第6話 大団円
ただ、今回の事件に関しては、前の事件に結びつくものは何もなかった。
二人の間に何ら関係性が調べる限り出てくるわけではなかった。
今回の事件の被害者は、
「福原晴久」
という男だった。
この男の場合は、第一の事件の加藤正明と関係性はないが、この男に勝るとも劣らないような、非道な男であった。
第一の被害者である加藤正明は、奥さんなどを物色し、新興宗教に入信させ、そのまま洗脳させることで、家庭崩壊を招かせ、さらに、風俗で働かせては教団に貢がせているなどの、こちらも非道であった。
今回の被害者の福原という男は、身元はすぐに分かった。身元を隠そうとは一切しているわけでもなく、明らかに犯行現場が他にあったということであり、そのおかげで、聞き込みも、福原中心の話を聴けたので、ウワサは簡単に入手できた。
そのウワサとしては、ロクなものがなかった。
というのも、
「ああ、あの福原という男でしょう? 死んだ人の悪口は言いたくないんだけど、いつも女には困っていないなんて自慢をしていたんだけど、本当に、いつも違う女を連れているような人で、それも、年上の女が多かったような気がするな。貢がせていたりでもしたんじゃないかな?」
という話が聴かれたり、
「福原ですか? あいつはロクなやつじゃないですよ。何かねぇ、女にはだらしないやつで、他の女を妊娠されたので、金がいるとか平気で、笑いながらいうようなやつですよ。人間性を疑いたくなりますね」
と、いかにも、
「福原という名前を聞くだけで、胸糞悪い」
とでも言いたげだったのだ。
それを思うと、そんなウワサしか出てこないやつに、刑事としても、
「確かに殺されたというのも、気の毒な気はするけど、本当に同情するに値する男なのだろうか?」
と思えてくるのだ。
特に、勧善懲悪の迫田刑事としては、
「加藤といい、この福原といい。何で被害者というのは、こんな連中ばっかりなんだ?」
と思わずにはいられない。
「だからこそ、世の中というのは、ロクな奴がいないということであり、殺されるには、殺されるだけの理由があるのかも知れない」
と、犯人に対して、本来であれば、感じてはいけないはずの同情心を、感じてしまうことに、憤りを感じていたことだろう。
いろいろ調べてみると、
「福原という男に遊ばれて、妊娠した状態で、自殺をした女の子もいると聞いています。本人がそのことを知っていたのかどうか分かりませんが、死ぬまで、似たようなことを繰り返していたようですね」
ということも分かってきて、
「調べれば調べるほど、ロクな男ではないということが分かってきました。本当に腹立たしいですよ」
と、迫田刑事がそういうので、普段だったら、
「刑事なんだから、そんなことをいうもんじゃない」
という立場の桜井も、今回ばかりは、言わせておいた。
そもそも、
「少々の犯人であれば、迫田刑事がここまでいうことはないはずだ」
ということを分かっているので、何も言わないのであった。
「桜井刑事、今度の事件をどう考えればいいんですかね?」
と、人に意見を求めるほど、頭が混乱しているようだ。
それだけ。勧善懲悪の性格を、自分としても、恨んでいるのかも知れないのであった。
今回の福原という人物がすぐに判明したことで、容疑者と思われる人間が、絞られてきた。
しかし、この男を殺そうというyほどの動機を持っていた人間は、さすがにそこまではいないようだった。
ひどい目に遭わされた、いわゆる、
「被害者から被害を受けた女性」
のほとんどは、今は幸せに暮らしていたり、自殺はしたが、それも相当前のことなので、いまさら復讐をするということも考えられない」
ということであった。
そんな中で、一人の男が浮かんできた。
その男というのは、実は脇坂だったのだ。
脇坂というと、そう、第一の事件の発見者ではないか。
脇坂は、以前から、福原のことを、
「殺してやりたい」
とまわりに話していたという。
しかし、まわりの人は、
「普段から冷静で、あのようなことをいうような人ではないんだけどな。もし、人殺しを企んだのなら、自分から、人を殺したいだなんていったりはしないはずなんだけどな」
という風に見られていたようだ。
福原という男が殺されて、やはり知り合いも、
「脇坂の犯行ではないか?」
と思ったようだが、それは直感で感じただけで、すぐに、
「それも何かおかしい」
と思うようになったという。
実際に、今回の脇坂に対しては、アリバイらしきものがない。第一の犯罪においては、あれだけのアリバイがあったにも関わらず、脇坂にはないということを考えると、共通点としては違う部分であっただろう。
ただ、ここで脇坂という男が浮上してきたということは、最初の殺人と今度の事件との間に、
「やはり何かかかわりがあるのではないか?」
と思うのは当然であった。
そこで、捜査されたのが、脇坂と、第一の被害者である。加藤という男の関係である。
これに関しては、一切出てこない。ということは、
「第一の犯罪に関しては、脇坂には、動機はまったく見当たらない」
ということになる。
もっとも、第二の犯罪も、
