第五章 隻眼の魔将軍強襲、そして──

第42話 星霊樹決戦開戦!

 ◇◆◇


「──カルミネ様! 偵察兵ていさつへいが帰還しました。あの大樹たいじゅふもとに少数の兵とともに防御陣ぼうぎょじんが構築されているとのことです!」


 黒光りするよろいとマントを身につけた少年将軍しょうねんしょうぐん──カルミネのもとへ報告が次々と入ってくる。

 どうやら《星の聖戦士》たちは、あの人の世のモノとは思えない青銀色せいぎんいろの大樹に拠って、強大な戦力の帝国軍を相手にするつもりらしい。

 カルミネは眼帯がんたいに覆われた右眼に手を触れ、頬を大きく吊り上げた。


「いいじゃない、思いっきり派手にやってやるよ。《星の聖戦士》の墓標ぼひょうとして相応ふさわしい姿に仕上げてあげる」


 その言葉を受けて、千騎長せんきちょうヴェリザリオが部隊に前進を指示する。

 ヴェリザリオはカルミネの意のもと、分進合撃ぶんしんごうげきさくを立案、実行した有能な壮年の軍人である。今回のカルミネ軍の全体的な指揮は彼がになっていた。

 自分の息子と同じ年のカルミネの下に配属されたヴェリザリオは、数年にわたって少年の軍務を補佐してきている。

 その一方で、カルミネとの間には、互いに性格をきらっているものの、能力に関しては信頼しているという、奇妙な信頼関係が成り立っていた。


「敵は《星の聖戦士》たちだ! 側面、後方にも注意を怠るな!」


 《星の聖戦士》と個々の兵士では戦闘力に多大な差がある。

 ヴェリザリオをはじめとする、魔力を扱える士官やエリート兵ならば、なんとか《星の聖戦士》一人に対して立ち向かうこともできるだろうが、普通の兵士では一方的に蹂躙じゅうりんされてしまうということが、今までの戦闘で判明している。

 そのため、《星の聖戦士》の攻撃は《皇帝ラファエーレ》に匹敵ひってきする魔力を持つカルミネにゆだねること。そして、防御を固めて攻撃を凌ぎつつ、その間に敵の本拠地をとして戦闘継続が不能になる状態に追い込む。

 それが、ヴェリザリオが示した方針だった。


「敵の攻撃──来ます!!」


 ヴェリザリオの横に馬を並べていた副官ふくかんが声を上げた。

 青銀色せいぎんいろ大樹たいじゅの枝に数十の光の球が生み出されたかと思うと、次の瞬間、それぞれの光が複雑な軌道を描いて密集する帝国軍へと撃ち込まれてくる。


「全員、盾構たてかまえええっ!!」


 各隊の指揮官の怒号が上がり、一拍置いて、陣のあちこちから衝撃音と悲鳴が巻き起こった。


 ◇◆◇


『どうやら、上手くいったね』


星霊樹せいれいじゅ》の枝の上から、帝国軍を見下ろすアストル。その脳裏のうりにピーノの声が流れた。


「ええ、《星霊樹》の力のおかげで、いつもの数倍の《光球こうきゅう》を放つことができました。しかも、照準と誘導はピーノ殿が助けてくれるので、私は撃つことだけに専念できます」


 遠望えんぼうする先では、帝国軍の先鋒部隊せんぽうぶたいが先ほど放った《光球》により、したたかにダメージを受けたようで、一時的に進軍が止まっている。


『二射目いってみる?』


「そうですね、今度は少し後ろ、できれば敵の中枢を狙ってみたいです──」


 目を閉じて集中するアストル。すると、《星霊樹》の枝々に再び《光球》が生み出された。

 そして、数拍おいた後、第一射と同じように複雑かつ華麗な光の尾をいて、無数の《光球》が帝国軍へと飛んでいった。


 ◇◆◇


「ほあ……すごい……」


 僕はポカンと口を開けてしまう。

 《星霊樹》の根元、樹の中への入口の前──弓矢を手にした大人たちと同じ様な表情で、僕は《光球》を撃ち込まれて混乱している帝国軍を見下ろしていた。

 隣に立つキアーラさんが、引きつった笑いをこちらに向ける。


「や、やっぱり《星の聖戦士》さまってスゴイですね。期待していますよ、キョウヤ様」

「う、うん、あそこまで派手にはできないと思うけど……」


 《星の巫女みこ》によると、《星霊樹》は《天霊てんれい》の力の化身ともいえる存在であることから、その周囲では《星の聖戦士》の力が大幅に増幅されるとのことだった。

 その影響はアストルだけでなく、他の《聖戦士》たちにまで及んでいる。

 アストルの《光球》攻撃により、進軍を止めてしまった帝国軍の後方に突っ込んでいったシリルたち──その攻撃は帝国軍を混乱の渦に陥れていた。


「これは……俺たちの出番はないんじゃないですかね」


 近くにいた守備兵のひとりが憮然ぶぜんと呟く。

 無言でうなずく僕。その視線の先には激しい炎や竜巻、地割れなどなど、まさに天災に襲われた市井しせいの人々のように、屈強なはずの帝国軍兵が翻弄ほんろうされている。

 僕も含め、その場にいた守備兵全員が、あらためて《星の聖戦士》の力──伝承でんしょうの力を目の当たりにして、ただただ圧倒されていた。


 ◇◆◇


 帝国軍は混乱しながらもヴェリザリオの必死の指揮で防御を固めており、かろうじて全軍崩壊はまぬがれている状態だ。

 少し離れた後方から、その状況を眺めていたカルミネが不意に言葉を発した。


「遅いよ。間に合ったから許すけど」


 いつの間にか、カルミネの背後に黒ずくめのフードを被った兵たちの一団があらわれていた。

 その数、数百。

 カルミネは前方の《星霊樹せいれいじゅ》へと視線を向ける。


「準備はオッケー?」

「はっ、獣どもを、すでに山中に放っております」


 黒フードのひとりがカルミネの横にうやうやしく進み出た。

 少年将軍の顔に禍々まがまがしい笑みが浮かぶ。


「それじゃあ、本番を始めちゃおっか!」


 少年の全身から黒いオーラが激しく立ち上り、薄い幾条もの霧となって周囲の山中へと散らばっていく。

 その強烈な魔力に耐えきれなかったのか、カルミネの右眼を多う眼帯が弾け飛んだ。

 閉じられていたまぶたがゆっくりと開く。


「この右眼のお返し、たっぷりとさせてもらわなきゃね……」


 瞼の下からあらわれたのは毒々しい血の色の瞳。そして、その中央には漆黒の魔法陣が浮かび上がっていた。


 ──うぉぉぉぉぉっっんんん!!


 周囲の森の中のあちこちから、猛々たけだけしい獣の咆吼ほうこうが連鎖する。

 カルミネに続いて、黒フードの兵士たちも、同様に魔力を放出し始めた。


 《星の聖戦士》の力が強力なことはわかっていたんだ──カルミネの笑みが一層深くなる。

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