第2話

 三頭衆。獣の荘にとっては、東を隔てる龍雲の尖兵。龍雲にとっては、西の防壁。

 大領とも言うべき三家の武士集団の下に、中小の豪族が婚姻ないし養子縁組などで結びついた集合体である。


 その中で鈴希家は獣人嫌いの急先鋒とされ、しばしば国境を侵してきた。

 だが、今回はその規模が違う。


「各地に飛ばされた使い馬の数。その向かい先の動員兵力。収穫の終わったこの時節。おそらくは最大兵力を動員して来るでしょう。その数、およそ五千」

 ディルは御殿に急ぐ道程において、そう報告した。

 口ぶりから、過去に例のない、あっても一、二度あるかという兵数なのだろう。


「本気も本気、だな」

 ランのぼやきが、それを証した。

「問題は、何故敵が本気になったか、という点です」

 確かに鈴希家は、オルドの代の戦にて、彼自らが相手方の嫡子広幹ひろもとを討ち取って以来、獣人憎しに凝り固まっている。

 だがそれ以上にその大敗の傷著しく、ルフへの権力の過渡期においてもそれほど目立った動きができなかった。

 ディルが疑問を抱いているのは、時機と所以である。


「新嫡子、みゆきは今年で十五歳」

 と、おもむろにテレサは口を挟んだ。

 それが一体の関わりが、と言いたげに長い横顔で顧みたディルの向こう側で「あぁ」と、ランはハタを手を打った。


「つまり、初陣式か」

 失敗は許されない。この勝利を以て、強豪鈴希の復活を示す。狙いとしては、その辺りだろう。


「侵攻には朝廷への上奏が必要です。中央の狙いも、そこに含まれているかと」

 競うごとくに、ディルが続く。


(意地の悪い考え方をすれば、もうひとつ何か噛んでると思うけどね)

 首の裏筋にうすら寒いものを感じて、テレサはそっとうなじを押さえた。


「先生、どうした?」

 思案と議論を重ねているうち、気づけば御殿の通用門。

「ラン君は、『衣替え』して堂々と正門から登殿すれば良い。私は、通用口から」

「おいおい、そこまで気を遣うこともないだろう。あれから少しは風通し良くなったぜ?」

「気を遣うのよ。いくら私が主によって二物も三物も与えられた超才媛人スーパーサイエジンだとしても、未だ世に出ざる名声も功も無き者。そんな者が君の側に侍っているのは、面白くないでしょ」

 そして賢きがゆえの、同じ愚は犯さない。

 かつての如く、出る杭になるなかれ。そういう思いで、テレサは公的な場に一歩退く心算だ。


「……不遜なんだか謙虚なんだか」

 と、ランには呆れられたが。


「まぁ言わんとすることは分かった……すまぬ。肩身の狭い思いをさせる」

「お気になさらず。今の待遇に個人的な不満はありません」

 若き士の姿より一点。灰狼頭の王者の姿となった彼に、言葉を改める。

「その時がきたら、せいぜいデカい顔させてもらいますので」

 なお、態度はそれほど改まらなかった。


 かくして、自身の宣言通り、新参の一臣としてあらためて、規定通りに参内したテレサは、何食わぬ顔で末座に列す。

 そしてルフがディルを伴い首座に現れ、鈴希家の侵攻を厳かに告げたのだった。

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灰狼の宰相 瀬戸内弁慶 @BK_Seto

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