第86話 姫様の異界8

 気がついたときには、体が増えて大きくなっていた。

 いらなかったはずの手足も何故か付いている。


「一時はどうなることかと思ったが、こちらで用意すれば良かっただけのこと。手間はかかるが、むしろ形をこちらで調整できるのなら都合が良いというものだ」


 気に入らないが、意識が朦朧としていることもあり、何をするでもなく再び眠りにつく。




 次に目覚めたときにはさらに体が大きくなっていた。

 今回はそれまでと違い、徐々に意識がはっきりしてきた。


 はっきりするに従って、困ったことに気付く。自分の中に自分以外がいる。それも数えきれないほどに。


 この中では俺が一番大きく他は小さく弱いものだが、数があまりにも違う。外からどう見えようと、内側にいる俺にとっては一つではなく群体。制御しようにも、どうにかできるのは数個だけ。無数にあるそれを一人で操作など無理な話。


 想定した意識や体の奪い合いなどにはならなかった。失敗した。


 もはやそのままでは俺には手の施しようがない、さっさと諦めて、何とか生存戦略を試みた。

 俺はバラバラにされていた俺を一カ所に集め、ひとかたまりにしてやり過ごすことにした。そのうち何かチャンスが生まれるかもしれない。

 幸い仲間のすることだからか、邪魔されることはなかった。


 時間感覚が曖昧だったこともあり、すぐにその時は来た。


 だが、残念ながらまた意識か霞んでしまった。

 いくら俺自身がまとまっているとは言え、既に怪物の体の一部に過ぎず怪物自体から切り離されてしまえば多くの機能を失う。

 怪物の一部として、怪物の力で思考を許されているに過ぎなかった。




 再度意識が戻り。


 もう一つの意識と記憶が流れ込んできた。


――理解した。


 やはり頭がおかしいと思った。

 そんな彼女が俺にはお似合いだなとも思った。


 体の形成はそれほど苦労しなかった。意識も自我もはっきりしているし、客観的な見た目も十分に理解できている。


 形を変えていく光景は酷くグロテスクなものだろうが、感覚器官を作るのは最後に回すので俺自身はなんとも思わない。


「ふぅ……。復活、かな?」


 手をグーパーさせて感触を確かめる。両手があるというのは不思議な気分だ。足も動く。


 体に不調はない。そして――


 アハハハハハ!なにこれなにこれ!面白いねっ!


「それはなにより」


 俺の中に、ヒノがいた。




 近くにある死体から装備を貰う。素っ裸のままいるのは人として抵抗がある。


 人なの?


「違うかもしれないけど、それはそれ」


 この体は明らかに以前のものとは違う。それに気づいたからこそ、手足も生やした。関節の可動域で縛られることもないし、とれたところで簡単にくっ付く。魔法の通りも良く、好き勝手動かせる。あって困るものじゃない。


「それにしても、ずっと見てたんだな」


 勝手に視界や音を共有して、考えも読み取るとかホラーだろ。


 そのおかげで生きてたんだから感謝してよねっ。


「へいへい、ありがとねー」


 実際なにか困ることがあるわけでもない。やましいこともないし、やましいことをしても気にしないだろうし。


 やましいことって?


 んー。確かに許容されているならやましいもクソもないか。

 というかこれって、どう会話するのが良いのかね。


「ん?わっ、すごいすごーい」


 手の甲に口を生やしてみた。ヒノの意識と連動するようにしたのでヒノは勝手に喋ることができる。直接感じることができるのだから意味はないのかもしれないが、気分の問題だ。


「どうだろねー。って、喋ってないのに受け答えたらダメって感じ?」

「分からん」

「じゃあどうする?キスでもする?」


 それこそ意味が分からない。文脈も行動も。自分の手とキスってなんだ。相当にヤバいだろう。


「ヤバいんでしょ?お互いに」

「まあ、それはそうかもしれないな」




 一人漫才もそこそこにして、怪物のほうへ向かう。結局こいつは倒す必要がある。


 とはいえ本当の最終決戦が始まる!という感じでもない。方法はもう思いついてるし、難しいわけでもない。


 てくてくと自然体で、近付いて行く。気付けば兵士は全滅しているし、半分にされた怪物の体はほぼくっ付いている。


「手足を切り落としてたらまだ分かんなかったのにねぇ。せっかく助言してあげたのに」


 俺が不要だと思っていたからか、手足の接続は緩い。上手く切り落とせば、そこから先は腐っていき再生しない気がする。その上俺が中にいなければ、手足がないままの移動も難しい。姫様への反撃も遅れただろうし、残りの兵士だけでも倒せたかもしれない。


 まあ、あれだけ渾身の一撃だったわけだし、やろうと思ってもコントロールが難しかったのだろうけども。


 のんきに考え事をしながら怪物によじ登る。ヒノの魔法をペタペタとくっ付けていく。


 それを嫌がる様子はない。俺は自由に怪物の上を歩き回る。


 こいつはもともと俺だ。仲間であり同一の存在。ほぼ本能だけで動いている怪物だと知っているし、自分の手で自分の体を傷つけようなど通常は思わない。一度明確に攻撃をすればどうなるかは分からないが、少なくともそれまでは何もされない。

