第43話 魔将軍は唄う

 ◇◆◇


「──なんだ?」


 周りから聞こえてきた獣の叫び声に、シリルは手にした短剣から血を振り落としつつ、辺りを見回した。

 《月》の加護を発動させ、姿をくらますシリル。


「なんか、ヤバそうな気配けはいだな──って、うおっ!?」


 姿を消したまま帝国軍の隊列から抜け出そうとした彼に、一頭の黒い狼が襲いかかってきた。


「チッ、コイツ、魔獣まじゅうか──オレのことが見えてやがるのか!?」


 姿は見えないはずなのに、その魔獣は迷うことなくシリルへと襲いかかってくる。


「くっ──!」


 加護の力に集中していては、素早い獣の動きに対応できない。

 シリルは《姿隠し》の加護を解除し、目の前の魔獣まじゅうとの戦闘に専念しようとした。

 だが、その姿を帝国軍兵士たちに見つけられてしまう。


「あそこに敵がいるぞ、弓隊、はなてぇーーっ!」

「チィッ!!」


 降り注いでくる矢と魔獣まじゅうの牙を同時にかわしつつ、シリルは森の中へと後退せざるをえなかった。


 ◇◆◇


魔獣まじゅうが出た!?」


 ピーノの《念話ねんわ》によって、仲間全員に瞬く間に情報が共有される。

 森の中から現れた多数の魔獣まじゅうが、シリルたちをめがけて襲いかかってきたとのこと。

 しかも、その一部は帝国軍の先頭部隊とともに、僕たちが守る《星霊樹せいれいじゅ》の入口へと進軍してくる。


「マズイっ!!」


 鳥たちが一斉に羽ばたくような音とともに、敵軍から大量の矢が撃ち放たれた。

 僕はとっさに《星霊銀ミスリルつるぎ》を構えて《光の障壁しょうへき》を展開する。

 《星霊樹せいれいじゅ》の加護により強化された巨大な《光の障壁しょうへき》が僕を中心に広がった。


『キョウヤ殿!』


 脳裏のうりにアストルの声が響く。

 と、同時に《星霊樹せいれいじゅ》の枝から無数の《光球こうきゅう》が帝国軍に撃ち込まれていく。

 だが、さっきまでは《光球こうきゅう》の攻撃に混乱していた帝国軍だったが、今回はすぐさま体勢を整えて反撃してきた。


「今度は火矢ひや!?」


 キアーラさんが悲鳴を上げた。

 敵は僕の《光の障壁しょうへき》の上を越えて、背後の《星霊樹せいれいじゅ》への攻撃に切り替えたようだった。

 アストルが撃ち込む《光球こうきゅう》とは反対に下から上へと無数の赤い炎が飛来してくる。


「《星霊樹せいれいじゅ》が──!!」


 火矢ひやのほとんどが青銀色せいぎんいろの光を放つ《星霊樹せいれいじゅ》のみきに突き刺さる。

 だが、《星の巫女みこ》の冷静な言葉が不安を打ち消した。


 ──これくらいの炎ごとき、《星霊樹せいれいじゅ》に傷をつけることすらかなわぬ。


 その言葉を裏付けるかのように、樹のみきに刺さった火矢ひやは次々と炎を失い、パラパラと破片と化して落ちていった。


 ◇◆◇


「まあ、こんなところだろうね」


 《星霊樹せいれいじゅ》に攻撃が通用しないとの報告を受けたカルミネは、背後の黒フードの兵士たちに声をかける。


「じゃあ、そろそろコウモリどもも使おうかな。準備はできてるよね」


 ◇◆◇


 《星霊樹せいれいじゅ》入り口前の戦況は、混沌こんとんの色を深めていた。

 帝国軍は、湖と森に挟まれた地形で隊列を横に広げることができないため、可能な限り先頭部隊を厚くして防御力を上げつつ、逆にこちらの防御陣の破壊を試みようと突撃を繰り返してきた。

