第46話 喪ったもの、託されたもの

「ぎゃああああああっっっっっっ!」


 カルミネの甲高かんだかい悲鳴があたりに響き渡った。

 少年の右の肩口から赤い血がほとばしり、重い音とともによろいに包まれた右腕が地面へと落ちた。


「オマエェェェェェッ!?」


 傷口を残った左手で押さえつつ、よろめくカルミネ。

 その事態に気づいた帝国兵たちが、慌てた様子で駆けてくる。

 僕は正直、何が何だかわからない状態だった。

 だけど、帝国兵たちが近づいてくる様子を見て、《星霊銀ミスリルつるぎ》を支えに立ち上がろうとする。


「くそっ、みんなを、守らなきゃ……」


 ──トスン


 そんな僕の背中、腰のあたりに何かがぶつかってきた。


「え?」


 冷たい何かが身体の中に差し込まれる感覚、そして、爆発する痛み。

 《むこうの世界》で暴漢ぼうかんにナイフで刺されたときと同じ痛み。


「え……なんで……!?」


 かろうじて振り向くと、ひとりの子供が僕の背中にナイフを突き立てていた。


「フルヴィオ……? なにを……」


 僕は下半身から一気に力が抜けていくのを感じた。そのまま、地面へと崩れ落ちてしまう。

 フルヴィオは血がついたナイフを持ったまま、そんな僕の脇をすり抜けて、兵士たちによって運ばれていくカルミネのもとへと走っていった。

 すれ違い様に、僕は少年の涙声なみだごえを聞いたように思えた。


「ごめん、キョウヤ兄ちゃん。トビアやビアンカたちのこと、守っ──」


 僕はそのまま地面に突っ伏してしまう。

 次第に薄れゆく視界の中、一羽の青い鳥が必死に駆けていく子供の後を追っていく姿が映った。


 ○


 僕の意識は暗闇の中に沈んでいく。


 ──おいっ、ヤメロよ! 鏡矢きょうやにいちゃんから離れろっ!! 誰か、助けて、手伝ってっ!!


 見覚えのある懐かしい少年が泣きながら叫んでいる。


 ──アブナイっ! ヤメロっっっ!!


 刺された傷が鈍く痛む。


 ──兄ちゃんっっ!!


 その声に、急速に意識が引き戻された。


 ○


「キョウヤ兄ちゃんっ!!」


 視界を覆う眩しい光は、すぐに消え去った。

 心配そうに僕をのぞき込んでいるのはトビアとビアンカの兄妹きょうだいだ。

 その隣にはツァーシュをはじめ、《星の聖戦士》たちがそれぞれの表情で並んでいた。


「意識が戻った、これで一安心だ」


 ツァーシュがホッと息をつくと、シリルが額に手を当てて大げさに首を振る。


「……ったく、心配させやがって。カッコつけようと無理するからだ」


 軽口めいていたが、言葉の中に安堵あんどの色も見えた。

 シリルらしいと、他の仲間たちが苦笑する。


「ここは……?」


 弱々しい声を押し出す僕の手を、ビアンカがギュッと握りしめる。


「《せいれいじゅ》のなか、だよ。ツァーシュのおにいちゃんがキョウヤおにいちゃんをたすけてくれたの」


 ゆっくりと顔を傾けてみると、そこは見覚えのある場所──僕に割り当てられていた寝室だった。部屋の中には寝台の他、テーブルと椅子、それに小さな衣装箱が一つ置かれただけの殺風景さっぷうけいな部屋。

 もっとも、《星霊樹せいれいじゅ》にきょを構えてから、それほど時間が経っていないこともあり、他の仲間たちの部屋も似たり寄ったりだ。

 僕は再び視線を天井へと戻す。


「僕は──」


 そう呟いたとき、全てを思い出した。


 自らが消滅することもいとわずに《光の盾》に突っ込んできた帝国兵たち──

 黒鎧くろよろいの少年将軍──

 僕をかばってられた《星の巫女みこ》──

 反射的に振るった剣で切り飛ばした少年の腕──

 そして、僕の身体にナイフを突き立てたフルヴィオ──


「ああ……っ!」


 僕は両手で顔を覆い、苦悶くもんの声を漏らす。

 この手で、《星霊銀ミスリルつるぎ》で少年を斬った、目の前で少女が斬り殺された。そして、大事にしていた子供に刺されてしまった。

 複数の記憶が鋭い刃となって、僕の心を切り裂いていく。

 《念話ねんわ》による《思考共有しこうきょうゆう》が続いていたのだろうか、ツァーシュやシリルたち、他の仲間たちも苦しそうな表情を浮かべている。


 そんな中、ひとりの少女が僕の前にそっと舞い降りてきた──カルミネに斬られたはずの《星の巫女みこ》。


「あ──無事だったんだ、よかった──」


 僕は巫女みこの姿に気がつくと同時に、ガバッと身体を起こす。

 まだ、背中の傷の痛みは残っているが、そんなことよりも《星の巫女みこ》が無事だったことの驚きが勝ったのだ。


「よかった……てっきり、僕をかばってられたものとばかり……もしかして、僕の傷を治してくれたのも巫女みこ様が手伝ってくれたとか」

「いや、おぬしの傷を癒したのは《《みず》の聖戦士》じゃ……わらわには、もう、力は残っておらぬでの」

「え……?」


 僕の手を取って悲しげに微笑む《星の巫女みこ》。


「わらわは力を失ってしまった。まもなく、この姿を維持することもできなくなる」


 言われてみると、全身に帯びている青銀色せいぎんいろの光が薄くなっている。


「この姿はうしなわれるが、わらわと、この《星霊樹せいれいじゅ》の力はり続ける。わらわが再び力をたくわえるまで、この樹のことは、そなたらに任せた」

「え……」


 僕は絶句ぜっくしてしまう。

 そんな僕の肩にアストルがそっと手を置き、《星の巫女みこ》に対して一礼する。


「その言葉、うけたまわりました。この《星霊樹せいれいじゅ》は私たちが必ず守り抜きます。そして、できるだけ多くの苦しみにあえぐ人々を救うための旗頭はたがしらとして、希望の光で輝かせることをお約束します」


 そうキッパリと言い切るアストルの顔を見上げる僕。

 気持ちを落ち着けようと二度、三度深呼吸をした後、巫女みこの手を離して、アストルと同じように頭を下げた。


「……ありがとうございます。《星の巫女みこ》様にはいろいろ助けていただいただけではなく、命まで救っていただきました。この恩は絶対にお返しします。今は力が足りなくて不甲斐ふがいない限りではありますが、この次お会いするときには必ず」

「うむ……楽しみにしているぞ」


 《星の巫女みこ》の身体がゆっくりと宙に浮き上がった。青銀色せいぎんいろの光が全身を包み、彼女の輪郭りんかくらぎ始めた。

 僕はその時初めて気づいた。

 今まで、《星の巫女みこ》と会話をするとき、その姿が眼前にあったとしても、声は脳内に直接響いていた。

 だが、今、目の前にいる巫女みこは、口を開き、直接声をつむぎ出していたのだ。


「この《星霊樹せいれいじゅ》と、そなたらの加護の力が、この世界に安寧あんねいをもたらす光とならんことを──」


 その祝福の言葉を言い終えると同時に、《星の巫女みこ》の身体は光に包まれ、そして消えた。

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