第41話 互いの心を信じて

 敵将てきしょう、《隻眼せきがん魔将軍ましょうぐん》ことカルミネの行動は迅速じんそくだった。

 彼はアルバートが破壊した山道の修復を、輜重部隊しちょうぶたいが通行できる最低限にとどめていた。

 そのため、《星霊樹せいれいじゅ》側で迎撃作戦げいげきさくせん考案こうあんしていたツァーシュとピーノは、敵が侵攻を急いでいないと判断したのだ。

 だが、カルミネはその裏をかいて、主要部隊をいくつもの小隊しょうたいに分けると、それぞれ木々が生い茂る山中を強行軍きょうこうぐんで突破させたのだ。

 この動きを察知したピーノは、アストルとツァーシュに急報きゅうほう。設置を進めていた罠の準備を急遽きゅうきょ中止して、《星霊樹せいれいじゅ》の守りに重点を置く態勢へシフトせざるをえなかった。


「こんな意地汚いじきたない攻め方するなんて、完全に見落としてた……くそっ」


 《星霊樹せいれいじゅ》中層の一室に設けられた会議室に、ピーノの舌打ちが響く。


「こればかりは仕方がありません。山中に紛れ込まれたら空から見ることは難しくなります」


 いくら《そら》の加護の力──《俯瞰視ふかんし》によって空中から監視できるといっても、アストルの言う通り、一定以上の規模の軍団ぐんだんならともかく、小部隊全部を把握するのは不可能である。

 アストルが全員を見回す。


「大丈夫です。この侵攻速度は想定外でしたが、対応する余地は残っています」


 そう言うとアストルは、ピーノに《念話ねんわ》での地図の共有を要請する。


「作戦の基本は敵を《星霊樹せいれいじゅ》にひきつけつつ、敵の戦力を消耗させて撤退させることです」


 《星霊樹せいれいじゅ》の周囲は湖と森の地形の関係で大軍を展開させることは難しい。

 敵の陣は長く伸びることが予想されるので、先頭部分からの攻撃を正面から受け止めて凌ぎつつ、攻撃能力が高い《星の聖戦士》が遊撃隊ゆうげきたいとして、側面から敵軍を攻撃、分断し、兵力をとしていく。


「──時間がありません。役割分担はこちらで決めさせてもらいました」


 ひとりひとりに視線を向けながら、アストルが説明を続ける。

 まずは遊撃隊ゆうげきたい──外に出て単身で敵軍に攻撃を仕掛けるのは、《星の聖戦士》たちの中でも戦闘能力に秀でたシリル、アルバート、トモ、ラースの四人。

 作戦を立案した軍師役ぐんしやくのツァーシュと、全員の情報の伝達や戦場の監視を担うピーノは、この会議室に待機して戦場全体の采配を担当する。

 そして、残るアストルと僕が《星霊樹せいれいじゅ》の正面で大人たちの主力部隊とともに敵を迎え撃つ──ということになった。


「僕も戦場に出るんだね……」


 音を立てて唾を飲み込む僕。

 心なしか手が震えている。

 アストルが優しげに肩に手を置いた。


「キョウヤ殿が戦いに抵抗をお持ちなのは承知しています。ですので、こう考えてみてください。あくまで自分の仕事は防御に専念することだと」


 《星霊銀ミスリルつるぎ》の力の一つである《光の障壁》を展開させて、アストルや守備部隊のみんなを守る。敵を傷つけるのではなく、敵の攻撃から味方を守ることが僕の役目だと。

 物は言いようというレベルではあるが、僕はアストルの心遣こころづかいに素直に感謝した。

 そんな、僕の背中をシリルが思いっきり叩く。


「なに、なっさけない声だしてるんだよ。一番年くってるんだから、シャキッとしろよな」


 口調はキツイが、語気に怒りは含まれていなかった。

 反対方向からアルバートも同じように、僕の背中を叩く。


「そうだぜ、おれたちの帰る場所の守りは任せたからな。キョウヤだったら大丈夫だって」


 続けてラースが僕を励ますように笑いかけてくる。


「俺たちには、それぞれの能力や考え方がある。それに応じて全力を尽くせば良い。そして、あいつらもそのことは理解しているはずだ」


 ラースがツァーシュやピーノを親指で示す。


「俺たちはキョウヤのことを信じる。だから、キョウヤも俺たちのことを信じてくれ。そうすれば、今回も乗り越えることができるだろう」


 場に沈黙が降りた。

 ラースが少し戸惑い気味に辺りを見回す。


「……なんか、間違ったことを言っただろうか」

「……いや」


 笑いをころすような様子でピーノが声を漏らす。


「間違ってはいないけど、なかなかそんな風に真顔でクサいセリフは言えないかなって」

「コホン──うむ、確かに、我も他人事ひとごとながら、少し背中がむずがゆくなったな」


 ツァーシュも明後日の方向を見上げながら、指先で顎のあたりを掻く。

 今まで、黙ってやり取りを見つめていたトモが、笑いながら両手を打ちつけた。


「まぁ、なんや。戦いの前のおしゃべりはここまでってことにしとこ。今、俺たちがせなならんことは、みんなで《星霊樹せいれいじゅ》を《隠れ村》から連れてきた人たちを守るってことやからな。そのことだけ考えて、前を向いて気張ろうやないかい!」

「ええ、そのとおりです! この戦いが私たちの大いなる一歩になるのです!」


 アストルもトモの言葉に応じて気勢きせいを上げる。

 少し遅れて、それぞれの表情を浮かべつつ、他の仲間たちも続いていく。


「──よっしゃ! やってやるぜ!」

「──あまり力みすぎると肝心なところでヘマするぜ」

「──目の前の戦場は任せた。後方は我らに任せるがよい」

「──俺は皆をしんじる、だから皆も俺を信じていいぞ」

「──まだ言ってるよ、実は気に入った?」

「──みんなありがとう、僕もできる限りのことはやってみせる」


 《星の聖戦士》たちの反撃──大陸全土を巻き込んで繰り広げられることになる長き戦いの最初の一戦が今、はじまろうとしていた。

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