第45話 攻められる心、光舞う戦場

『帝国軍が前進してくる!』


 《星の聖戦士》たちの《念話ねんわ》にピーノの叫びが響いた。

 だが、僕は《光の盾》の展開に集中しているため、周りを見渡す余裕がない。

 先程から《星霊樹せいれいじゅ》に迫る魔獣まじゅうたちの勢いが強まり、中には消滅することをいとわずに身体ごと《光の盾》へと体当たりしてくる魔獣まじゅうもいて、僕は歯を食いしばって耐えている状態だった。


「体力というか、精神力がガンガン削られていく感覚だ……」


 アストルが《念話ねんわ》を通じて、僕を気遣きづかってくれる。


『キョウヤ殿! 援護したいのですが、空の魔物まものたちの攻撃も激しさを増している状態で……申し訳ありませんっ!』


 彼にしては珍しく感情をあらわにしている。悔しそうな顔が目に浮かぶようだった。

 僕はそんなアストルの気持ちを察して、わざと明るい口調で《念話ねんわ》を送る。


「そらから《星霊樹せいれいじゅ》内に入りこまれるのが一番困る。中には戦うことができない女性や怪我人、それに子供たちがたくさんいるんだ。僕たちが彼らを守らないと、ね」


 僕は、まだ大丈夫──と付け加えて、さらに精神力を高めていく。


『キョウヤ、もうちょい踏ん張り! 俺らが本隊を総崩そうくずれれにしてやるさかい!』

『敵の総大将そうだいしょうまで、もう一歩ってとこなんだ! あと少し時間を稼げ!』

右翼側うよくがわから崩していく! 敵の左後方は逃げ口として開けておいてくれ!』


 帝国軍の本隊に突っ込んでいく、トモ、シリル、ラースの勇姿ゆうしが脳内に描き出された。

 《星霊樹せいれいじゅ》の力によって増幅された《念話ねんわ》の影響だろうか。

 帝国兵たちを手にした武器で吹き飛ばし、打ち倒していくその姿に──


「なんだかゲームやアニメみたいだな」


 と、またしても苦笑してしまう僕だった。

 だけど、そんな余裕も限界に達しようとしていた。

 《光の盾》へ炎を吐いて攻撃していた黒い狼たちは、突然、高く遠吠えしたかと思うと、一気に《光の盾》へ体当たりするように突っ込んできたのだ。


「くうっッ!?」


 連続する衝撃が、僕の頭の中を激しく揺らす。

 こみあげてくる吐き気を必死にこらえ、それでも《光の盾》を維持し続ける僕の視界に、今度は至近距離まで迫ってきた帝国兵たちの姿が現れた。


「まさか──!」


 目の前で展開される光景に、僕は絶句してしまう。

 帝国兵たちは剣や盾を構えると、一気に僕──その前の《光の盾》へと突進してきたのだ。


「うおおおおお──わああああっ!?」


 突っ込んできた兵士たちの喊声かんせいが、一気に悲鳴へと変わる。

 《光の盾》に叩きつけられた武器や盾が澄んだ音とともに消滅し、さらには光にぶつかった兵士の腕や身体までも一瞬で消滅させていく。


「な、なにを──や、ヤメロ!!」


 僕は思わず声を荒げていた。

 さすがに兵士たちも自殺行為だという怖れに縛られたのか、《光の盾》から二歩、三歩と後退あとずさる。

 だが、そこへ後方から黒い稲妻が撃ち込まれ、逃げだそうとした兵士の一人を黒焦げにしてしまう。


「う、うああああっっっっっ!」


 残った兵士たちの口から雄叫おたけびとも悲鳴ともつかぬ声が押し出される。

 そして、彼らは一斉に、僕の《光の盾》へと突っ込んできた。


「やめろ、やめてくれぇっ!」


 僕の頭の中に激しい衝撃が炸裂する。

 兵士たちが《光の盾》へと加えた体当たり攻撃──そして、そのまま消滅してしまうことによる精神的ストレスが、過大な負担となって僕へと襲いかかってくる。

 自分から攻撃したわけではない、殺したわけでもない。

 でも、皆を守るために展開した《光の盾》に突撃してきた敵兵たちが苦悶くもんの声とともに、次々と消滅していく。

 そんな中、突っ込んできた兵士の一人と僕の視線が偶然交錯した。


 ──助けて……!