 しかし、その突撃の度にアストルの《光球こうきゅう》を撃ち込まれてしまい、したたかにダメージを受けているようだった。


「帝国の兵たちも、そろそろあきらめてくれるといいのに……」


 視線を戦場に向けると、帝国軍兵が盾を頭上にかざしつつ、アストルの《光球こうきゅう》によって開けられた穴を埋めようとしている。


「──あれはっ!?」


 隣にいたキアーラさんが驚きの声を上げる。

 帝国軍兵の中から、何頭もの黒い狼──《魔獣まじゅう》が飛び出してきたのだ。


「まずいっ!」


 僕は慌てて《星霊銀ミスリルつるぎ》を振りかぶって《衝撃刃しょうげきじん》を放ち、それに続いて、キアーラさんたちが一斉に矢を放つ。

 しかし、《魔獣まじゅう》たちの動きは素早い。僕の《衝撃刃しょうげきじん》もキアーラさんたちの矢も効果的なダメージを与えることができなかった。

 だけど、《星霊樹せいれいじゅ》には強力な攻撃がある。

 僕たちの期待に応えるかのように、アストルの《光球こうきゅう》が疾走してくる《魔獣まじゅう》を狙って放たれる。

 《魔獣まじゅう》たちは横っ飛びにかわそうとするが、《光球こうきゅう》も複雑に起動を変化させて追尾ついびしていく。


 ──ぎゃおんっ!?


 悲痛ひつうな叫びとともに倒れていく《魔獣まじゅう》たち。

 さらに、《魔獣まじゅう》を囮にして前進してきた帝国軍だったが、キアーラさんが弓矢の集中攻撃で牽制けんせいする。

 僕の脳裏のうりにアストルの声が響いてきた。


『それで大丈夫です! 《魔獣まじゅう》は私が撃退しますので、帝国軍はお願いします!』


 「わかった!」とこたえてから、僕もキアーラさんの隣に並んで《星霊銀ミスリルつるぎ》を振るった。

 直接、帝国兵を狙うことはまだできないが、《魔獣まじゅう》を牽制して皆の負担を減らすことはできるだろう。

 これらの連携が上手くかみ合い始め、《魔獣まじゅうたちは次々と数を減らし、帝国軍兵たちは目に見えて狼狽うろたえはじめていた。


 ◇◆◇


 悪化していく戦況せんきょうに、帝国軍のヴェリザリオは音高く舌打ちをした。


「チィッ、このままではらちがあかない。一旦後退して体勢を整え──」

「なに甘っちょろいこと言ってるの?


 無邪気むじゃきな笑みを含んだ声が、ヴェリザリオ千騎長せんきちょうの命令をさえぎる。


「──カルミネ様」

「あの光の球がやっかいなんでしょ」

「その通りです、このままでは無駄に兵を損なう一方なので、《魔獣まじゅう》たちがおとりになっている今のうちに後退を──」

「ハァ? なに言ってんの?」


 カルミネの笑みが深くなる。


「これからが本番でしょ? 全軍僕に続いて、一気に勝負を決めるから──」


 少年将軍の全身から、再び黒い霧のようなものが吹き上がる。

 その正体は皇帝にも匹敵する、強大な魔力のほとばしりだということをヴェリザリオは知っていた。

 そして、後方から複数の固い羽ばたきのような音が近づいてきた。


「こ、これは……!?」


 コウモリのような羽根を生やした禍々しい異形いぎょう魔物まものが、勢いをつけて《星霊樹せいれいじゅ》の枝をめがけて上昇していく。


魔蝙蝠ガーヴ……」


 豪胆なヴェリザリオの顔に恐怖の色が浮かんだ。


「さて、この先にいるよね、《》の聖戦士。右眼のお返し、たっぷりとさせてもらわなきゃ」


 カルミネは口の中で歌うように何かを呟いた。

 それは高く澄んだ歌声となって、空へと舞い上がり、黒い霧の奔流ほんりゅうとともに広がっていく。

 次の瞬間、空を舞う魔物まものたちがつんざくような叫びを上げた。


 空と地、双方の魔物まものを率い、少年将軍は《星霊樹せいれいじゅ》へと歩みを進めていく。

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