第44話 目覚める無の力

「空に魔物まものが──!?」


 その声に視線を上げた僕の視界に《むこうの世界》のコンピュータゲームやファンタジーアニメなどに出てくる羽の生えた獣のようなモンスターが飛び込んでくる。

 キアーラさんが動揺を隠せないまでも、我に返って守備隊に指示を出した。


「空の魔物まものを狙え! 《星霊樹せいれいじゅ》に取りつかせるなっ!!」


 一拍おいて《星霊樹せいれいじゅ》の根元から、一斉に矢が上空へと撃ち放たれる。

 だが、高低差が大きいために矢は届かず、魔物まものの毛に覆われた皮膚ひふを貫くことはできなかった。


「ここからじゃ、限界が──」


 誰かが焦りの声を上げた瞬間、幾度いくどめかの《星霊樹せいれいじゅ》からの攻撃──アストルの《光球こうきゅう》が、今度は空中の魔物を狙って撃ち放たれた。

 今までと同じように、魔物まものの複雑な動きをものともせず、一匹一匹追尾して確実に仕留しとめていく。


「見たか、《星の聖戦士》様たちのお力を!!」


 守備隊から歓声が沸き起こる。

 だが、それはすぐに狼狽ろうばいの声に変わった。

 いかんせん、空の魔物まものが多すぎるのだ。


『このままじゃ《星霊樹せいれいじゅ》に取りつかれて上から侵入されちゃう!」


 頭の中にピーノの声が響いた。

 僕はとっさに判断を下す。


「キアーラさん! みんなを率いて樹の上へ!」


 一瞬、躊躇ためらうように口を開きかけたキアーラさんだったが、僕の真剣な表情に何かを感じ取ったのか、言葉を飲み込んで力強くうなずいた。


「みんな! ここはキョウヤ殿に任せて、上に行くよ! 樹の中に魔物まものを入れるわけにはいかないんだ!」


 キアーラさんに続いて、守備隊の面々は入口から《星霊樹せいれいじゅ》の中へと駆け込んでいく。

 僕はスウッと息を吐き出してから、《星霊銀ミスリルつるぎ》を身体の前に両手で構えた。

 アストルの《光球こうきゅう》が空中の魔物に向かったことで、目の前の帝国軍が、ゆっくりと距離を詰めてくる。


「……ここを守り切らないと、中には戦えない人や子供たちがいるんだ!」


 こみあげてくる恐怖と不安にあらがおうと、僕は必死に自分自身を叱咤しったする。

 すると、剣を通じて力が広がるような感覚が僕を包んだ。

 薄く光る透明な盾が、僕を中心に今までより、はるかに広範囲に展開される。


「──来るっ!!」


 ゴウッという音とともに、再び帝国軍が火矢ひやを放ってきた。

 しかも、今度は《星霊樹せいれいじゅ》ではなく、僕のいる場所を集中的に狙ってくる。

 向かってくる炎の群れに、さすがに僕は恐怖に押しつぶされそうになる。

 その脳裏のうりに、巫女みこの声が割り込んできた。


 ──キョウヤ、怖れるな。そなたにも加護の力は存在している。《》の加護、あらゆるものを虚無きょむへと返し、消し去る力。そして、いかなる守りも消滅させる《》の力。


 次の瞬間、僕の頭の中に光が炸裂した。


「これ……はっ、うああああああっ!!」


 僕は剣を握る力を強めて集中力を一気に高める。

 すると、《光の盾》が上下左右、《星霊樹せいれいじゅ》を覆うように広範囲へと広がった。


 ──シャリシャリシャインッ!!


 澄んだ鈴の音のような音を立てて、《光の盾》にぶつかった火矢ひやが崩れ消えていく。


 ──シャギィィィィッ!!


 さらに、地上を駆けてきた魔獣まじゅうや、空の魔物まものが《光の盾》へと突っ込んでくるが、ぶつかった瞬間に、あっさりと光の砂となって消え去ってしまう。


 『オッサン、やるじゃん!』


 ピーノの称賛しょうさんの声が《念話ねんわ》を通じて送られてきた。

 アストルも珍しく興奮した様子で声を上げる。


『キョウヤ殿の《光の盾》のおかげで、空の魔物まものの動きが阻害そがいされています。これならいけます!!』


 戦況せんきょうは一気に《星霊樹せいれいじゅ》側へ傾いたように見えた。

 僕の巨大な《光の盾》は触れるもの全てを光の粉へとしてしまう。

 帝国軍が放った空飛ぶ魔物まものは高度を上げ、盾の上から回り込もうとするが、枝の上に上がったキアーラさんたち守備隊の矢とアストルの《光球こうきゅう》に狙い撃たれ、次々ととされていく。


『──勝った!』


 ツァーシュの熱がこもった叫び声が《念話ねんわ》内に響いた。

 一時期は魔獣まじゅうに追い立てられ、持て余していた外の遊撃担当ゆうげきたんとうの仲間たちも、体勢を立て直すことに成功している。


『キョウヤが魔獣まじゅうたちを引きつけてくれたんやな、おかげで楽になったわ!』

『ああ、こっちは任せろ、反撃開始といくぜ!」


 トモとシリルが気勢きせいを上げ、ラースもそれに続く。


◇◆◇


 前方を全てをめっする《光の盾》にさえぎられ、後方からは別働隊の《星の聖戦士》たちに追い立てられ、帝国軍は一気に崩壊へと転がり落ちていくように見えた。

 しかし──


「──全軍突撃」


 カルミネの冷たい声が、帝国軍兵の身体を縛り付けた。

 ヴェリザリオが「正気か!?」というような表情で少年将軍に相対する。


「あれをご覧下さい。あの光に触れると矢も炎も消滅してしまうのですぞ。そこへ突撃せよなどと、冷静な判断とは言い難いですぞ!」


 それでも、カルミネは右手で払うように、千騎長せんきちょうの言葉をねつける。


「全軍突撃──あの《光の壁》は、おそらく《星の聖戦士》が展開しているモノだよね。だったら、負荷ふかをかけ続けてやれば、いつかは力を失うさ」


 そう言うと、カルミネは背後へと振り返り、付き従う黒フードの兵士たちに告げた。


「まずは、犬どもを全部光の壁へ突っ込ませて。後ろで他の《星の聖戦士》とじゃれ合ってるヤツも全部」


 黒フードたちは命令を従順に実行する。

 さらに、カルミネも同じように──黒フードたちよりも大きな魔力のきゅうを生み出すと、澄んだ高い歌声に乗せて、空を舞う魔物たちへと黒い魔力の奔流ほんりゅうを撒き散らした。


「まずは、犬やコウモリたち。これで壁を壊せればいいけど、できなかったら──」


 そう呟く少年将軍の後ろで、ヴェリザリオが苦痛に耐えるような表情を浮かべる。


「──できなかったら、その時はオマエたちにも頑張ってもらうからね」


 無邪気むじゃきな笑顔──だが、それは天使の慈愛じあいではなく、悪魔の脅迫きょうはくたぐいするものであった。

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