第39話 星霊樹

 ──《隻眼せきがん魔将軍ましょうぐん》カルミネ。


 僕たちを再三再四さいさんさいし追い詰めてきた帝国軍ていこくぐん五大将軍ごだいしょうぐんのひとり。

 シリルがため息をつく。


「性格の悪さはオレ以上なのは確かだな。ネチネチネチネチ追い込みかけてくるあのやり口。絶対に好きにはなれないけど、能力的には無視できないと思うぜ」

戦略せんりゃく戦術せんじゅつ双方から見ても有能な敵と言えるだろう」


 自分たちには《星の加護》をもつ《聖戦士》が八人もいる。実際、その力はそれぞれが一軍に匹敵ひってきするものだ。それなのに、手段を選ばない姿勢に賛否さんぴは分かれると思うが、実際に追い詰められていたのはこちら側だったのだ、絶対に軽視けいししてはいけない──とツァーシュが珍しく感情をあらわにする。


「で、そのガキンチョ将軍の部隊が、峠の向こうに拠点きょてん構築こうちくしつつあるワケ」


 ピーノが脳内共有した地図画像の中──山向こうの最寄りの街付近に規模の大きな兵営へいえいができあがっており、いくつもの部隊が行き来している様子を確認できる。

 アストルが湯に濡れた金髪をき上げた。


「《隻眼せきがん魔将軍ましょうぐん》でしたか。悪辣あくらつ冷酷無比れいこくむひという話ですが、あの《ヴァレンティーノ公》と、どちらが上でしょうね」


 《ヴァレンティーノ公》という名前に誰も心当たりはなかったようだ。おそらくは《むこうの世界》で因縁いんねんのある相手なのだろう。いつもは温厚なアストルに似合わない影のある笑みだったこともあり、そこへ踏み込む者はいなかった。

 トモがポンと手を打って微妙な空気を打ち払う。


「んじゃ、とりあえず今晩は全員ゆっくり休んで、明日から本格的に動くってことでエエな」


 敵に追い詰められる格好で、ここ《星霊樹せいれいじゅ》に逃れてきたのだが、不思議とネガティブになっている者はいない。

 むしろ、気力が高まり、今までの鬱憤うっぷんらすかのような雰囲気に包まれていた。


 ○


「《星霊樹せいれいじゅ》に星々の光がともるとき、この世界に訪れるものは平穏へいおんか、騒乱そうらんか」


 が落ちて闇に包まれた山中に青銀色せいぎんいろの光を放つ大樹、その枝の一本。

 風に長い髪をなびかせながら佇む少女が、歌うような声で呟きを風に乗せていく。


「すべては常世とこよの意志、蒼生そうせいの心……」


 ──《星の聖戦士》たちの反撃が始まろうとしていた。


 ○


 《星霊樹せいれいじゅ》の内部は、まさに想定外の連続だった。


「これ、いったい何階くらいあるんだ、広すぎだろ……」

「あ、ここから外に出られるな──お、枝の上も広いぞ、こりゃ、イイ眺めだ!」

「あちこちに泉が湧いているな……ということは、樹の中を水が流れているということか」

「もともと木とか植物って地下から水を吸い上げているからね。っていっても、この樹に関しては、そういう常識が通用するとは思えないけど」

「この転送装置──エレベーターとやらは、いったいどういう仕組みで動作するのだ……?」

「それも気になるけど、樹の内部には窓がないのに、外と同じ明るさになってるよな、どこから光が……」

「というか、そもそも、この樹の中、とても過ごしやすいよね。エアコンもないのに温度や湿度も管理されているような」

「エアコン、って何それ?」


 《星霊樹せいれいじゅ》内の探索と本拠地機能の構築を担当することになったのは、僕とピーノ、ツァーシュ、アルバートの四人だった。

 僕たちがとりあえず一通り探索した結果、地上部三十二層、地下部六層の計三十八層で構成されていることが判明している。《隠れ村》から脱出してきた人々だけでは、とうてい使い切れないほどの収容空間しゅうようくうかんひろがっていた。

 さらに驚いたのは、さまざまな仕掛けである。

 各層ごとに、それぞれの層を自由に行き来できる《転送装置てんそうそうち》。地下から組み上げられた水が湧き出す泉と排水機能。地上、地下に関わらず外の太陽光を取り入れているという照明システムなどなど。

 人々が生活する場所として、理想的な環境が揃っていた。


 ──どうじゃ、おぬしたちの役に立ちそうかのう。


 いつのまにか、四人の後ろについてきていた《星の巫女みこ》が《念話ねんわ》で語りかけてくる。

 《星霊樹せいれいじゅ》の内部に人を住まわせるのは数百年ぶりとのことで、多少なりとも気にかけてくれているようだった。

 僕は慌てて手を振った。


「役に立つどころか、充分、いや、それ以上です、本当に助かります」


 ──そうか。


 巫女みこは短く呟くと、アルバートを指さした。


 ──内部の造作は《《》の聖戦士》に任せるがよかろう。《星霊樹せいれいじゅ》も森の木々と同じ、《》の加護を使えば応えてくれよう。


「え、おれ?」


 間の抜けた声で自分自身を指さすアルバート。

 巫女みこがアルバートの手にそっと触れた。


「……って、マジか。そんな力もあったなんて知らなかったよ。この力があったんだったら、《隠れ村》から逃げてるとき、もっと快適にすごせたんじゃないか?」


 ビックリした顔で見下ろすアルバートに、巫女みこが無表情のままうなずいた。


「……よっしゃ、やってみる」


 アルバートはいったん息を吐き出してから、床に手をついて目を閉じた。

 精神集中。

 すると、次の瞬間、床が盛り上がり、大きな台──テーブルへと姿を変えていく。


「おお……できた。頭ん中のイメージ通りだ」


 何が何だかわからないと戸惑う僕たちに、アルバートが説明してくれる。


「おれの《》の加護で植物──この《星霊樹せいれいじゅ》もだな。イメージで形を変えたりして物を作ることができるらしい」


 部屋を仕切るための壁や扉、テーブルや椅子などの家具など、いくらでも作れるぞ、と明るく笑う赤毛の少年。


「そういうことなら話は早い」

「うん、そうだね」


 互いに視線を交わし合ったツァーシュとピーノは同時にうなずくと、それぞれがアルバートの肩を掴んだ。


「いろいろと必要なものがあるのでな、さっそく作ってもらうぞ。設計は我がする」

「うん、僕の方もアイデアたくさんあるから、つきあってもらうよ。というか、外の防御陣地ぼうぎょじんち構築も楽になるんじゃない?」

「え、え、ちょっと、え……お手柔てやわらかに……」


 二人に引きずられる格好で連れ去られていくアルバートに、頑張れよ、と手を振る僕。


「……そっちは三人に任せるとして」


 そう呟きながら、僕は《星の巫女みこ》へと視線を向けた。


「いくつか話を聞かせてもらいたいことがあるんだけど、いいかな」


 巫女みこは無言でうなずいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る