 僕の頭の中に、その見知らぬ敵兵の声が聞こえたような気がした。

 その瞳は恐怖にうるみ、助けを求める弱々しい光が宿っていた。


「うあああああっっ!」


 敵の突撃部隊最後の兵士が光の粉となって宙に舞った瞬間、僕の心は折れてしまった。

 《光の盾》が消え、僕は力なく膝から地面に崩れ落ちた。


「ようやくジャマがなくなったね」


 ジャリ、ジャリッと光の砂を踏みしめて、黒い鎧の少年将軍が僕の前に進んできた。

 《星霊銀ミスリルつるぎ》を支えにして、上体を起こす僕。


「君は、あの時の……」

「アハッ、そうだよ! オマエにこの眼を奪われた、哀れな少年さ」


 芝居がかったしぐさで笑うカルミネ──その傷が残った右眼を見た瞬間、僕の脳裏に再び痛みが走る。


『──キョウヤっ!!』


 鋭い叫びとともに、数本の矢が連続してカルミネへと飛来ひらいしてくる。

 地上に一番近い枝の上でツァーシュが弓を構えていた。

 僕の危地きちを救おうと、さらに矢を放ってくる。


「うざいんだよ、ジャマすんなっ!!」


 その矢を払ったカルミネの腕当うであてが白く凍りついた。

 だが、カルミネはお構いなしとばかりにその腕を振り、上空を舞う魔物の一隊へと黒い霧を放つ。

 すると、その魔物たちは一直線にツァーシュへと向かって突っ込んでいく。


「さて、今日こそは、この眼のお返しをしてやんないと──ねっ!」


 そう言うなり、カルミネは僕の腹を容赦なく蹴り上げた。


「ぐふっ!?」


 《星霊銀ミスリルつるぎ》をつかんだまま、僕の身体は後ろに吹き飛ばされる。

 カルミネはゆっくりと不吉に黒光りする剣を鞘から引き抜いた。


「安心して、すぐには殺さないから」


 まずは脚を一本切り飛ばして動けないようにしてから、その目の前で、オマエが守ろうとしていたヤツらを皆殺しにしてやる。

 カルミネは、そう言いながら恍惚こうこつに満ちた歪んだ笑顔を浮かべた。


「やめてくれ、頼む。僕はどうなってもいいから、みんなは……」


 僕は痛む腹を押さえたまま、なんとか苦痛に耐えてカルミネに懇願こんがんする。

 しかし、黒鎧くろよろいの少年は表情を歪めたまま剣を振りかぶる。


「そういう偽善者ぎぜんしゃっぽいところも癪に障るんだよね、ホント。気に食わないヤツだよ、オマエは!」

「くぅっ──!?」


 ──その時だった。

 僕とカルミネの間に青銀色せいぎんいろの光が舞った。


 ──キョウヤ……あとは任せた、《星の聖戦士》たちの想いのままに……


 慈愛じあいに満ちた微笑みを浮かべたのは《星の巫女みこ》、そして、次の瞬間、黒い刃が青銀色せいぎんいろの光を無情むじょうに切り裂く。


「なんだ、コイツ! ジャマしやがっ──」

「うあああああっっ!」


 僕は半ば反射で動いていた。

 手元にあった《星霊銀ミスリルつるぎ》を勢いのまま下から振り上げる。


「ぎゃああああああっっっっっっ!」


 少年の甲高かんだかい悲鳴があたりに響き渡った──

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