第47話 戦の後、動き出す世界

 僕が意識を失っている間に、カルミネ率いる帝国軍は、指揮官であるカルミネ自身の負傷により、《星霊樹せいれいじゅ》と巨大湖のある盆地から完全に撤退てったいしていった。

 それを確認した後、アルバートとツァーシュは、それぞれの《》と《みず》の力で、峠の先──帝国へとつながる道を、ふたたび大きく破壊し、さらに《星の巫女みこ》に教えてもらったアルバートの《》の加護による《植物活性化》の力も活用して、山間部の間道かんどうも封鎖してしまったということだった。


「完全──とは言わないが、長期間にわたって敵の侵攻を阻止することはできるだろう」

「それに、今回はしてやられたけど、同じミスを繰り返すのはしょうに合わない」


 ツァーシュとピーノが大テーブルに紙を広げ、いろいろと書き込みながら、ああでもないこうでもないと言葉を交わしていた。

 そんな中、ツァーシュは度々席を離れて、僕の傷をにやってくる。


「《星の巫女みこ》から教えてもらったわざだ。《みず》の加護には外傷がいしょうや病気をいやす力もあるらしい。無論むろん万能ばんのうではないが。それでも《むこうの世界》の彼奴あやつが知ったら羨ましがりそうだ」


 《、というところに引っかかったが、今は、それを聞き出す雰囲気ではない。

 それはともかく、謙虚けんきょに構えるツァーシュの態度とは裏腹に、僕の背中に傷跡は多少残ってしまったようだが、痛みや筋肉が突っ張るような違和感は完全に消えてしまっている。


密偵みっていとかの可能性を完全に見落としていた、すまない」


 そう珍しく頭を下げたのはシリルだった。

 それは、僕を刺した子供──フルヴィオことだ。

 《隠れ村》から逃避行とうひこうを続けている間、なんども敵軍に捕捉ほそくされてしまったこと。それに、この《星霊樹せいれいじゅ》の場所を想定よりも早く突き止められてしまったことも、今になってみるとフルヴィオが敵のスパイとして内通ないつうしていた可能性が高い。

 アルバートが切なげな表情を浮かべる。


「たぶん、あの小鳥を連絡役として使っていたのかもしれないな。人懐ひとなつっこい、かわいい鳥だったんだけどなぁ」


 僕は自分の世話を手伝ってくれているトビアとビアンカが身体を強ばらせたのに気づいて、そっとふたりを抱き寄せた。


「その話はもういいよ。たぶん、フルヴィオにも何か事情があるんだと思う。《隠れ村》から逃げ続けている間、一緒に行動していたからわかる気がする」


 フルヴィオは悪い子じゃない。

 そう言い切る僕に、トビアとビアンカが抱きついてくる。

 その二人の頭を撫でながら、僕はシリルやアルバートに笑ってみせた。


「……底知れないお人好しだな」


 シリルがやれやれといった風に肩をすくめ、アルバートは明るい笑顔を浮かべる。

 僕は言葉には出さなかったが、シリルたちは僕が言わんとすることを理解してくれた。

 仲間同士で疑心暗鬼ぎしんあんきになってしまうと、際限が無くなる。もちろん、間者かんじゃ密偵みってい内通者ないつうしゃといった人間が潜り込んでくる可能性を否定することはできないが、積極的に疑うことは避けるべきだ、と。他の策でフォローしていけばいいのではないか、と。


 ○


 ──《星霊樹せいれいじゅ》を本拠地として三十日、《むこうの世界》でいう一ヶ月が過ぎようとしていた。

 ちなみに《こちらの世界》の二つの月も、《むこうの世界》と同じように三十日単位で満ち欠けを繰り返しているようだ、とは、夜な夜な観測していたツァーシュの言である。


「キョウヤ兄ちゃん、早く行こう!」


 湯の泉で火照ほてった身体を冷まそうと、僕はトビアやビアンカら子供たちとともに枝の上へと向かっていた。

 今日の昼は珍しく蒸し暑い一日だった。

 外で作業をして汗だくになった僕にとって、《星霊樹せいれいじゅ》の中にいた温泉でのひとときは、まさに極楽ごくらくだった。さらに、子供たちと夜の涼しい風が通る枝の上で夕涼みをするなんて、とても贅沢なことだと僕は思う。


「んっ、気持ちいい!」


 両手を思いっきり伸ばして、ひんやりとした夜の空気を肺いっぱいに吸い込む。


 ──その後、《星霊樹せいれいじゅ》に対して、帝国軍はこれといった動きを見せていない。

 帝国やテアネブリス連合国家れんごうこっか方面へ情報収集に出ていたシリルやトモ、ラースたちによると、どうやら、テアネブリスで《聖勇者せいゆうしゃ》の存在が確認され、帝国との全面戦争に向けて気運きうんが高まっているらしい。

 もちろん、帝国も、それに対応するために兵力を東西の前線に動員しようとしているとのことだった。


隻眼せきがん魔将軍ましょうぐんカルミネ……」


 それは、僕が乱戦の中で片手を斬り落とした相手の名前。

 とりあえず、命を落とすことなく、帝都まで帰還したという情報をシリルが持ち帰ってくれた。


「よかった……」


 そのしらせをもらった後、僕はひとりになった時にそっと呟いたのだった。

 自らの手で他人を殺す、という行為に対して、まだ、僕は正面から受け止めることはできそうになかった。

 もちろん、これからも戦は続く。戦場に出る以上、いずれは僕もその手で──《星霊銀ミスリルつるぎ》を降るって他人を斬り捨てなければならなくなる。頭の中では理解しているが、それを受け入れることができるかどうかは、また別の話だと思う……


 ──そんな思考におちいった僕をトビアの声が引き戻した。


「キョウヤ兄ちゃん、なんかヘンな音がする」

「音……?」


 みんなと一緒に耳を澄ますと、上方から風に乗って、聞き慣れない音が響いてくるのに気がついた。

 キーンという高い音に、ゴゴゴーッという低音が重なるこの音──聞き慣れない……いや、僕には聞き覚えがあった。《むこうの世界》で聞いたことのある音。


「あれ、あそこになにかとんでる」


 ビアンカが空を指さした。

 頭上に広がる満天まんてんの星空を切り裂くように、轟音ごうおんを響かせて大きな構造物こうぞうぶつが飛来してくる。

 青銀色せいぎんいろの光をまとった巨大な《星霊樹せいれいじゅ》の枝の上、その物体を見上げた僕は、その正体を知っていた。


……?」

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