「動機があり、実際に殺してやるとまで言っていた脇坂だったのだが、証言から考えると、どこかわざとらしさのようなのがあることから、本当に犯人なんだろうか?」
ということにもなるのだ。
一応の、重要参考人であるが、第一の犯罪が引っかかって、どこか釈然としないものがある。
ただ、第二の殺人の重要参考人ではあるので、取り調べは行われた。
彼の動機というのは、
「福原という男が、自分がつき合っていた女性を寝取り、妊娠までさせて、自殺に追い込んだ」
ということがあったことだった。
それをまわりの人にこれみよがしに聞かせていたということが、刑事には引っかかっていた。
その様子を見て、迫田刑事は、一つの仮説を立てていたのだが、今のところ、それを立証することはできなかった。ただ、気になることとして、
「第一の殺人における、死体が発見された部屋の持ち主である女の行方が分かっていない」
ということと、
「その女の元夫が、最近、不慮の事故で亡くなっている」
ということであった。
脇坂の捜査を行っていると、ふとした証言が、捜査本部にもたらされたが、ほとんどの捜査員は、そのことをあまり意識していないようだった。
さしもの、桜井刑事も、軽く流しているようだった。
というのは、
「桜井刑事は、迫田刑事のような突飛な考えを持っているわけではなかった」
ということからだった。
迫田刑事は、結構昔から、探偵小説などを読んでいて、実際の事件捜査の時に、地道な調べを行っている間も、
「これが探偵小説だったら、どんな発想になると、奇抜な事件になるだろうか?」
と不謹慎ではあるが、
「自分の中で思っている分には、いいだろう」
と考えていたのだった。
もたらされた情報というのが、
「脇坂と、第一の事件の死体発見現場に住んでいた平野聡子の元旦那である平野義明と、最近、接触したのを見たことがある」
という証言だったのだ。
ある飲み屋の証言で、二人とも行きつけのお店だったようで、
「そうですね。意気投合はしていましたね。知らない人が見れば、その日初めて会って、意気投合したかのように見えるでしょうが、僕が見る限りでは、前から知り合いだったのではないか? と思うんです。しかも、平野さんの方はそうでもなかったんですが、脇坂さんの方は、ちょっと挙動不審なところがありました。こういう店だから、酒に酔うと挙動不審になる人は多いですが、脇坂さんが、酒に飲まれるようなところを見たことはほとんどなかったので、おかしいとは思いました」
という証言で、
「挙動不審というと?」
と刑事が聴くと、
「まわりをキョロキョロ見ているんですよね。何がそんなに気になるのか、正直分からなかったんですけどね」
と店の人は答えていた。
「わざとらしさがあったり?」
と、ふと思って聞いたのが、迫田刑事だった。
「そうですね、まさにそんな雰囲気だったといってもいいかも知れません」
というではないか。
迫田刑事は、それを聴いて、思わず、ニッコリと微笑んだのだった。
この時、迫田刑事の中で、何かが、閃いたかのように感じられたのかも知れない。
迫田刑事は、自分の推理のようなものが、少し証明されたかのような気がして、素直に嬉しかった。
ただ、自分の中では、
「実際に犯罪の中で、一番発生しにくい。いや、ある意味で、小説の中だけの世界で、実際に行うなどということは不可能だ」
と思われた犯罪だっただけに、
「もし、行うとすれば、よほどの伏線を敷いておくか、それなりの考えがなければ、成立しないというものではないだろうか?」
と考えたのだ。
その中で、
「不可思議なことが多い。謎が多い」
ということが、
「伏線だと思ってもいいのではないか?」
と思えることだったのだ。
一つ一つの謎を考えてみた。
まずは、
「平野の元奥さん、部屋の住民はどこに行ってしまったのだろうか?」
ということであるが、普通に考えれば、
「何かの理由で出てこれない?」
と思うと、
「犯人ではないか?」
ということになるが、それなら、なぜ死体をわざわざ、自分の部屋に放置して、発見しやすいようにしたのだろうか?
これでは、
「犯人は私だ」
といって宣伝しているようなものではないか。
そう考えると、この事件の犯人の中から、一応、平野聡子を外すことになる。
ただ、そうなってしまうと、第二の殺人の中で、あざとい素振りでわざとらしさのあった、脇坂もはじかれることになる。
あくまでも、それは、
「発想の連鎖」
ということで外すという共通性であって、
「一番クロだ」
ということに代わりはないだろう。
もう一つの疑問として浮かび上がったのが、
「なぜ、両方の殺人で、動物の血が使われたのか?」
ということであるが、
一つの仮説として、
「最初の犯罪を行った時、被害者もケガか何かをして、出血したのではないか?」
ということであった。
すると思い出されるのが、ナイフを発見し、第一の死体発見の現場で一緒になった脇坂が、
「腕に包帯を巻いていた」
ということだった。
あれから、かなり日が経ったにも関わらず、腕の包帯を外す様子がない脇坂に、迫田刑事は、それが気になって仕方がなかったのだが、ひょっとすると、第一の犯罪で手をケガしたのは、この脇坂であり、脇坂こそが、
「実行犯」
ではないか?
