第87話 楽しい世界

 ことの顛末、というと少し違うかもしれないが。


「本気でやり遂げたのか、すげぇな。これで残りの条件はあと一つだ」


 クリア不可能なことは分かっていたらしい。良いように踊らされていたわけだ。

 そもそもクリアのためのフラグが立っていないのだとか。そういう意味でも、とことん周回前提の異界だったようだ。


 『姫様の異界』における各勢力のボスを倒すことでそのフラグは立つらしく、最終的に全勢力の本気+αをまとめて倒すルートが解放され、それを攻略することでクリアとなるという話。


 現在は、ノーマルルートでも確認可能な第二反乱勢力の悪魔、姫様誘拐により本気を出した王国軍、利用されるフリをして実は利用しているモンスター勢力、そして俺とヒノによる第一反乱勢力の化け物を倒した、という扱い。

 残るは王家だそうだ。


 最初から、クリアにはどう足掻いても戦闘能力が必須となる異界であり俺たちには不可能。


 それでもこのフラグを一つ立てたことは相当にすごいことだったらしく、売買用ではない秘されていた情報をこうして開示してもらった。

 クリアに関すること以外にも、複雑なルート分岐は本来情報収集用に存在するものだとか、実は破滅に導く魔女が危険な薬をばら撒いているだとか、魔女の暗躍を防ぐため奮闘する本当の姫様なる存在がいるだとかいう話を聞いた。


 隠さなくても良さそうな情報も隠している理由は、情報提供者がそう指定したからというだけ。情報屋も悩ましそうだったので、エベナならではの面倒な事情でもありそうだ。

 

 あとはフラグ立ての功績を見込んで、クリアを目指す際にはパーティに呼んでくれるのだとか。



 ◇



「気付いたら大金持ちだっ」 

「そんな感じだな」


 情報は突入前に貰った分と相殺という形になると思ったが、結構報酬をくれた。

 異界としての報酬も、よほど特別なものではなければ持ち帰りが許され合わせると大金になった。ついでに姫様の使っていた溶けた剣もある。


 瞬間風速では上級冒険者に届きそうな儲け。細々と暮らすなら、働かなくともなんとかなりそう。一時的な儲けに過ぎないので生活水準を上げると痛い目を見そうだが。

 クリアとはならなかったものの、頑張った甲斐があるというものだ。


「剣は作り直し?」

「金もあるし鍛冶屋に頼むべきだろうな」


 オーダーメイドの武器は一つの夢だ。良い素材があるとなったら依頼したいに決まってる。俺の特性的にも、ありものは扱い辛いことが多いし。

 となると、情報屋で鍛冶屋のお勧めを聞いた方が良かったか。


「順風満帆だねぇ」


 一応死んだっぽい人が言う事かは分からんが、まあそうだ。


 金も素材も嬉しいが、なによりの報酬はこの体。


「実際どれくらい強いのかな」


 もともと手足がない身だったため分かり難いが、肉体的なステータスは結構高い。

 その上で好きなように改造できる体。かなり高度な再生能力もあり、用途は幅広い。


 さらにヒノと体を共有するような形になっていることで、魔法も一人で二人分使えるようなもの。


 正直滅茶苦茶強くなったんじゃないだろうか。

 なにより再生力が大きい。不意の死から逃れられるという安心感もあるし、これだけで格下から殺される心配がなくなるはず。


 早くこの力を使いこなし、自分のものにしたい。一気に道が開けた気がする。



 ◇



 戦い方が大きく変わったわけではないが、やはり差は歴然だった。

 本来リスクになる行動を大胆にとれるため一つ一つの動きによるリターンも大きくなったし、一心同体のため魔法の効率も段違い。

 我ながら戦士としても魔法使いとしても良い働きができる。


 能力の習熟に伴い、選択肢も増えた。


 最近のトレンドは太い足と尻尾だ。尻尾は余分な肉を効率的にストックしておけるし、姿勢制御に便利。難点は鎧の装備が難しいことであり、好みの質実剛健な雰囲気のものをまたも扱えず「本当に大丈夫?」と突っ込みを入れたくなる見た目スカスカな部分の多いファンタジー寄りの装備になってしまう。


 一応デメリットというか、自身の好きなように扱える肉の確保は大事であり、食費は嵩むようになった。まあ特定の肉を摂取しなければいけないわけではないので、大した問題ではない。




