パラレルワールド
鈴美
パラレルワールド
あの時こうしていれば。そう思うことは誰にでもある。
「俺の親父があの時二の足を踏まなかったら、親父の事業はうまくいってたんだよな」
沢田はビールジョッキを乱暴にテーブルに叩きつけ、愚痴をこぼす。この話はすでに三回聞いている。しかし話が終わる様子は一向に見えない。
「あの製品を先に生み出したのは親父の会社なんだ。でも親父が『まだ完璧じゃないから』とかなんとか言って販売に踏み切らなかったせいで、他の会社に出し抜かれたんだよ」
沢田が話しているのは、父親が昔経営していた会社のことだ。新製品を生み出したが、まだ試作品の段階で、売れるかどうかの見通しが立たないからという理由で販売しなかったらしい。そうしているうちに他の会社が同じものを販売した。それは爆発的なヒットをかまし、その会社は急成長を遂げた。今では誰もが知る程の有名企業になった。
「親父が思い切ってやってくれていたらな。俺は今頃、有名企業の跡取り息子だったのに」
沢田は、こちらの世界では、父親が事業に失敗したために長い間辛酸を嘗めたらしい。元の世界の沢田の父親は、こちらの世界の沢田が望むように新製品の発売に踏み切り、会社を急激に成長させた成功者だ。沢田も父親の会社に就職し、経営を学んでいる。将来を約束された跡取り息子だ。高校時代の沢田は、よく金持ちであることを鼻にかけ、俺のことを馬鹿にしていた。自信と傲慢に満ちた態度に何度も腹を立てていたことを覚えている。かつての貧苦に不満を漏らす今の沢田の姿を見て、俺は内心「ざまあみろ」と思っていた。
「まあまあ、落ち着けよ」
沢田の隣に座る及川は、沢田の肩を軽く叩きながら酒を勧める。
「お前はどうなんだ? 結婚生活はうまくいっているか?」沢田が及川に聞く。
「おう、もちろんよ」及川は答える。
「及川は奥さん一筋だよな。飲みに誘ってもすぐに帰るしさ」
「俺は妻が一番だからな」
及川は自他ともに認める愛妻家だ。家族との時間を大事にするあまり、友人づきあいが良くないと陰口を叩かれているが、本人は気にしている様子はない。
「こんなに妻を愛する夫も珍しいよな。結婚したら愛情が薄れるって話は嘘か?」沢田が言う。
「結婚して愛情が薄れるなんてあり得ないね。日々愛情が深まるよ」
「うへえ、ご馳走様」沢田が吐くマネをして言う。
及川はこちらの世界でも妻が第一の愛妻家のようだ。これはきっとこの男の気質なのだろう。
「違う世界に生まれたとしても、俺はあの人と結婚するね」及川は自信満々に答える。
1つだけ違うのは、元の世界では、及川は別の人と結婚しているという点だ。
「そういえば聞いたか? 奥山久実。あいつ俳優と結婚したな」
奥山は高校の同級生で、俺達のアイドル的な存在だった。可愛らしい顔立ちと持ち前の愛嬌で、学校内では常に注目の的だった。
「地下アイドルから芸能活動を始めて、今じゃ国民的アイドル様だもんな。それで人気俳優と結婚。最高の人生じゃん」
同級生の結婚報告に、同窓会のメンバーは盛り上がる。奥山はこちらの世界では幼い頃からの夢を叶えたらしい。高校時代にこっそりと「アイドルになりたい」と恥ずかしそうに俺に耳打ちしていたことを思い出した。俺は内容よりもその可愛らしい行動に胸を打たれていたのだが、奥山は本気だったらしい。