と考えられた。
しかし、脇坂には、死んでいた男である、
「加藤正明」
とはまったくといっていいほど、接点はない。
むしろ、部屋の住民である平野聡子の元旦那が一番の毒気を持っていて、しかも、それが、
「完璧なアリバイ」
を持っているというではないか?
それを考えると、迫田は、自分が考えた、
「突飛な推理」
が組み立てられるのではないか?
と考えるのだった。
迫田が考えた犯罪というのは、
「交換殺人」
であった。
それを計画したのが、脇坂であることは、もし、これが交換殺人だということになると、間違いないと思っている。
しかし、そこに大きな誤算が起こった。
本来であれば、第二の殺人の実行犯として考えていた平野聡子の元旦那が、
「不慮の交通事故で死んでしまった」
ということではないだろうか?
ただ、これも、
「本当に事故なんだろうか?」
とも考えられる。
事故ではないと考えると、誰かがひき逃げを計画したということになる。実際にその時のひき逃げ犯は捕まっていない。
それを考えると、
「ひき逃げをしたのは、奥さんではないか?」
とも考えられる。
それは、彼女が、脇坂を何らかの理由で憎んでいて、そしてその理由を、元旦那が誰かを殺すつもりでいると考えた時、
「自分だ」
と思ったのだとすれば、
「殺される前に、殺そう」
と考えたのかも知れない。
そう考えると、そそくさと部屋を出て行った理由も、今も出てこない理由の分からなくもない。
「犯人ではない自分の部屋で死体は発見されると、警察は自分を犯人だと思うだろう」
ということで逃げていると思わせればいいからだ。
ほどなく自分が犯人ではないと警察が判断したところで、姿を現せばいいからであった。
ただ、このことが、脇坂の計画を完全に壊してしまった。
自分のかわりに、実行犯になってもらうつもりだった福原が死んでしまったのだ。
平野という男の絶対的な弱みを握っていることで、脇坂は、やつに犯行を起こさせればよかった。その効果が表れ、平野が犯行を犯さなければいけなくなってしまったというのが、飲み屋での二人の目撃ということだったのだろう。
二人をわざと目撃させて、脇坂もリスクは背負うが、それ以上に、加藤を実行犯にさせるという必要があったのだ。
だが、それが永久にダメになってしまうと、背に腹は代えられないということで、脇坂が第二の犯行を行った。
ただ、それを交換殺人ほど鉄壁にはできないが、
「これが交換殺人だ」
ということを立証できないのであれば、二人が一緒にいたとしても、別に誰も疑わないだろう。
むしろ、疑問が一つ増えるくらいで、
「まさか、脇坂が犯人だ」
というところに行き着くことはないと思っているのだろう。
しかし、迫田刑事の思惑がピッタリ嵌ったことで、事件が少しずつ瓦解されていくのだった。
元々第一の死体発見を、あの場所にわざわざ持ってきたということ、そして、自分が第一発見者になったのは、ちょうど、犯行後ではないと処分できない証拠が部屋にあったので、それを処分するための、
「時間稼ぎ」
を、死体発見ということを持って行ったというのが、あの時の、脇坂が犯人だとすれば、不可思議とも思える行動の真相だったという。
迫田刑事の推理を桜井刑事に打ち明けると、
「そうだな、それは十分にある」
といって、興奮しながら、迫田案に賛成してくれた。
捜査本部の頭の固い連中も、桜井刑事が説得するためのシナリオを書いて発表したのだが、その内容がいかにも、的を得ていたので、最初は渋々だった他の面々も、次第に桜井刑事の
「独壇場」
に、気持ちは固まっていった。
本部長も、
「そういうことなら、その線で捜査しよう」
ということになり、捜査は順調に進んだ。
「交換殺人というのは、それを看破された瞬間に、完全犯罪が、とたんに、単純な犯罪となってしまう」
ということであった。
だから、そういう意味での交換殺人というのは、
「諸刃の剣だ」
といってもいいだろう。
大筋は、迫田刑事の推理した内容と同じだった。
しかし、分からなかったこともあtって、
「脇坂は、平野聡子に、第二の犯行をさせようと思い、かくまっていたようなのだが、彼女が頑なに拒んだのだという、だが、脇坂は、聡子が平野をひき殺したということを知ったうえで脅迫したのだが、聡子にも覚悟を持ってのひき逃げだっただけに、そう簡単に脇坂のいう通りにはならない」
ということだった。
結局、
「脇坂は、聡子も殺さなくてはならなくなり、本来なら、第一の殺人だけで、完全犯罪が成立していたかも知れないのに、平野の奥さんが余計なことをした」
ということで、完全犯罪が崩れ去ったのだ。
ちなみに、脇坂と平野聡子は、最初からできていて、脇坂は、
「利用するつもりで近づいた」
ということだったのだが、これが、結局、
「命取りになってしまった」
ということであった。
彼女の死体が発見されたのは、それから少ししてだが、観念した脇坂が白状したのだった。
「結局、3人も殺さなくてはいけなくなった」
ということで、脇坂としては、
「完全犯罪なんて、本当にできっこないんだよな」
という思いで、いっぱいだったのだ。
( 完 )
完全犯罪の限界 森本 晃次 @kakku
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