 活動可能範囲が広がり、小さな町ながら多くの冒険者が立ち寄る要所で再びサクラさんと出会った。本当は村がなくなっていたエリィを探していたのだが、そちらは見つからなかった。


 サクラさんは予想に反して思い出してくれたようで「随分成長したようだな」と言ってくれた。昔と違い俺の実力が大きく上がったからか子供を見る感じではなく、まともに対応してくれている気もした。


「軽く手合わせ、というかご指導いただいても良いですか?」


 腕試しをしたかった俺はそんな提案をし、サクラさんも快く引き受けてくれた。


 一足飛びに強くなってしまったので実際どこまで手が届くのか分からないままなのだ。この機会にどの程度強くなったのかを知っておきたかった。


「好きなように動くと良い。こちらはその後動く」

「分かりました」



 きっと、まだサクラさんには勝てない。それでもこの体を使って驚かすことくらはいできるだろう。理想を言えばうまいこと一撃入れるくらいはしたい。


 なんて、思っていた。


 言われた通りこちらが動き出そうと足に力を入れた途端、視界が桃色に染まった。


――あ、死んだ。


 一瞬で胸に剣を突き付けられていた。


 見事に何もできなかった。かつて見た、いや見えなかった速度を思い出した。

 今なら少しは感じることはできたが、じゃあ避けられるかと言ったらそんなことは全くない。そもそも最初の目くらましにはまった時点でこちらに与えられた先行権が消えていた。

 反応が早すぎて本当にこちらを待っていたのか疑いたくなる。


 さらに問題なのがこの剣、技?


 むしろこのままヨッコイショと起き上がり、胸に剣を突き入れながら反撃をかませるのことこそ今の俺の優位点なのだが、それができない。


 剣先に集まった桃色の甘ったるく重苦しいオーラ。再生力とかそういう話は関係なく、刺さったら問答無用に死ぬと感じた。


「ま、まいりました」


 サクラさんは元から戦いだと思っていないかのような自然体で、刀を仕舞う。


 ああ、殺されずに済むのか。悪いことをしていないわけでもないし、裁かれるのかとも思ってしまった。


「ふむ。中々便利な体のようだが、頼り過ぎだな」


 まだ何にもしてないだろうが、ふざけんな。驚かすも何もないじゃないか。

 せめて何度か打ち合った上で隙だらけだとか言って欲しい。


「もう少し具体的に教えてもらえると助かります」

「説明は苦手だ。うーむ、どのような体かは知らないが、相手の攻撃に少しなら被弾しても良いというのは甘えだというだけだ。毒を塗るだけで終わりだしな」


 少しくらいの毒なら平気なはずだが、何も言えない。どうせ俺の得てきた常識の範囲外。一瞬で全身が溶け蒸発するような毒でもあるんだろう。それに鎧を貫く前提で語られてもな。


 確かなことは、俺が遥か格下だということ。


 ひょっとしたら上級冒険者の実力少し下くらいまで来ているかもと思ったのだが、中級の中でもあまり高くない程度なのだろうか。あれ、中級には届いてるよね?


 こんなにもあからさまに化け物になったはずなのに、上には上がいるというか、上から見ると「種族が少し変わったね」というくらいで済まされてしまう。

 今の体になってからも調子に乗っていたつもりはなかったが、自信はバキバキに砕かれてしまった。


「武器も関係なかったね」

「ホントだよ」


 せっかく今までにない高性能な武器を手にしていたが、披露する間もなかった。


「まだまだ先は長いな」

「まだまだ楽しめるねっ」


「……まあ、そうだな」


 本当に誰より強くなってしまったらどうしよう、などと考えたこともあったが完全な杞憂だった。


 死ぬまでずっと、楽しんでいられそうだ。


――――――――――――――――――――――


 一旦終わりということで、あとがきです。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


 まだスガの冒険は続きますし予定している展開等あるのですが、他作品を書きたいこともあり一区切りつけておきたいので終わりました。

 『姫様の異界』が本当に終わるところまでは行きたかったのですが、あまりにも遠い。


 そのうち続編を書きたいとは思いますが、それをこのまま続きとして書くか別作品として出すか、はたまたスガ達を他の作品に登場させる形になるかは分かりません。何にせよ、明確に次の冒険が始まったらこの次の88話で誘導すると思います。


 この場で長々と話すのも文字数がおかしなことになるのでこの辺で。


 では('ω')ノシ

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