第85話 意識
少女はベッドの上で、多くの医療機器に囲まれていた。
ただずっと、それだけの光景が続く。
数少ない楽しみとして本を読んていたとか、動画を見ていたとか。そんなこともない。
窓から見える光景も、親が読み聞かせてくれる物語も。全てが意味をなさない。
数分あるいは数秒という短い間隔で不意に訪れる苦しみや痛みは、あらゆる娯楽を許さなかった。
動きを封じた囚人の額に水を垂らし続けるという拷問がある。
痛みを与えることで眠りを妨げ続けるという拷問がある。
少女にとって、そうしたものはただの日常。
特別な耐性などあるはずもなく、とっくに気は狂っている。
だが、碌に声も出ず体も動かせない弱弱しい少女の発狂は、ちょっとした癇癪にしか見えなかった。
幼いまま死ぬなんて可哀そう。
子供のまま死ぬなんて可哀そう。
若いまま死ぬなんて可哀そう。
親の身勝手な考えで、何も悪いことなどしていない少女の刑期は増え続けた。
どんなに調子が悪くても、死にたいと願っても。残念ながら死には至らない。
誕生日を祝うという、正気の沙汰ではないイベントがあった。
食べることもできないのに置かれる料理。臭い。邪魔な人形も増える。嫌がらせが酷くなる最悪な日。
だが、唯一その一回だけは、確かにプレゼントがあった。
新鮮な生ゴミを乗せる皿。その隙間に、ライターがあった。
いつも通り朦朧としている少女は薄ぼんやりとした視界にそれをおさめた瞬間、目を見開き覚醒した。
これまでの機会で、生ごみの上に火を灯すのを見たことがあった。それの使用用途と使用方法は知っている。
全ての力を振り絞り動いた。
それまでの少女では考えられない動き。
なりふり構わず動いた少女は奇跡的に起き上がることに成功し、奇跡的にライターまで手を伸ばし、掴んだ。
人間の力は脳にリミッターがあり力が抑えられているという話が本当であるなら、この時は間違いなく外れていただろう。
ライターを手に入れた。それだけで、少女は感動に打ち震えた。自らの意志で動き、目標に一歩近づいた。初めての体験。
続けてライターに火を灯そうとする。
スイッチを押すだけのタイプだが、その力もない。なんとか体重をかけ、押し込もうともがく。
何とか体重をかけるためにライターを立たせても、滑って倒れる。マットが沈む。うまくいかない。
それでも、諦めない。
かつてない運動量に汗が噴き出す。息が切れる。痛みや苦しみが増す。
無駄だと。お前には何もできやしないのだと。呪詛の言葉をぶつけられているような感覚。うるさい。だまれ。
ありったけの力でもがき、あがく。
そして遂に、押した――
燃えろ。燃えろ。燃やし尽くせ。全てを消し炭にしてくれ。
待ち望んだ炎。ベッド上であることもあり、綿埃を燃やし広がる。
ただし、一瞬だけ。
用も足せない少女のベッドは、防水性のシーツで覆われている。本格的に燃え移ることなどなく、少しシーツを溶かすだけで終わった。
溶けたシーツは粘り気を帯び、衣服に引っ付いた。
異常を感じ取った職員がすぐに駆けつけ、たった一度の挑戦は幕を閉じた。
何も燃やせなかった。
それでも、少女は嬉しかった。
初めて自分で行動を起こした。初めて自分で選択をした。
これが少女の、唯一の思い出。二十年の人生における最初で最後の幸福。
あえて他にあげるのならば。
転生と言う名目で、ようやく命を捨てたときのことだ。
少女が新たな世界に降り立った際、彼女は自身の願いとは裏腹に何も選択することができなかった。
あまりにも知識がない。経験がない。
何もできずに生きてきた彼女は、生き物としての本能すら知らない。
選ぶという言葉の意味を失い、ただ言われるがままに過ごし、言われるがままに動いた。
赤子が自己を手に入れるように、短くない時間をかけようやく最低限のことを理解した。
その頃には魔法が形になっていたこともあり、早速自身の選択をした。止められていた町の外へ行き、モンスターに挑んだ。
あっさりと負けた。弾き飛ばされ動きが鈍り、死が迫った。
それでも彼女は満足だった。自身の選択で死ぬ、死ねる。悪くない。
すぐに噛まれて、食われて終わる。こんなに簡単に死ぬなんて、素敵なこと。
でも、欲を言えば。
もう少し、何かを選んでみたかったかもしれない。
――「大丈夫ですか?」
その機会を、得られた。
そして選んだ。
彼を。
自らの選択を、感じていたかった。
彼を感じていたかった。それだけで良かった。
成長し、成長する機会があった。
彼の見るものを、見たかった。
彼の聞くものを、聞きたかった。
彼の知ることを、知りたかった。
彼を
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