元の世界の奥山は、高校卒業後にすぐに年上の男性と結婚した。噂じゃ、でき婚だったらしい。その後はだらしのない夫の為に、パートを掛け持ちし、家事に追われ、さらには典型的なワンオペ育児状態に陥っていたらしい。おまけに姑いじめが加えられる。元の世界での同窓会では、飲み会に参加するという人権すらない奥山の不在をいいことに、皆高校時代のアイドルの落ちぶれぶりを嘆き、酒の肴にしていた。
こうしてみると皆それぞれ元の世界とは違う人生を歩んでいる。あの男が言っていた通りだ。
「選択ひとつで、人生ってもんは大きく変わるのさ」
元の世界でも同窓会に参加していた俺は、それなりに人生を謳歌していた。一流大学を卒業し、大企業に就職。年収も満足がいく額を稼ぎ、仕事でも重要な企画を任されている。同窓会に参加すれば、数少ない成功者として羨望と嫉妬の的になる。毎度のことながら気分がいい。自分の優秀さを肌で感じられる。忙しい合間を縫ってわざわざ同窓会に参加するのは、この空気を肌で味わう為だ。
元の世界の同窓会でひとしきり羨望の眼差しを受けた後、俺は煙草を吸いに店の外に出た。火をつけた煙草に口をつけ、大きく息を吸い込む。ああ、悪くない。親の七光りで成功しただけの沢田の自慢話にはうんざりさせられるが、普通の家の出からここまで出世した俺の方により憧れを抱く同級生も少なくない。自己肯定感が満たされる。頑張ってきた甲斐があったというものだ。
これだけのものを持ちながらひとつだけ抱いている不満があるとすれば、妻だ。正直、あの女は今の俺のステータスに見合うような女ではない。家柄は申し分ないが、何せ頭が良くない。要領も良くなく、不器用で料理もうまくない。掃除も所々に埃が残る程に雑だ。俺達は不運にも子供に恵まれず夫婦水入らずで暮らしてきた。周囲からは仲のいい夫婦と思われているようだが、正直妻の能力の低さには疑問が残る。恐らく、金がある実家で甘やかされてきたのだろう。体裁を繕う為に何も言わないでいたが、どうしても他の女に目移りしそうになる。俺にはもっといい女が見合うのではないか? 例えば日高めぐみとか。
日高は、アイドルのような可愛らしさを持つ奥山とは打って変わり、大人っぽい顔立ちと落ち着いた雰囲気で人気を誇っていた。賢く、成績は常にトップクラス。よく学校内では、奥山派と日高派に別れて論争が繰り広げられていた。俺は日高派だった。しかし、高校時代、特に目立った特徴もなかった俺は、あまりのライバルの多さに怖気づき、遠くから見ているだけにとどまっていた。
大学時代に紹介された今の妻と付き合う頃には、淡い青春時代の思い出として胸にしまっていたが、同窓会で再会すると、またあの時の気持ちが蘇る。日高は数年前に起業し、自らの会社を大きくするため日々奮闘しているという。努力の甲斐あってか事業は順調なようだ。才色兼備の日高は大人になって一層輝いて見えた。高校時代に思い切ってアプローチをしていたら、俺はこの人と結婚していたかもしれない。そうしたら、出来の悪い妻にイライラさせられることもなかっただろうに。
やり直せたらいいのに。俺は再度煙草を吹かす。
「手伝ってやろうか?」
突然声をかけられて、驚く。声のした方を見ると、黒のパンツに、黒のパーカーを着て、フードを深くかぶった男が脇に立っていた。この角度からだと顔が半分くらいしか見えない。
「何をですか?」俺は恐る恐る聞く。
「人生をやり直したいんだろ? 手伝ってやろうか?」
