エピローグ
「伴様、どういうことですの!?」
強盗でもまだ侵入時はずっとマシだろうという乱暴さで事務所に飛び込んできたものを、ソファに座って迎え入れた。
愚痴を零す際はいつだって怒り顔でいたが、今日は今まで以上だ。お嬢様言葉は変わりないが、音の響きは刺々しい。仁王立ちは怒髪天を突くと言ってもいいほどだろう。
そして、その怒りをどうにかする暇もなく、再び激しく扉が叩かれた。
「ハンター! ボクにも説明を求めるぞ!」
どんどんと激しい扉ドンは近所迷惑もいいところだ。すぐにシェラが飛び込んできた。
そして、日頃なら避けるであろうはずのハンターと横並びで仁王立ちになる。腰に手を当ててこちらを見下ろそうと居丈高な態度だ。二人並んだ女性陣の迫力は凄まじい。
シェラはいつの間に解放されたのか。自由になったのならば、事務所に出戻ってくることもない。ここから捕縛されて協会へ送られたようなものだろうに。
過去にこだわらないのは長命種の特徴であるかもしれないが、それにしても直近のことだ。
「どういうつもりなのですか? 今回ばかりは説明していただかないと納得できませんわ。一体どうして、こんなことになりましたの?」
あれほど人間を見下していたシェラがその言葉にこくこくと何度も頷いている。真相を追及することに集中しているようだ。
「分かったから大騒ぎするのはやめてくれよ。ラツェナド、こっちに来い。お前らはそっちに座れ」
ほとほと疲れ果てた様子で漏らした伴君に促されて、私は向かいのソファから伴君の隣に移動した。
女性陣は私たちが隣同士になるのも気に食わないらしい。険しい表情を崩さないどころか、ますます剣呑になった。それでも、話を聞くことが重要なのか。伴君の言うように揃ってソファへ腰へ下ろした。
「それで?」
横柄に零したのはシェラだったが、栗飯原さんも同じような暴力的な感情でいることは間違いない。
「何が気に食わないんだ」
何が、なんて白々しいのは伴君だって分かっているだろう。それでも、その核へ飛び込みたくないという抵抗なのだろうか。無駄な足掻きこの上ないが。
「どうして一緒に住む羽目になっているんですの」
「一緒に住んではない」
「同じようなものでしょう! 身元引受人なのですから」
「正式には違うだろうが。ラツェナドの安全を保証するってだけだ。今までの観察対象じゃ、また事件に巻き込まれたときに面倒くさい手続きが多過ぎる」
言葉通りの辟易顔は、私が伴君を吸血した事件の後始末を思い出しているからだろう。
同意のある吸血だと伴君はしかと主張したし、吸血鬼を捕縛するという実績を見せつけたのだ。おかげで、私は信用してもらえた。
しかし、無罪放免とはいかない。何の過去もないものと比べれば、怪しまれるのはやむを得ないだろう。それは理解していた。
では、どうするか。施設に行くほどではないし、かといって協会でずっと世話になっているわけにもいかない。伴君が観察対象としてくれているとはいえ、不安は拭えないようだ。
吸血鬼を捕縛してから、何度も話し合いが設けられた。そして、伴君が覚悟をしたように切り出したのだ。
「身元引受人になりましょう」
その一言には相当な重さがあったようだった。
観察対象であることとどう違うのか。当初は理解できなかった。だが、身元引受人はほぼ家族枠として吸血鬼を庇護することになるらしい。
つまり、責任の度合いが違うということだ。もし私が罪を犯せば、伴君も捕縛対象になる。私がそれで枷を負うかどうか、というよりは、それだけ伴君が保証するという部分が大きいようだ。
その契約を結び、書類を提出したところで、私は再び解放されることになった。それから、伴君の事務所に転がり込んでいる。
身元引受人と同居は等号ではない。しかし、私は仕事をなくしているし、事務所の事務員として待機することで観察も厳しくしているという体裁を整えるようだ。私はこの事務所で一日を過ごしているようなものだった。
自宅には寝に帰っているだけだ。私に困ったことはないし、伴君もさして気にしていないらしい。そのため、三日で生活に慣れ親しんでしまった。
そのときを見計らったのかのような女性陣二人の突撃だ。一体どんな異能を持っているのか。
「そのようなことを伴様がする必要はありませんでしょう?」
「協力してもらえるならしてもいい」
「吸血させたなんて信じられませんわ。ハンターですのよ」
吸血鬼を軽蔑しているというよりも、ハンターの矜持としての主張であるようだった。ただ、言葉が尖っていることは否定できない。
伴君はぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「だからこそ、やるべきことはやるだけだろう」