 


 倒れたまま怪物の再生が終わるまで、なんなら再生が終わり起き上がってからもペタペタと作業を続ける。魔力量も跳ね上がっているようで、付け放題だ。


「結構弱ってそう」

「やっぱ姫様の一撃がすごかったんだろうなー。ゾンビ特攻とか、再生封じとか付いてるのかも」


 元の大きさに戻ってはいるが、半分にされた部分に傷跡がしっかり残っているし、動きに違和感があり元気がなさそうだ。


「あ、やべやべ、逃げよう」


 張り付けていたのが着火したら爆発する魔法なので、そこら辺にある火事から引火するかもしれない。進行方向に火の手が見えたので、逃げる。


 俺も少しくらいなら簡単に再生できそうだが、木っ端みじんになってしまえばどうにもならない。


「飛んで火にいる夏の虫?」

「あいつからすると、まあ虫みたいなもんだろうな。というかお前って虫燃やした事なかったのね」


 あえて掘り返すことでもないが、もはや共有している意識なので一度思い付いたら言い淀んでも仕方がない。


「聞いた中で面白かった話を咄嗟に出しただけ」


 そう感じたのなら、実際にやっていなくても同じようなものか。



 全力で怪物から離れる。後ろにも目を作ったので、背中を向けて走りながらでも様子は見て取れる。


 十分に距離をとり、そろそろ着火しようかと思ったところで凄まじい爆音が鳴り響き、大気を震わせる。勝手に引火したらしい。


「たまやー」


 決まり文句を言いつつも、怪物の方に戻る。手足には入念に張り付けておいたが、千切れていなければダメージで動きが鈍っている間に確実に切り離しておきたい。


「わりともう大丈夫そうじゃない?」

「そうだな」

 

 爆風で抉れ、焼かれている部分の再生が始まっていない。体全体を見回しても、ピクリとも動いていない。


「まあ念のため」


 それでも完全に千切れていなかった手足は何度か爆破して確実に接続を断つ。油断した結果見えないところで再生していた、なんてしょうもない結果はごめんだ。



 作業が終わる。それまで一切動かなかったこともあり、まあ死んでいるとみて間違いないだろう。


「クリアー?」

「うーん」


 終わった。という意味でならクリアで良いだろう。このまま最初入ってきたゲートのところへ行けば、恐らく外へ出られる。


「完全クリアとはいかないだろうなぁ。姫様死んでるし」

「だよねー」


 当初思い浮かべていたシナリオは、俺が怪物になりながらもなんやかんや主導権を握り、みんなと一緒に悪魔と戦って勝つ。みたいな感じだ。ある種のテンプレパターン。


 とっくに全く違う展開になっているし修正もできてない。言った通り姫様も死んでいる。どころか生きている人間がどれだけいるのかというレベルで町も壊滅している。


「私も死んじゃったしねっ」

「おー、そういやそうか」


 なんだか全然そんな気がしていなかった。というか、それを言うと俺も死んでいるのかも?死の定義によるけど。


「死んだの?少なくとも今は生きてると思うよ?」

「生き返ったって判定になる可能性も。まあ色々ぐちゃぐちゃだから、考えたって仕方ないね。とりあえず今は帰る……前に火事場泥棒かな」


 報酬でなければ、特別な品は持って行ったところでゲートを通る際に消失するみたいなので恐らく無駄だが。


「ご褒美です!って渡してくれる人もいないしねぇ」

「そうなんだよなぁ。前とは違って一応やることはやったんだし、何か報酬が欲しいところではあるんだけど」

「姫様の剣とか」

「それなぁ」


 今回の異界ではクリアできなかったものの、新たな発見は多かった。


 俺が怪物になってから改造していた奴は、今までの情報にはいない人物だったし、姫様の使った馬鹿みたいに強い剣も情報屋で教えてもらってない。


 逆に、新たな重要そうな要素がまだ発見されてしまった以上クリアはほど遠いのかもしれない。


「あったけど……」

「アハハ、へんなのっ」


 溶けてる。姫様が持っていたまま固まったせいか、持つとそれだけで溶けたアイスを持っているかのような状態になる。


 一応素材として優秀ということもあり得るので貰っておく。他にも姫様が持っていたものは全て引っぺがして頂く。


「そういう趣味?」

「なわけあるかい。穴だらけになってるし」


「宝物庫はいいんだっけ」

「全部使ったって話だけどね」

「一応見てみるかぁ」


 魔法の袋もなく持てる量には限界があるとはいえ、これで報酬が変わるかもしれないと思うとできるだけ頑張っておきたいところだ。


 小振りの魔法の袋をもろもろの荷物と共にヒノが持ち込んでいたが、宿ごと潰されてしまっているのが痛い。

 




「忘れ物はないよね?」

「うんっ」


 ヒノの感覚では長く大変だったみたいだが、俺としてはほとんど寝てただけの、あっという間の挑戦だった。



 六本の腕で大量の荷物を抱え、ゲートへ踏み出す。

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