はて、俺は「やり直せたらいいのに」と声に出していただろうか? 思い出せない。でもこいつがこうして俺に声をかけてくるということは、きっと無意識のうちに声に出してしまったのだろう。まったく、こんな突拍子もないことを知らない間に口にし、おまけに他人に聞かれてしまうなど恥だ。
しかし、普通なら馬鹿にされてもおかしくない状況でも、この怪しい男は特にからかう様子もなく真剣に俺に「手伝ってやろうか?」と聞いている。口には不敵な笑みが見える。
「どういうことですか? やり直す方法でもあるんですか?」
俺は独り言を聞かれた恥ずかしさを払拭する為、あえてぶっきらぼうに聞く。
「あるさ。正確にはやり直すわけじゃないけど」
「どうやって?」
「パラレルワールドに行くのさ」
「パラレルワールド?」
思わず吹き出してしまいそうになった。男は先程より少しだけ顔を上げて俺を見る。おかけで顔の大半を認識できた。30代といったところか。あまり特徴のない、どこにでもいそうな薄い顔立ちをしている。笑いを堪える俺を余所に、男はそんなSF臭、いや中二病臭が漂う発言を真顔でしている。俺以上の恥を晒していることに気付いているのだろうか。
「宗教か何かの勧誘ですか? 俺はそういうの興味ないんで」俺は煙草の火を靴で潰しながら答える。
「今の妻に飽きて、別の女と結ばれたいんだろ?」男は淡々という。
「それは……」
なぜこの男は知っている? それは口に出していないはずだ。煙草の煙と一緒に俺の思考が流れ出たというわけでもあるまい。
「パラレルワールドってのは、人が別の選択をした世界だ。それぞれ違う人生を生きている」男は言う。
「違う人生?」
「そうさ。選択ひとつで、人生ってもんは大きく変わるのさ。ちなみに向こうではお前は独身だ。そして日高めぐみも独身。彼女は向こうの世界でも成功している。いいチャンスじゃないか?」
俺は黙って男をじっと見つめる。男の不敵な笑みが厭らしい。
「こちらの世界じゃ体裁ってもんを気にして、他の女と結ばれるのは難しいだろ。でも、もう一度独身になればお前が誰と付き合おうと自由だ。どうだ?」
悪くないだろ? と男は俺に詰め寄る。確かに悪くない。この男の怪しさには引っかかるものがあるが、今密かに好意を抱いている日高とのチャンスを掴めることに俺は少しだけ高揚している。
「どうやったら行けるんだ?」俺は男に聞く。
「簡単さ。俺がこのまま連れて行ってやる」
「このまま?」
「そうだ」
「なんだか怪しいな。そんなことが本当にできるのか?」
「俺が聞きたいのは、お前がパラレルワールドに行きたいかどうかだけだ」男は鋭い口調で言う。
「それは……」
「行くのか? 行かないのか?」
迷った。が、数秒置いて、俺は「行く」と答えた。
「了解した」
男は俺に向かって一歩踏み出す。俺は身構えたが、気づいた時には男は右腕を俺の左肩に乗せていた。男がグッと力を入れたかと思うと、俺はふわりと宙に浮いた。いや、浮いたのではない。落ちたのだ。突然足元にあった地面が消え、ブラックホールのような穴が現れた。俺の体はそこに吸い込まれる。突然足場を失くした俺はパニックに陥り声を上げるも、それは誰にも届いていない。そのまま俺は真っ暗な闇の中に落ちていった。
気がつくと俺は店の前に座り込んでいた。どれだけ意識を飛ばしていたのか、顔を上げると道を歩く人が不審な目で俺を見ている。立ち上がって背後にある店を見ると、看板が違っていた。同窓会は海鮮系の居酒屋だったはずだ。でも看板には「鉄板焼き」と書かれている。
俺は今どこにいる?
