなければ、頭おかしいコスプレ集団である。


 こんなんなのに、宇宙船で来たのか。そうなのか。服の時代感覚が、地球のそれとは違ってる。船はどんなんだろう。宇宙船を見てみたい。

 日本語上手いのもフシギだ。翻訳コンニャク的な?


 頭に疑問符浮かべていると、先頭の青年が偉そうに、ふんぞり返ってのたまった。


「何を呆けている? さっさとついて来い。ほんの数か月の間に勝手に代替わりしおって。おかげで追跡に手間取ったではないか。これ以上、俺の手を煩わせるな」


「え? 数か月?」


「ああ。ティアを追放したのは半年前。なのに地球は時間の流れが速く、こちらに来てみれば、ティアは百年以上前に亡くなったとか。まったく……我が星には"聖女の血"が必要だというのに……」


(へえ。時間の流れが違うなんて、まるで浦島太郎)


 しかしティアは好きでこの惑星ホシに来たわけじゃない。追い出されて仕方なく、よく似た生態を持つ地球人のもとに身を寄せた。


(なんで迷惑掛けられたテイで話してるんだろう、この人。被害者はティアだよ?)


 こちらの不審に気づかずに、ドヤるように相手は続ける。


「地球で交配して血が薄まったせいだろう。追跡機で探したが、聖女の血の力は、お前からしか検出出来なかった。直系王族と聖女の血を混ぜれば、次代の子には聖女の力が復活する。聖女の加護が消えて荒廃した我が星を、立て直すことが出来る」


「えっ、星、荒廃しちゃったの? ライラって女性ヒトは?」


 思わず聞き返すと、目の前の男は苦虫を噛み潰したような顔を作る。


「ライラに聖女の力はなかった。妃の座を狙った虚言だと分かり、父上に酷く叱られてしまった。くっ、俺だとて騙された被害者だというのに……!」


 不満そうに言ってるけど、えっ?

 今の内容。そして数百年のタイムラグってことから推測すると、もしかして。


「まさかアンタがティアの元婚約者で、彼女を追放した張本人の……王太子?」


 僕の震える声に、勘違いしたらしいバカ太子が頷いた。


「そうだ。"殿下"をつけろ。"王太子殿下"だ。この俺直々の迎え、恐れ多くて畏まるのはわかるが、緊張しなくて良いぞ。お前を娶らないと、俺の王太子としての地位が危うい。聖女の血を発現した最後のひとりが、女だったのはちょうど良かった」


「……は?」


「地球人は、己の性別を変えれんのだろう? 俺は王の唯一の子で、次期王だ。だが女になれば・・・・・王位継承からは外されるし、数々の特権も奪われてしまう。何より誇りが許さん」


 ああ、そういえばご先祖ティアの星では、特殊な薬を摂取すれば性別が変えれるって聞いたっけ。


 地球人の性転換手術と違って、魚みたいに生殖機能も付随する。

 妊娠したら固定するらしく、女性として出産したら、もう男には戻れない。


 もちろん地球人同然の僕に、そんな特性はないはずだ。


 僕は、ベラベラと喋り続ける王太子を見る。


(僕を女だと思ったのか──)


 ……いくら文化祭の罰ゲームで、女装して家まで帰るペナルティを課されたからといって、僕はれっきとした男子だ。

 ひらひらしたスカートが心もとなく、落ち着かなくて恥ずかしいけど。


(だから誰かに見られる前に、ウチに帰りたかったのに)


 変な連中に絡まれてしまった。

 しかも先祖の同郷と言われても、嫌悪感しか浮かばない。


 婚約中に浮気したあげく、ティアが邪魔で追放したというだけでも許しがたいのに、手前勝手な言い分がまかり通ると思っている。


 地球に同化するため、僕の親も祖父母もそのまた前の代も、ずっとずっと苦労してきた。

 青い髪を染める薬を自作したご先祖様たちは、荒れた頭皮に耐えるか、すべて剃るかの二択だった時代もあったという。三代前は夜に光る眼を見られ、バケモノ扱いされて小さな島国・日本に逃げて来たという経緯もある。


 はあ、とため息が落ちる。


 何だってこいつ、こんな自分に都合の良いように事が運ぶと思ってんだろうな?

 ご先祖様を酷い目に遭わせておいて、僕ら一族を代々苦労させといて。


 僕は子どもの頃、ご先祖ティアの話を聞いて、その境遇にすごく心を痛めた。こっそり白状すると、僕の初恋はティアの絵姿なくらい、彼女に思い入れがある。


 そのかたきが今ここに居る王太子だというのなら、仕返ししてやりたい。言い返すくらい、良いだろう。

 

「残念だけど、僕を嫁にするのは諦めるんだね」


 冷めた声で告げる。


「何っ! 平民の貴様を妃にしてやろうというのに──」

「僕は男だ。でもってそっちの認識通り、性別は変えれない」

「な! は?」


 僕の言葉に王太子以下、他のヤツラまで息を飲むのが分かる。


 てか、そんなに驚くかな?

 よく見たらわかるだろ? 女の子じゃないって。……わかるよね? わかって。女顔じゃないって言って?

 ……っつ。くそぉっ! なんで疑わしそうな目で見てるんだよ。


「ほら、喉仏! 声だって低いし」


 女装の際に巻かれたレース付チョーカーを引き下げると、目を丸くされてしまった。

 納得した? よし。コホン。


「僕が聖女の血を発現した最後のひとりだと言うのは理解した。でも僕はこの星から出るつもりはないし、相手は女の子じゃないと絶対に無理だ。だからアンタたちの要求には応えられない!」


 きっぱりと言い切ると、何だか異様な緊張感が漂い始めた。


 王太子の側近が、揃って中央のバカ太子に視線を向けている。


(ん? なんだ? ええと確か……星を救える聖女の血は、王族の血と混ぜないとダメで、しかもこの王太子が、王の唯一の子だっけ)


 まさか。

 まさか……ね?


「じゃ、そういうわけで、さよなら」


 不吉な予感に、僕は慌てて背を向けた。

 そのまま足早に歩き出す。


「そんな馬鹿な! 待て! はっ、お前たち、何をする」


 僕を引き留める声と、揉める音が聞こえる。


「殿下、星のためです!」

「聖女の力を持ち帰るのは王命!」

「王族は民のため、己を捧げるもの。元はと言えばあなた様が招いた事態ゆえ、殿。女の子になれば、彼は"抱ける"と言っております!」


(いまなんて?!)

 

 ぐるんと振り返ると、配下が王太子を拘束しているようだ。大臣が手に小瓶持ってる。もしや話に聞いた例の薬? えっ、そんなの持ち歩いてたの? こわ!


(やつらマジかよ! 抱けるなんて誰も言ってないよ! ましてや相手がキライな元男とかあり得ないよ!!)


 星の状況はよほど、逼迫しているらしい。


 僕はいっきに駆け出した。

 この場は逃げても、血で追跡されたりしちゃうんだろうか。

 早急に対策を講じないと、奴等が再び押しかけて来そうだ。


 でも。


(ご先祖様、とりあえず貴女あなたを苦しめた王太子は、男じゃなくなるかもです)


 宇宙人こえーっ!!

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