第37話 星霊樹と星の巫女

 《星霊樹せいれいじゅ》を遠くに望む峠を越えてから二日目の夕暮れ。

 僕たちはついに、大樹のふもとへと辿り着いていた。


「うっわ、遠くからでもスゴイと思ったけど、近くに寄ったら逆にシャレにならないカンジだな。なんだ、この大きさ。大樹ってレベルじゃないだろ、コレ」


 アルバートが《星霊樹せいれいじゅ》を見上げて、あんぐりと口を開ける。


 《星霊樹せいれいじゅ》──その太いみきや枝は青銀色せいぎんいろの光を放っており、上空、天空に拡がるように張られた枝々には、瑠璃色るりいろきらめく葉が生い茂っている。


「……索弥さくや兄が住んでるタワーマンションくらいの高さかな。確か四十階くらいだったっけ」

「っていうか、普通に考えたら自重じじゅうで立ってられないでしょ」


 呆然ぼうぜんつぶやく僕の横で、引きつった笑いを浮かべるピーノ。

 だが、他のアストル、ツァーシュ、アルバートの三人は、奇跡の産物として理解してしまったようで、逆に戸惑う僕たちに不思議そうな視線を向けてくる。


「──さて、これからどうするか、ですね」


 アストルの言葉に我に返る僕たち。

 ピーノが《そら》の加護の力で、《星霊樹せいれいじゅ》の周囲を偵察する。


「まずは《星霊樹せいれいじゅ》を調べてみないと。根元の上の方、入口みたいな穴がある」


 女子供、老人を含めた大所帯おおじょたいで移動することはけて、僕、アストル、ツァーシュ、ピーノの四人だけで調査に向かうことになった。

 アルバートがキアーラさん、パオロさんとともに残りの全員を率いて、湖のほとりで野営の準備をする。

 それらのことを、簡単に打ち合わせてから行動を開始した。


「みんなのことは、おれに任せろ。たぶん大丈夫だとは思うけど、おまえたちも気をつけろよ」


 そう笑うアルバートに手を振ってから、僕たち四人は《星霊樹せいれいじゅ》の根元へと向かう。

 いくつもの太い根がう間をうような道を見つけ、足もとに気をつけながら慎重に進んでいく。

 根元に近づくにつれ、勾配こうばいも急になり、僕とピーノの息の乱れが限界に近づいた頃、僕らの目の前に、樹の中へと続く洞窟のような入口が姿を現した。


「や、やっと……ついた」


 体力の限界とばかりに僕は地面に崩れ落ちる。同時に背中合わせになるようにピーノもへなへなと地面に座り込んでしまう。


「言いたくはないが、正直見苦しいぞ、二人とも」


 呆れたようにツァーシュが声をかけてくるが、いつもは憎まれ口ばかりのピーノも言い返す体力が残っていないようだった。

 アストルが髪についた汗を払いながら、湖から吹き上げてくる風に身をゆだねる。


「気持ちのいい場所ですね。せっかくですので、ここで少し休憩しま──」


 その瞬間、洞窟の入口の前にまばゆい光の柱が出現した。


「──!?」


 ──よくぞここまで辿り着いた、《星の聖戦士》たちよ。


 僕を含めた四人の脳裏のうりに澄んだ声が響く。

 と同時に、光の柱の中からひとりの少女が姿を現した。

 流れるような青銀色せいぎんいろの髪が風になびく──透き通るような白い肌に、髪の毛と同じ色の光を宿した瞳。

 たぐまれなる美少女といっても過言ではない容姿だが、人を拒絶するような冷たさもかもし出しており、それが静かな迫力となって僕たちを威圧いあつしてくる。


「あ、あなたは、もしかしてあの時の……」


 僕は唾を飲み込んでから問いかけた。

 光の中の美少女が小さく、だが、ハッキリとうなずいて僕の言葉を肯定する。


 ──うむ、その通りじゃ。あの時は方法が無かったとはいえ、あの幼子おさなごの身体を乗っ取るような真似をしてしまったこと、あらためて詫びよう。


 アストルが姿勢を正して一礼した。


貴女あなたが《星の巫女みこ》殿でいらっしゃいますか?」


 ──うむ、《よう》の聖戦士アストルよ。それに、そちらが《みず》の勇者ツァーシュであるな。わらわの言葉を信じてくれたこと、心より感謝する。


 青銀色せいぎんいろの髪の美少女──《星の巫女みこ》の顔に笑みが浮かんだ。


 ──なにはともあれ、今は皆、休息が必要であろう。何のもてなしもできぬが、この《星霊樹せいれいじゅ》の中に入るがよい。少なくとも外で休むよりは安心できよう。


 その言葉に、僕たち四人は視線を交わしあう。

 果たして、この《星の巫女みこ》と名乗る少女を一方的に信頼していいものだろうか。

 だが、ピーノの《そら》の加護の念話を使って相談しようにも、巫女みこには筒抜けになってしまう可能性が高い。そのことは全員が理解していたので、巫女みこの了解を得た上で、口頭でのひそひそ話モードに突入する。


「我は信頼して良いと思う。というか、信頼したいというのが本音であろうな」


 ツァーシュの言葉にピーノも同意する。


「今、この状況で僕たちを罠にかける理由がない」

「……そうですね、正直、厳しい旅を続けてきました。気持ちだけで進んできましたが、そろそろ限界でしょう。ゆっくりと身も心も休ませる必要があると考えます」


 三人の視線が僕に向いた。


「あ、ええと……僕も信じて、いいと思う」


 自信なげに指で頬をく僕。


「この……えっと、《星の巫女みこ》様は、少なくとも僕たち《星の聖戦士》たちと深い繋がりがある存在だと思うし。むしろ、頼るべきじゃないかな、と……ごめん、理屈では説明できないんだけど」


 頼りないオッサンだなぁ、と意地悪く笑うピーノに続いて、ツァーシュも苦笑を浮かべる。

 だが、意見が一致したことは明らかだった。

 僕が代表して《星の巫女みこ》に向き直る。


「それでは、お言葉に甘えてお世話になりたいと思います。それで、実は僕たち四人の他に、ふもとにまだ大勢の同行者がいるんですが……」


 ──かまわぬ。この《星霊樹せいれいじゅ》の内部は外から見るよりもはるかに広い。湖のほとりにいる一行も連れてくるが良い。裏に馬車が通れる道もある。それに……


 巫女みこが視線を上げた。


 ──それに、あちらから向かってくる傷ついた者たちにも、早くしらせるが良い。


 その言葉にかぶせるようにピーノが声を上げた。


「シリルたちも近くまで辿たどいたって!」

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