「もちろん、平和を守ったことにはラツェナド共々素晴らしいことだと理解していますわ。ですけれど、そのために伴様が危険に晒されるのを看過しろというのはあんまりではありませんの?」
「ラツェナドがその人間をどうこうするわけがない。貶めるのはやめて。協力を強制すること自体が不遜だ」
「強制などしていませんわ。伴様との交流の結果でしょう」
その結果が気に食わないのか。
栗飯原さんの表情は厳しい。それに答えるシェラも激しい顔立ちをしている。主張していることは同じであるというのに、肩を並べているわけではないらしい。タッグを組まれれば面倒なのでそれはそれでいいが、口喧嘩を挟んでこちらを巻き込んでくるのはそれはそれで面倒だ。
「どういうつもりなの?」
「俺とラツェナドのことをお前……お前らが口を出さないといけないのか? 心配とか同族とか、そういうのはいい。俺は成人して自立しているし、ラツェナドだって虐げられているわけでもなく、自分の意志で実行に移している。それに文句をつけるほうがよっぽど馬鹿にしているんじゃないのか。ラツェナドの判断を非難するのか」
シェラの顔がぐにゃりと歪む。不満は消えるどころが増加したようだが、反論はできなかったらしい。
伴君は存外、相手をやり込めることが上手かった。もしかすると、これは栗飯原さんの相手をし続けたことで身につけた処世術なのかもしれない。
「それは伴君にも言えることだろう。ハンターとしての矜持があることなんて、栗飯原さんは重々承知のはずだ。そのうえで、私との協力体制を崩すつもりはないと契約を結ぶことを決意したのであるから、それを尊重するのが尊敬する相手への態度ではないかね?」
追従した私の文句もやはり気に食わないようだが、反論の余地はなかったようだ。
閉口した二人に、私と伴君はアイコンタクトを交わして肩を竦め合う。殊更に言葉を重ねたりしない。
これは生まれ変わりに関しても同じで、私たちはあの感覚についてわざわざ語り合うなんてことはしていなかった。
ただ、家族枠と認識されても構わない身元引受人の契約を結んだことがすべてだ。
こう思うと、そこに意味を見出して憤慨している栗飯原さんの感覚は間違っていないのかもしれない。
「本当によろしいんですの?」
負け惜しみだったのか。心の底からの心配だったのか。その判断を下す必要もなかっただろうが、それを考える間もなく、伴君が即応する。
栗飯原さんを見据えた瞳は、快晴の空のように輝いていた。
「俺はラツェナドを気に入っているんだよ」
かつて、私が初めて友に手を貸してもらい吸血をしたとき。やつはそう言って笑っていた。まったく同じ瞳をした伴君は清々しいほどに男らしい。
ああ、と思う。きっと、私はそれまでの関わりもさることながら、そのときに彼を友と認識したのだ。
そして、今もまた。
「私も伴君を信用しているよ」
続けて言うと、今度こそ言葉は刈り取れたようだ。
二人揃ってむっつりと口を噤む。分かりやすいことだった。理解こそすれ、納得はしていない。それが透けきっている。それでも、一時でも矛を収めてくれればそれで構わなかった。
ここで大事なことは私たちが相手の思考を理解していることだ。こちらを見た伴君がぱちくりと瞬きを繰り返す。私が片眉を上げて見せると、伴君は片頬を上げて笑った。
友であるなど……かつても、今も、友であるなど、確認し合わない。
それですべての思想が通じ合うとは思わなかった。言葉を交わし合わなければ、心が芯から通じるなんてことはない。しかし、この不思議な感覚は、今はまだこうして手探りに通じ合うくらいがちょうどよかった。
……私の傲慢な考えでないかもしれないけれど。けれど、少なくとも、伴君から私に話題を投げてくることもない。それが現実だ。
「……仕方がありませんけれども、わたくしを蔑ろにするのは許しませんからね。伴様!」
「ラツェナドも吸血鬼としての品位を貶めるのは許しませんからね」
同時に話されて混線していた。栗飯原さんとシェラは宣言が被ったことに苛立って、睨み合っている。
この先の面倒くささを体現しているかのようで、頬が引きつった。隣で同じ顔をしている伴君がため息を零す。肩を叩いて慰めると、同じように返されて目を眇めた。
「……これから、よろしく」
「それはこれをどうにかしろって話じゃないだろうな?」
「関係を続ける中で起こることすべてに」
「都合がいいぞ、青年」
「お前のためだろ、吸血鬼」
女性陣は睨み合って周囲に気を配れる状態ではないらしい。私たちのこの細やかな会話が聞かれていなかったのは、幸いだっただろう。
私たちは改めた挨拶の最後に、手を差し出した。握手ではなく手を合わせて叩く。これが難なく成立したことが、私たちのすべてだった。
君と伝える吸血鬼譚 めぐむ @megumu
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