第36話
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血の記憶とはあるのだろうか。
味が同じだと思えるほど、彼の香りや味を覚えているわけではない。けれども、その血液には覚えがあった。
彼と伴君の姿が重なったことは何度もあったが、今ほど明確なことはない。そして、それは私側だけのものではないようだった。
吸血の瞬間、伴君の瞳が見開かれて私を見る視線に探りが混ざる。それは吸血に対する疑問というわけではなさそうだった。
本当にあるものか。今になってもなお、疑念は拭いきれない。それでも、私たちはそのとき、確かに吸血鬼とハンターであると確証を持って吸血行為をしていた。
そうして、私が唇を離すと同時に
「ラツェナド」
と響きの変わった音がする。
懐かしいような音に目を細めた。
暗くても伴君の姿はよく見えている。彼と間違ってなんていない。どこからどう見たって伴君で、それを疑うこともなければ消してしまおうなんて考えもなかった。それでも、懐かしさに胸がいっぱいになる。伴君は何を感じているだろう。確かめてみたい気もしたが、無粋であるような気もした。
そして、何より今はそんな暇がない。
「来るぞ」
「……ああ」
伴君も確かめたいことがあるのだろう。私よりも何が起こっているのかまるで分かっていないはずだ。
それでも、ごたごたもしみじみもしている時間なんてない。伴君は冷静だ。前振りなく、上空に飛び上がったにもかかわらず、ひとつも慌てはしなかった。
私は伴君と肩を組んで飛ぶ。どうするのか。知らないはずの伴君も、私の行動に身を合わせていた。見様見真似を試みようとしたわけではない。動きは完全に慣れ親しみ、シンクロしていた。
そうして、私はコウモリのような翼を広げて飛ぶ。伴君はやはり驚きはしなかった。その冷静さは分かっていたが、今回の驚きのなさは直前とはまた違うものだと感じる。思い違いをしている可能性も大いにあり得るが。
「回り込めるよな?」
「気配で危機感を悟れるほどには優秀なハンターだとお見受けしていたが? 確認が必要かい?」
「お前にすべてを任せよう」
「君の腕を信頼しているよ」
お互いに相手の実力が手に取るように分かるようだった。
今まで見てきた、なんてのは嘘っぱちだ。そんなものではない。勘だけのそれを礎にして、私はこちらへ向かってくる吸血鬼に接近する。
こちらからの反撃とも言える特攻に、あちらが身を翻した。いくらここまで攻撃が当たっていないとはいえ、攻撃を恐れないほど馬鹿ではないらしい。
ハンターという職業の戦闘を知っているのだろう。そうして翻したその後ろへと急旋回で回り込んだ。あちらの動きは速い。しかし、旋回についてはまた別の機動力が関わる。私は小回りが利いた。
伴君を振り回しながら、回り込んだと同時に、火炎が飛び出す。そして、それは今までのことが嘘のように、吸血鬼の胸元へと撃ち込まれた。それから、五発。一発も外すことなく、腕や太腿などに続々と火玉を撃ち込んでいく。
魔力を使い切る怖さなど考えてもいないようだった。もちろん、ここで油断して取り逃がすほうが手落ちではある。それにしても、蛮勇だ。
伴君にそんなものがあっただろうか。それはニヒルな笑みを浮かべていた彼の性質であるような気がした。
吸血鬼は意識を失い、猛スピードで落下していく。周囲のハンターたちは私たちの戦いの観戦者となっていたが、手をこまねいていたわけではない。落下していく吸血鬼の下には、ハンターたちの包囲網が作り上げられていた。私たちは空中からそれを見届ける。
差し出した私の空いた手のひらに、伴君の手のひらが上からぱちんと叩くように重ねられた。ごく自然な動きが、爽快感と物懐かしさを抱かせる。私たちの感覚は、きっと何ひとつ間違ってはいない。
勝ちどきは夜闇と心に響いて染み渡っていった。
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