「おい、長谷川。どうした?」
後ろから突然声をかけられた。振り返ると、そこには酒で少し顔を赤らめた及川がいた。
「お前、煙草吸いに行くって言ってただろ。もう帰るのか?」及川は不思議そうに俺を見る。
「え、いや。同窓会って、この店であってるか?」俺は及川に聞く。
及川は眉を顰め、不審がる。
「何言ってんだ。さっきまでここで飲んでただろ。酔ってるのか?」
ちらりと辺りを見渡すと、周辺も少しだけ違っていた。同窓会をしていた居酒屋の隣はコンビニだったはずだが、そこには別の居酒屋が並んでいる。向かいにはパン屋があったはずだが、そこは、看板を見るに弁当屋らしい。見慣れた景色の中に少しだけ違和感が残る。どうやら俺は、本当にパラレルワールドに来たらしい。
「おい、本当に大丈夫か?」及川は俺の顔を覗き込む。「中に入って水でも飲めよ。頼んでやるから」
及川に肩を組まれ、流れるままに俺は店に入った。店の内装は大きく違わないが、テーブルに並ぶ料理は彩り豊かな刺身ではなく、煙が漂う鉄板焼きだった。俺は席につき、及川が注文してくれた水を飲む。目の前には沢田が座っており、半分程飲んだビールジョッキを持ち残りのビールを呷っている。そして父親の愚痴をこぼし始めた。
周囲の話を聞くにつれ、少しずつ状況が読めてきた。元の世界とパラレルワールドの違いには驚かされることばかりだが、それはそれで楽しみながら聞いていた。日高の話だけは元の世界と大差なかった。やはり、どんな世界でも彼女は魅力的な女性だ。そして、あのフード男が言うように、彼女はこの世界でも独身だった。飲みの席は、彼女がどんな男と結婚するかで盛り上がっている。
「そういえば、長谷川は今どうしてるんだ?」沢田が俺に聞く。
「俺? 俺は順調だよ。職場でも大きな仕事を任されてるし、結構忙しいよ。でもそれなりにやってる」
妻の話はしないでおいた。フード男の言うことが正しければ、俺はパラレルワールドでは独身のはずだ。
「大きな仕事? どんな?」沢田が俺に聞く。口の端からふっと息を吐き、どこか含み笑いをしているように見える。
少しムッとした俺は、「大きな企画だよ。俺はその責任者だからな。部下も抱えてるし、なかなか大変だよ」と答える。続けて会社名と、簡単な企画内容を話す。
「そうなんだ」
沢田が言った。しかしそれは期待していた反応とは違い、非常にあっさりしたものだった。特に興味を持っておらず、ただおざなりに返事をしただけのものだった。
「すごいな。頑張れよ」
続いて及川が言う。顔には朗らかな笑みが浮かんでいるが、その言い方はどうしてか、同情を含んだ優しさが漂う。
不審に思っているとそのまま会話は別の方に進み、俺の話題はさっさと終わってしまった。元の世界程の関心を向けられなかったことに、俺は内心不満に思っていた。なんだ、こちらの世界では、皆大企業務めというステータスに興味がないのか。つまらない。俺は少しだけ不貞腐れる。
そうしているうちに、日高が「お手洗いに」と一言残し、席を立った。チャンスだと思った。日高とは席が離れていて話す機会がない。少しでも2人きりになる時間を稼がなくては。日高に続いて俺も席を立つ。座敷を出たところで、思惑通り日高と居合わせた。
「久しぶり」俺は軽快に声をかける。
「久しぶり」日高は笑顔で返す。
「事業が順調なんだってね。おめでとう」
「ありがとう。結構必死に食いついてるって感じなんだけどね」
日高は照れたように笑う。その美しさに俺は胸を震わせる。
「謙遜する必要なんてないよ。すごいことじゃないか。尊敬するよ」
「ありがとう」
会話が途切れそうだ。何か話題を繋げようとするも、実際は会うのは久しく、いい話題が見つからない。日高も俺の言葉を待っているように見える。もうここで言うしかない。
「実は、俺、高校の時、日高のことが好きだったんだ」
俺の突然の告白に、日高は目を見開く。
「でも、何も言わずに卒業したことを後悔しててさ、それを繰り返したくないんだ。どうだろう。もしよかったら、今度俺と食事でも行かない?」
心臓がバクバクと音を立てる。日高は困惑した様子で、「えっと……」と言葉を探している。断られるのだろうか。久しぶりに会った同級生からの突然の告白は、確かに返事に困るだろう。でも俺は本気だ。もう少し押せば、いけるかもしれない。
「いい店知ってるんだ。雰囲気も良くて、料理もお酒も美味しい。今度ゆっくりと話したいなって思うんだけど、どう?」
こちらの世界のその店があればいいのだが、と心の中で付け加えておいた。日高はまだ返事を渋っている。気まずい沈黙が俺達の間に流れる。もう少し押した方がいいだろうか?
