第48話 第一部エピローグ~新たなる星の予感

 頭上に広がる満天まんてんの星──その中央を切り裂くように、轟音ごうおんを響かせて巨大な構造物こうぞうぶつ飛来ひらいしてくる。

 青銀色せいぎんいろの光をまとった巨大な《星霊樹せいれいじゅ》の枝の上、空を見上げる僕は、その正体を知っていた。


……?」


 だが、それは《この世界》には存在しないはずのものだった。


 今、僕たちが立っている場所は《星霊樹せいれいじゅ》──《こちらの世界》でも特別な巨大樹のてっぺん付近にある枝の一本だ。

 もっとも、枝といっても《むこうの世界》の六車線道路くらいの幅があったりする。


「なー! あれ、ヒコウキっていう乗り物やって、ピーノのヤツが言うんだけど、キョウヤは知ってるん!?」


 この音を聞きつけたのか、七人の仲間たちが枝の上に姿を現した。

 ざんばらに伸ばした黒髪を風になびかせながら、愉快そうに問いかけてきたトモに、僕はうなずきながら応えた。


「ああ、知ってるよ! 《僕の時代》では普通に空を飛んでた!」

「へぇー、たまげたもんや。あんなでっかいもんが空を飛ぶやなんて、《こっちの世界》の魔法でも無理やろ」


 愉快そうに笑うトモ。それに、彼の後ろに立つ七人の少年たちも、それぞれの表情で上空を横切っていく《ヒコウキ》を見上げていた。

 金髪を丁寧に整えたラースが、夜空を見上げながらアゴに手を当てる。


「《俺の時代》にも飛行機はあったが、あんな巨大なモノではなかったな」

「ま、そうだろうね」


 皮肉めいた口調で呟いたのは、ラースとは対照的に手入れされていないボサボサの黒髪の少年ピーノだった。

 少しだけ考える素振そぶりを見せてから、斜め後ろにいた長い黒髪をうなじのあたりで留めている小柄なツァーシュの手から円筒形えんとうけいつつ──《望遠鏡ぼうえんきょう》をひったくる。


「ちょ、なにをするんだ!? それは我が……」

「はいはい、悪いけど、ちょっと借りるよ──って、うーん、やっぱり古いタイプっぽいね。さすがに暗くて、よく見えないけど。もしかしたら、《キョウヤの時代》あたりが近いんじゃない?」


 僕はピーノが差し出してきた《望遠鏡ぼうえんきょう》を受け取り夜空へと向けた。


「……!? あのマーク見たことがある!」


 思わず声を上げてしまった僕に、少年たちの視線が集中する。

 尾翼びよくに描かれている図柄ずがら──ロゴライトに照らされ、かろうじて判別できたそれは、僕が《こちらの世界》に来る前に生活していた《むこうの世界》では、よく知られている航空会社のものだった。


「ということは、あれは《キョウヤ殿の時代》からやってきたということになりますね」


 貴公子然きこうしぜんとした黄金色こがねいろの髪を揺らしながらアストールが、望遠鏡を覗いたままの僕の隣に並んだ。


「あ、いや、まだそう決まったわけでは……」


 困惑してしまう僕に、アストールとは反対側に並んだ赤毛のアルバートが他人事のようにツッコんでくる。


「それはそれとして、この状況、けっこうヤバいんじゃね?」


 僕は再び《望遠鏡ぼうえんきょう》を覗く。

 両側の主翼しゅよくについているエンジンからは炎と黒煙が噴き出していて、非常事態に直面しているのは明らかだった。


「せめて、この《星霊樹せいれいじゅ》に気づいてくれれば……」


 この淡い青銀色の光を放つ巨大な《星霊樹せいれいじゅ》、そして、その根元からは満天の星が散らばる夜空を、そのまま写し取ったような水面が広がる大きな湖がある。飛行機が着水ちゃくすいするには充分だと思う。


 だが、そんな僕の願いもむなしく、飛行機は頭上を通り過ぎていってしまった。


「あの方角は帝都ていと方面だな」


 そう呟いたのは、くすんだ茶色の髪のシリルだった。その声に視線が集中したことに気づいた少年は、クセのある髪を搔き回しながら、大きくため息をつく。


「……わかったよ、とりあえずオレが行くよ」

「あ、僕も──」


 ついていくと言いかけた僕をシリルは手を挙げて制した。


「気持ちはわかるが落ち着けよ。今、複数人でまとまって動ける状況じゃねぇ。オレひとりの方が身軽で動きやすい」


 言外げんがいに「足手まといはついてくるな」との意志を感じ取って、僕は言葉を飲み込んだ。

 だが、それも、もっともだと自分に言い聞かせる。

 帝都は《魔皇まおう》と呼ばれる強大な存在の本拠地だ。近づけば近づくほど、その手中に落ちる危険性は高くなる。

 さらには、南方から《魔皇軍まおうぐん》を押し返し始めている《聖勇者せいゆうしゃ》率いる連合軍の存在もある。状況が複雑に絡み合う中、僕たちは慎重に動かなければならないんだ。


「《こちらの世界》に来てから半年くらいか……僕は運良く仲間たちと巡り会えて生き延びることができたけど」


 僕が振り返ると、七人の仲間たちがこの状況について、意見を交わしながら《星霊樹せいれいじゅ》の中へ戻ろうとしていた。


 過去の日本、平安時代末期へいあんじだいまっき武士ぶしだった、ざんばら黒髪のトモ。

 詳しいことは語らないが、僕よりも未来の日本から来たというピーノと名乗る謎の少年。

 第二次世界大戦末期のドイツで軍人だったという生真面目きまじめなラース。

 戦乱のまっただ中、後漢ごかん──三国志さんごくしの時代の中国から転移してきた、控えめな性格のツァーシュ。

 ルネサンス時代の貴公子きこうし、穏やかな陽の光のようなアストール。

 宗教の熱が支配していた中世ヨーロッパ、少年十字軍に参加していたという皮肉屋ひにくやのシリル。

 ゴールドラッシュに沸いたアメリカ開拓団かいたくだん出身、天真爛漫てんしんらんまんな赤毛の少年アルバート。

 そして、現代日本から召喚された、何のもない平凡な青年──僕。


 僕たちは《星霊樹せいれいじゅ九星きゅうせい》の伝承から《ほし聖戦士せいせんし》、《九星きゅうせい聖戦士せいせんし》と呼ばれている。


 《魔皇軍まおうぐん》と《聖勇者軍せいゆうしゃぐん》、それらのどちらにも属さず、戦乱の中、絶望が吹き荒れる闇に抗うささやかな光。

 これは、そんな僕らが《こちらの世界》と《むこうの世界》を舞台につむいでいく物語である。


「《星霊樹せいれいじゅ九星きゅうせい》──」


 仲間たちの後を追う僕はふと足を止めた。

 肩越しに、もう一度飛行機が飛び去った方角へ視線を向ける。


「──おそらく、あの飛行機にもうひとりが」


 その呟きは、夜風によってやみの中へと吸い込まれていった。

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