第61話 商売人としては失格、だが……。


 「これは……本当に、風向きが変わるぞ……!」


 そのパーティーの成功に、領主は舌を巻いていた。

 

 「ええ、本当にここまでご協力頂き、ありがとうございました!」

 「いや、感謝すべきは私の方だ! まだまだ課題は多いが、これでようやく前進できる! これは大きな第一歩だ! これから忙しくなるぞ!」

 

 そう言いながら、領主は珍しく興奮した様子を見せていた。


 しかし、領主が言う通り、以前<ヴァセリオン教団>との権力闘争は不利な状態にある。しかも相手は国教であり<コステリヤ神聖王国>という宗教国家そのものを敵に回しているのも同然だった。

 

 それでも、この成功はきっと風穴となる。


 なぜなら、このパーティーには王族との関係を持つ商人が多く参加していたからであった。

 つまり、俺らの事業が<コステリヤ神聖王国>の最北東の辺境都市<ボンペイ>を越え、遠く――王都<カンバーチ>まで届く一大プロジェクトになるからである。

 

 もちろん、それは俺らにとってメリットもあればデメリットもあるのだが……。

 

 「……それはさておき……カミヒト殿、実は早く娘の元に行きたいのだが、ここは任せてもよろしいか?」

 「はい、大丈夫ですが……?」


 という俺の声を待たずに、領主 サンジュ=ルクモレン伯はステージの裏へと駆け出してしまったのだった。


 (相変わらずの……親バカぶりというか……なんというか……)

 

 そこには挨拶回りを後回しにして、無事に大役を果たした娘の元へと急ぐ父親領主の背に、俺は失笑と共に安堵の息を漏らすのだった。


 「ずいぶんと……派手にやっとるようじゃな」

 

 俺がその声の方に振り向くと、そこには一人の老人が立っていた。


 (ん……誰だ、この老人は?)


 この貴族たちが集うパーティーには不釣り合いな庶民の服装。その手には”ハンバーガー”を持ち、暢気に食べながら、親しげに話しかけてくる老人。

 まるでどさくさに紛れて、飯を食いに来たような物乞い、そんな印象だった。

 

 (しかも……この老人……どこかで見たような……)


 「もう、お前さんは占いはやっとらんのか?」

 

 (ああ、思い出した!)

 

 その時、俺は……路肩で占いをやっていた時の常連客で、やたらと話しが長かった老人の顔と一致していた。

 

 「久しぶりだな、爺さん! まったく、何処から忍び込んだんだ?」


 俺がいつも通りの冗談で返事をすると……。


 「お前……なんという口の利き方を……」

 

 老人の後ろに付き添う貴族服の中年が怒気怒気を含んだ声を返してきた。

 

 (えっと……どちら様?)

 

 予想外の注意に俺が困惑していると、爺さんが「まあまあ、おまえさんは良いから……」と、その男を宥めるのだった。

 

 「なーに、この美味そうな匂いにつられてな……」

 「あまり会場内をうろうろしていると警備兵に捕まるぞ」

 「その点は心配いらん、安心せい!」

 「まあ、なんかあったら、俺に声かけてくれれば大丈夫だから」

 「ほう、そうかい。……ところで、この”はんばーが”ちゅうもんじゃが、これはおまえさんが作ったものか?」

 「そうだけど……それがどうかしたか?」

 「おお、この年になってこんな美味いものを初めて食べたわい! この包装紙で包んであるというのがまた良いのう。気軽に持ち運べて、外でも食べられる。まさに旅人や冒険者にうってつけの携帯食じゃな……」

 

 (ん、この爺さん……なかなか鋭いな。もしかして……商人?)

 

 と、俺はそう勘繰りつつも、爺さんの服装を見て「まさかなぁ……」と心の中で下手な詮索はやめるのだった。

 

 それにしても後ろに控える男。

 さっきから、ずっと俺のことを睨みつけているが……俺に何か恨みでもあるのだろうか?

 

 全く身に覚えのない……。

 まあ……推察するに、この爺さんの親族みたいなものだろうが。

 

 「ところで……お前さんや……」

 

 (――――!?)


 その瞬間、俺はまるで冷水を浴びせられたかのように驚愕した。


 「一つ、質問があるじゃが……」

 

 なぜなら、いつも陽気だった爺さんの表情が、突如として真剣なものに変わったからである。

 

 「綺麗な姉ちゃんが、さっきのう……」

 

 まるで王に対面し、厳しく問い詰められているかのような緊張感。その豹変ぶりに、俺は思わず喉を鳴らす。

 

 「この”はんばーが”のレシピを大勢の前で喋っておったが……?」


 その投げかけられた疑問の言葉には、静かに説教されるような威圧感を纏っていた。

 

 (”ハンバーガー”のレシピ? ……なんか、俺なんか……しくじったか?)


 そして、俺はその雰囲気にすっかり飲み込まれていたのだった。

 

 「えっと……別に……こんなの誰でも作れるんだから……問題ないんじゃないか……と思います」


  口ごもりながら思考が停止してしまった俺。

 気がつくと俺は思わず曖昧な返答をしてしまっていた。


 (俺は一体何を言ってんだ?)

 

 自分でも理解できないことを口にしてしまったと反省していると――老人は、を浮かべるのだった。


 (これで……合っていたのか?)

 

 そんな俺の安堵とは対照的に。

 

 「な、貴様!!!? 本気で言っているのか!!?」


 突如、付き人の男が激怒し声を荒げる。


 「ふざけるのもいい加減にしろ!! 貴様は、それでも商人か!!」

 

 (……この人は何でこんなに怒っているんだ?)

 

 困惑する俺に対し、怒鳴り詰め寄る男。


 「第一、こんな奴に俺は……」

 

 しかし、その身体を――。


 「黙れ……」


 老人の呟きと厳しい視線が彼を黙らせたのだった。


 (――――!!?)

 

 「連れが大変申し訳なかったのう……奴も色々あったんじゃ、許してやってくれ……」

 「はあ……」

 「さて、そろそろ我々はこれで失礼するかのう……占い師よ、これからも頑張りなさいな」

 「えっ……あっ……はい、ありがとうございます?」


 そう言って二人は人混みの中へと消えていくのだった。


 (今の……何だったんだ!?)



 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 「一体何なんですか!? あの男は!?」

 

 「ふむ、カビオンよ……お前さんには先ほどの言葉がどう聞こえたのかのう?」


 「確かに、あの商品は素晴らしいものばかりでした、それこそ大金を生み出すようなものばかりだ! ですが、彼にはその価値が全く理解できていない! 第一、重要なレシピを無料で公開するなんて、商人として最悪の選択、悪手です! 本当にあの男がそう、なのですか!!?」

 

 「そうじゃな……商人としては失格じゃな……。ふっっ……しかし、なかなかどうして、愉快な奴じゃのう……」

 

 「――――!!? それは……どういう意味ですか?」


 「奴の先ほどの奴の言葉……わしには『』という意味に聞こえたんじゃが……どうかのう?」

 

 「――な!!? まさか……?」


 「さて、どうかのう……。これからますます面白くなりそうじゃな……」

 

 

 

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異世界のゴミアイテム『聖遺物』で『宗教ビジネス』……のはずが『ルネサンス・宗教改革』~ 追伸、信徒が『カルト教団化』し、国を滅ぼそうとしてます。誰か助けて下さい ~ 誰よりも海水を飲む人 @hizayowai2020

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