「あの……」
日高がようやく口を開いた時、襖を挟んだ座敷から声が響いた。
「ていうか、長谷川さ、ちょっとやばくね?」
沢田の声だ。突然呼ばれた自分の名前と、人を小馬鹿にしたような口調に俺はムッとした。
「あいつ、大企業務めとか嘘言っちゃってんの。俺、笑い堪えるので必死だったわ」
堪えていた笑いが今爆発した、とでも言うように沢田は高笑いする。
「近所のコンビニでバイトしてることくらい、俺ら全員知ってるっつーの」
その言葉を聞いて、俺は固まる。コンビニでバイト? この俺が?
「大きな企画を任されてるって何? コンビニのバイトに任せる企画ってなんだよ」
沢田の声に続いて、何人かが笑い声を上げる。
「責任者で、部下も抱えて大変です、だってよ。どうせ学生バイトの指導か何かだろ? 何が大変なんだよ」
「まあまあ、落ち着けよ。あいつにもいろいろあるんだって」及川が沢田をなだめる。
「あいつ、よく同窓会来れたよな。俺達の代で一番落ちぶれてるのあいつなのに。俺は親父が事業に失敗したせいで長く苦労したけど、大学で頑張ってそれなりにいいところに就職できたからさ。大学受験失敗しまくってコンビニに落ち着いたあいつを見てると、自分はまだましだなって思う」
「本人もきっと劣等感を抱いてるんだよ。ほら、家のこともあるし。多めに見てやれよ」及川は言う。
「わかってるよ。だからあいつの嘘に黙って付き合ってやってんだろ?」沢田は乱暴に言う。
俺は状況を飲み込めないでいた。目の前にいる日高は気まずさに押し潰されるように、下を見たまま動かなくなっていた。
どうなっている? 俺は、この世界では受験に失敗して、ろくに就職もできず、コンビニでバイトをして生活をしている? 俺は恥ずかしげもなく元の世界のステータスを自慢し、今、かつて恋心を抱いていた人に告白をしている?
俺はその場に立ち尽くした。同級生たちの笑い声が混じった喧噪だけが、ただ俺の耳に響いていた。
*
「俺は、パラレルワールドはこの世界とは違うと説明したはずだ。選択ひとつで人生は変わるとな。でもどうして、人は自分だけは変わらないと思うらしい。物事を都合よく解釈するのは人間の悪い癖だな」
俺はフードの隙間から隣に座り込む男に声をかける。
「その点お前は幸運だな。一夜で多くのものを手にしたぞ。立派な仕事も、自慢できるステータスも、充分な資産も、妻も、すべてお前のものだ」
目の前の男は動揺している。無理もない。突然別の世界に飛ばされた挙句、多くのことが一瞬にして変わったのだ。言葉を失うのは当然だ。でもそのうち慣れる。
「これまで大変だっただろう。親の離婚で、どちらにつくかをお前は選ばなければいけなかった。お前は病弱な母親が一人になるのを気の毒に思い、母親を選んだ。こちらの世界のお前は裕福な父親を選んだがな。それがお前たちの人生の分かれ道だった。お前は母親の世話をしながら二人三脚で生きてきたな。でも受験期に母親の体調が悪化して、働けなくなった母親の代わりにコンビニでバイトをして家計を支えた。その頃には父親からの養育費は支払われなくなっていたからな。勉強に集中できるような状況じゃなかった。だからお前は受験に失敗した。それでもお前は献身的に母親を支えたな。それが実ることはなかったが……」
男は一点を見つめたまま静かに涙を流していた。数年前に亡くなった母親を想ってのことだろう。
「大学を目指したのだって、いい就職先を見つけて母親に楽をさせる為だったんだろう?」
母親を失い、目標を失くした男は、虚無に陥り、そのままコンビニのバイトを続けた。周囲が幸せな人生を歩んでいるのを、生気のない目でずっと見つめていた。
「心の傷を癒すかどうかはわからない。けど、偶然か必然か、この世界でのお前の妻は、お前の母親にどこか似ている。愛情深く、優しい人だ。こちらの世界のお前は満足しなかったがな」
男はまだ困惑から抜け出せていない顔をしている。だが、これ以上説明しても意味はない。こいつはこれからすべてを目にし、それを自分の人生として受け入れていくだろう。この新しい世界で。
「ようこそ、パラレルワールドへ」
パラレルワールド 鈴美 @kasshaaan
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