第40話 最後に残るは──闇

 ──それで、何が聞きたいのじゃ?


 《星霊樹せいれいじゅ》上部の枝に繋がる出口、そこから外を眺めながら、僕は巫女みこに問いかける。


「……《星の聖戦士》のことについて」


 ふむ──と、考え込む素振そぶりを見せる巫女みこ


 《星の聖戦士》は、《天霊神てんれいしん》によって異世界から召喚された稀人まれびとのことで、《》、《みず》、《》、《かぜ》、《よう》、《そら》、《つき》、《やみ》、そして《》の加護が、それぞれに与えられる。

 《こちらの世界》に《星の聖戦士》を召喚するには、正しい召喚儀式とともに、一定以上の魔力が必要となる。ただ、その儀式の術式じゅつしきは失われて久しい。だが、今回召喚の儀を行った帝国の神官たちは、人の身を生贄いけにえとする邪法じゃほうを用いて、無理矢理召喚を実現させたのだと巫女が説明する。


 ──わらわの力が万全であれば阻止することもできたのだが、それについては詫びねばならぬ。本当にすまなかった。


「あ、いえ、それは巫女みこ様の責任じゃない……と、思います、ので」


 正直に言うと、《こちらの世界》に召喚されてから、僕はずっと責める相手を探していたのだと思う。

 自分の意志とは関係なく異世界へと無理矢理呼びつけられたこと。

 その際に、多数の無辜むこの命を犠牲にしたこと。

 勝手に人物評価され、あまつさえ命を奪おうと画策かくさくされたこと。

 そして、ようやく同じ境遇の仲間と巡り会い、見つけたはずの安住あんじゅう場所ばしょを追われてしまったこと──


 だが、その不満をぶつける相手は、帝国の《大司教だいしきょう》たちであり、《魔皇まおう》とその配下であり、目の前にいる青銀色せいぎんいろの髪の少女ではない──と僕は理解していた。


「その、《星の聖戦士》って、そもそもどういう存在なんですか?」


 ──うむ……その問いに答えるのはなかなか難しい。


 巫女みこが語るところによると、太古たいこの昔から《星の聖戦士》たちは何度も《こちらの世界》に召喚されているという。


 ──たいていは民衆に苦難くなんが及んだとき、その救いを求める無数の声や願いから自然発生的に召喚の儀が発動するという流れだった。


 だが、今回は特定の個人が、その意志を持って召喚の儀をおこなった。その時点でイレギュラーだったと巫女みこが悔やむ。


 ──そして、今、この時も、あらたなる召喚の儀が始まっておる。


「え……?」


 絶句する僕から、巫女みこは気まずそうに視線をらした。


 ──しかも、多大なにえを犠牲としたそなたの召喚の時よりも、はるかに多くの命であがなわれようとしておる。そして、今のわらわには、それに干渉かんしょうするすべがないのだ……


「九人目……残りは《《やみ》の聖戦士》」


 巫女みこは重々しくうなずいた。


 ──そして、おぬしが一番聞きたいことであろう、《むこうの世界》に帰るすべに関わる話でもある。


 その言葉に思わず身を乗り出してしまう僕。


「帰る方法があるんですか!?」


 ──うむ、《むこうの世界》へ戻るすべはある。だが、それには《星の聖戦士》九人すべてが一箇所いっかしょつどう必要があるのだ。


「……ということは」


 ──ああ、おぬしたちにとっては、最後の《《やみ》の聖戦士》召喚の儀が成功した方が良いということだ。


「そんな──!?」


 僕は思わず声を荒げてしまった。

 そんな僕にあわれみの眼差まなざしを向けてくる巫女みこ


 ──残酷ざんこくな物言いになるやもしれぬが、《《やみ》の聖戦士》召喚の儀は、今現在確実に進んでおる。残念ながら、今のわらわやおぬしたちに、それを止めるすべはないのだ。事ここに至った以上、失われた犠牲が無駄とならないよう、次善じぜんさくを考えるべきであろう。


「次善の策……? それは、いったい……」


 ──それを考え、決めるのはわらわではない。おぬしたちだ、そうであろう?


 その巫女みこの問いかけは僕だけに向けられたものではなかった。巫女みこと僕だけの間の《念話ねんわ》だったはずなのだが、いつの間にか、他の《聖戦士》たち全員の意識も同調していたのだ。

 巫女は、それを承知で淡々と続ける。


 ──おぬしたちが何にあらがい、何と戦うのか。何を見つけ、何処いずこへ至るのか。それを決めるのはおぬしたち自身だ。目前の降りかかる火の粉を払うのは当然だが、おぬしたちには常にその先を見据みすえて欲しい。


「その先……ですか……」


 僕のつぶやきに、巫女みこは微笑みで応えた。

 話を聞いていた他の仲間たちのうち、アストルが代表して決意を述べる。


「やはり、今の帝国──《魔皇まおう》は倒さねばいけない存在だということだと思います。そして、帝国の支配体制を覆した後に新しい国を樹立し、軌道きどうに乗せるまで。僕たちは責任を持って取り組まないといけません。たとえ、その道が闇に覆われていても、僕たちの星の光で照らして進まなければならないのです」


 その言葉に、言葉ではなく意志で同意を示す、僕と他の仲間たち。


 その様子を黙って見つめる巫女みこ

 だが、その表情には哀しみのような色が浮かんでいるようにも見えた。

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