第38話 会議は湯煙の中で

「ふうっ、生き返るぜー」


 シリルが全裸姿で湯につかりながら、思いっきり手足を伸ばしている。

 《星霊樹せいれいじゅ》の内部の一角に、地熱ちねつで温められたお湯が噴き出している泉があり、僕たち《星の聖戦士》が集まって、長い旅の汚れを洗い流していた。


「せやな、こんなところに温泉があるやなんて、思ってもみなかったわ。風情ふぜいもあるし、いい湯やな」

「ああ、こんな風に身体を清潔にできるのは本当に助かる」


 トモとラースも湯の泉に全身をひたしながら、満足そうに息を吐き出す。

 今は、こんな風にくつろいでいる三人だが、少し前までは心身ともにボロボロの状態だったのだ。


 ○


「シリル、トモ、ラース!!」


 《星霊樹せいれいじゅ》をのぞむ湖のほとりまで辿り着いた三人が率いる部隊は、まさに全員が半死半生はんしはんしょうといった状態だった。

 駆け寄る僕たちに「よぉ」と軽く手を挙げたシリルは、そのまま力なく地面にしゃがみ込んでしまう。トモとラースも似たようなものだった。アストルやアルバートの肩を借りて、なんとか立つことができている。


「……たくさん、死なせてもうた」


 トモが弱々しい声でうめく。

 確かにトモの言う通りだった。彼らの部隊は戦える大人や、年齢が高い少年たちで構成された主力部隊だったが、《隠れ村》を脱出したときの人数に比べて半数以上──六割の人員を失っていた。

 また、残りの四割についても無傷の者は皆無かいむという惨状さんじょうである。

 そんな彼らをアストルがはげました。


「確かに悲しいことではあります。ですが、あなたたちのおかげで、我々は脱落者無しでここまで辿たどくことができました」

「うん、僕たちの部隊は全員無事どころか、旅の途中で赤ちゃんが二人も産まれて、逆に人数が増えちゃったくらいだしね。これもみんな、君たちが敵を引きつけてくれたからだよ」


 そう僕が素直に礼を述べると、シリルたちは苦笑いを浮かべる。

 ツァーシュが一歩進み出て頭を下げた。


「今回の作戦に関しては、すべての責任は立案者たるわれにある。非難ひなんは甘んじて受けよう」


 一瞬、沈黙が降りる。

 ツァーシュのこの言葉は、シリルたち三人だけではなく、その後ろにいる主力部隊の生き残りたちにも向けられた言葉だったからだ。


「謝ることはないですよ! 《みず》の聖戦士様!!」


 そう声を張り上げながら立ち上がったのは、まだ十代後半くらい──僕と同い年くらいの顔立ちに幼さを残す少年だった。


「おれは母さんやじいさん、ばあさん、それに妹たちを無事に逃がすために戦ってきたんだ」


 続けて「そうだ!」と壮年そうねんの男性が声を高める。


「俺たちが戦った結果、皆を無事に逃すことができたんだ。それに《星の聖戦士》様たちがいなかったら、そもそも俺らは戦うことすらできなかったんだ。感謝こそすれ責めるなんてありえませんよ!」


 一気に火がついて、疲れ果てていたはずの人たちが、次々と声を上げていく。


「……だってさ」

「ああ……」


 シリルがツァーシュの肩を叩いた。


 ○


 《星霊樹せいれいじゅ》の湯の泉に、身体を洗い終わった面々も加わって、八人全員が揃った。

 生活していた時代によって全裸姿で入浴することに抵抗を示す少年もいたが、普通に入浴する僕たちを見て開き直ったようだった。


「少し落ち着いたら、この泉も上手く整備して、きちんとしたお風呂にしたいね。洗濯とか洗い場とかも作れると助かるし」

「《星霊樹温泉せいれいじゅおんせん》だね……って、冗談はともかく、衛生管理は大事だからね。優先順位を上げた方が良いと思う」


 僕の提案にピーノが同意する。

 横でシリルが高い天井を仰ぎ見ながら感嘆かんたんの声を漏らした。


「それにしても、この《星霊樹せいれいじゅ》ってスゴいな、ホント。この上の方にもずっと階層かいそうが続いてるんだろ」

「ああ、《星の巫女みこ》様に三十層以上空き空間があるから、好きに使っていいって言われた」


 僕が答えると、他の仲間たちもあきれたような笑みを漏らす。


「三十層……って、移動するのも一苦労だな」

「あ、それについては大丈夫かもしれない」


 懸念けねんするラースに、ピーノが手を挙げる。


「エレベーター……って言ってもわからない人もいるか。《星霊樹せいれいじゅ》の特別な力だと思うんだけど、各層に自由に移動できる設備があるっぽい、さっきそれらしきものを見つけたんで《星の巫女みこ》に確認してみるよ」


 あとで実際に試してみてから報告するとのピーノの言葉に、僕らは困惑気味こんわくぎみに顔を見合わせる。

 正直、この《星霊樹せいれいじゅ》の存在は、特別な力を持つ僕らにとっても規格外きかくがいの存在だった。


「この湯の泉もそうですが、あちこちに地下から吸い上げられているのか水が湧く泉もありますしね。食糧についても落ち着けば《星霊樹せいれいじゅ》の周りの森で狩りや採集もできそうですし、拠点として申し分なさそうに思えます」

「ってことは、明日にでも《星霊樹せいれいじゅ》内部探検開始ってところだな、なんか燃えてきた!」


 アストルの発言を受けて、アルバートが勢いよく立ち上がり、お湯が激しく波立った。

 飛沫ひまつを飲み込んでしまったのか、ひとしきりせたピーノが忌々いまいましげな視線を、赤毛の少年に向ける。


「それもいいけど! 言っとくけど! 追っ手の危険がなくなったワケじゃないんだからねっ!」

「へ? おれの力で道を崩したし、敵軍も追ってこれないっしょ?」

「それであきらめてくれるんならラッキーだけど、あのしつこいガキンチョ将軍、そんなタマに思える?」


 シリルがため息をついた──

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