第二部 九人目の聖戦士──大陸動乱

第49話 空を切り裂き堕ちる星

当機とうきは、まもなく東京国際空港に着陸いたします──』


 乗務員じょうむいんのインフォメーションを、若い学生たちのざわめきがしてしまう。

 この飛行機の乗客のうちの半数以上が、海外への修学旅行から帰ってきた高校生の一団だった。


「会長、もうすぐ到着ですね。いろいろお疲れさまでした」


 髪の毛をうなじのあたりでまとめている眼鏡をかけた女子生徒が、窓の外を眺めていた男子生徒へと声をかけた。


「……別に大したことはしてないよ、修学旅行では生徒会の仕事なんてないからね」

「確かにそうでした……」


 顔を赤らめて恐縮する女子生徒に、男子生徒は気にしていないという風に笑ってみせる。


「きゃっ!?」


 近くにいた何人かの生徒が悲鳴を上げた。

 機内の照明が落とされたのだ。

 ポーンという音とともに客室乗務員のアナウンスが流れた。


『着陸に際しまして、機内の照明を暗くさせていただきます。あかりが必要な場合は読書灯どくしょとうをご利用くださ──』


 そのアナウンスに生徒たちの安堵あんどの笑いが重なった瞬間、また激しい衝撃が機体を揺らし、眩しい光が進行方向右側の窓の外で炸裂した。


「──大丈夫、雷の光だよ。万一、雷が飛行機を直撃しても大丈夫だから」


 恐怖のあまり、身体を強ばらせてしまった眼鏡の女子生徒を、会長と呼ばれた男子生徒が優しくなだめる。

 その一方で、修学旅行の最終日、しかも、最後の最後にこんなアクシデントが起こるとは──男子生徒は心の中で大きなため息をついていた。

 だが、事態は彼の予想とは大きく異なる方向へと展開する。

 いや、そもそも予測不可能な、常識では考えられない状況が彼らを待ち受けていたのだ。


「──おいっ、なんだアレ!?」


 男子生徒の後ろの席に座っていた体育会系風たいいくかいけいふうの男子が大声を上げる。


「え、なに?」

「鳥……にしては大きい?」

「……いや、鳥じゃない!? あんな生き物見たことないっ!!」


 叫びが、どんどん悲鳴へと変わっていく。

 男子生徒も窓へと向き直った。

 窓の外は無数の稲光いなびかり乱舞らんぶしている。そして、その光の合間合間に、大きな翼を持つ毛むくじゃらの獣が、飛行機と並んで何匹も滑空かっくうしている姿が見えた。


「あれは……?」


 学年トップの成績を誇り、百年に一度の秀才と評されているこの男子生徒でも、脳内の知識の中に、該当する生物を見つけ出すことはできなかった。

 そもそも、着陸前とはいえ、ジェット機と変わらない速度で飛行するけものなど存在するわけがない。

 窓の外を注視していた男子生徒が、さらに驚愕きょうがくの表情を浮かべる。

 雲を抜けた──と思ったら、紫色の光が窓から機内へと差し込んできたのだ。


「……月が二つ?」


 窓側に座っている生徒たちから困惑の声が上がる。

 赤と青の月──生徒たちは自分たちが夢の世界に迷い込んでしまったのではないかと、互いに視線を交わしあう。

 そんな中、ポーンという音とともに、今度は機長からのアナウンスが流れ出した。


『乗客の皆さまにお知らせします。どうか冷静にお聞き下さい──』


 その前置きに、乗客の何人かが音を立てて唾を飲み込んだ。


『先ほど、当機の両翼りょうよくのエンジンが停止しました。原因は特定できていませんが、当機の近くを飛行する正体不明の生物がエンジンに吸い込まれたことによる破損の可能性が高いと思われます』


 機内に上がる悲鳴。中には「どーすんだよ!?」とキレ気味に声を上げる生徒もいた。


『ですがご安心下さい。エンジンが停止しても着陸は可能です。ただし、着陸に当たって激しい衝撃が予想されます。そのため、不時着時姿勢ふじちゃくじしせい──座席に備え付けてある緊急時のマニュアルを再度ご確認いただき、衝撃に対応する姿勢を取るようにお願いいたします。なお、激しい揺れが続きますので、客室乗務員も着席の上、身体を固定させていただきます。誠に恐れ入りますが、お客様各自でご対応いただきますよう──」


 客室内は一瞬にして騒然となった。

 客室乗務員や教師たちも必死に声を張り上げるが、席を立つことができないため効果を上げられないでいる。

 そんな中、隣席の眼鏡の女子生徒を励ましていた男子生徒が、スウッと息を吸い込んでからベルトを外して立ち上がった。


「みんな落ち着いて!」


 まさに絶妙なタイミングだった。

 良く通る声が、喧噪けんそう隙間すきまうように機内全体に響いた。


須雅原すがはら会長……」


 眼鏡の女子生徒が、みんなに語りかけようとする男子生徒──須雅原すがはら 戒理かいりの顔を見上げる。


「大丈夫、飛行機は機長……操縦士の方々が無事に着陸させてくれます。そのために、操縦に専念してもらうためにも、僕たちにできることは指示に従って冷静に行動すること、です」


 何度目かの衝撃。

 だが、戒理はしっかりと姿勢を保って不動のまま言葉を続けた。


「確かに怖いし、不安だよね。僕もみんなと同じ気持ちです。でも、大声を上げたり泣きわめいても事態は良くなりません。だから、怖いとは思いますけど、ここはみんなで頑張りましょう!」


 賛同の声が各所からあがり、続いて拍手が巻き起こった。

 戒理が驚いたのは、生徒たちだけではなく、前方の座席に座っている一般客の方からも反応があったことだった。


「さすがは須雅原会長です、私も頑張ります」

「……ちょっと、できすぎかも」


 戒理は照れたような笑みを浮かべながら、座席へと座り直してシートベルトを締める。

 隣の女子生徒に眼鏡を外して不時着時姿勢ふじちゃくじしせいを取るように促すと、自らも前方の座席の背もたれに腕を交差させて前屈まえかがみの状態になる。

 機体の振動が次第に激しくなっていく。


『機長です、着陸を試みます。乗客の皆さまはしっかりと姿勢を──なんだ! 地面!? 高度計とズレて──!!」


 機長の声が悲痛な叫びに変わった瞬間、言葉では形容できないほどの衝撃で機体が大きくはずむ。

 あちこちで悲鳴が上がったはずだが、それ以上の轟音が打ち消してしまう。

 必死に前屈みの姿勢を維持したまま、戒理は小さく笑った。


「──もしかしたら、オレも鏡矢きょうや兄ちゃんのところへ行けるのかな」


 その呟きは誰の耳にも届かなかった。


 ──そして、激しい衝撃と爆音があたりに炸裂した。

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僕と少年英雄たちの異世界レジスタンス〜現実世界から追放された僕たちは異世界で人々を救う英雄になる 藍枝 碧葉 @a_aieda

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