第36話 山道の激闘、聖戦士の力

「──はいっ、ハイッ!!」


 御者席ぎょしゃせきでキアーラさんが全力疾走する馬たちをはげましている。

 荷台にだいの上からピーノが声を張り上げた。


「あと少し、この先の峠を越えることができれば、《星霊樹せいれいじゅ》はもうすぐだから!」


 その声は、後ろを走る青年医師パオロさんが操る馬車──その荷台に乗る僕たちにも聞こえてきた。

 集中し、《》の加護の力を発動させているアルバートの横で、僕が後方の監視をになっている。

 アルバートの加護の力のおかげで、敵の追っ手との距離は稼ぐことができた。特に《星霊樹せいれいじゅ》に近づくにつれて、山道が深くなっていく中、馬車や騎兵きへいが移動できる道は限られていく。

 そこで、それらの道を《》の加護の力で壊してしまうことで、追っ手たちは進むことも迂回うかいすることも難しくなるのだ。

 結果、僕たちにも余裕ができたと思ったのだが──


「キョウヤ兄ちゃん、あっちからくる!」


 トビアの声で崖上がけうえへと視線を向ける僕。

 鬱蒼うっそうと茂る木々の間を走る複数の黒い狼──魔獣まじゅうの姿が見えた。


「上から来るつもりだっ!!」


 僕は片膝をついた格好で《星霊銀ミスリルつるぎ》を構える。

 激しく走る馬車の上で立つことはできない。左手で荷台のへりつかみ、右手だけで剣を振るう。


 ──ヒュン、ヒュンッ!!


 剣から透明な刃が放たれ、崖上に姿を見せた魔獣たちを牽制けんせいする。

 僕は逃避行とうひこうの合間に、時間を取って《星霊銀ミスリルつるぎ》の扱い方の練習を繰り返していた。

 その結果、敵の攻撃を防ぐ《障壁しょうへき》と、剣を振るうことで放たれる《衝撃刃しょうげきじん》を操ることができるようになっていた。


『──あとは剣としての本当の使い方を学ばないとな。片手で扱うならラース、両手ならトモに習えばいいと思うよ』


 おれの得物えものはこれだから、と、堅い木から削り出した長い棒をクルクルと器用に回すアルバート。

 アルバートの言う通り、一人前の戦力として数えられるには、至近距離での戦いにも対応できるようにならないといけないと思う。

 今の状況だって、まだまだ情けないものだ。

 不安定な体勢から放った《衝撃刃しょうげきじん》は魔獣たちを牽制するのがやっとで、仕留めるまではいかない。

 続けざまに刃を放つが、魔獣たちも僕の単純な攻撃パターンを見抜いたのか、森の中から飛び出して崖を駆け下りてくる。


「くそっ!!」


 アルバートが《》の加護の力を発動したまま声を張り上げる。


「キアーラ、パオロのオッサン、馬車を止めろ、おれが──」

『「駄目だ、止めるなっ!!」』


 頭の上と頭の中、その双方に声が響いた。

 一拍遅れて、馬に乗った少年が森の中から飛び出し、崖を猛スピードで駆け下りてくる。


「そのまま進むのだ! 魔物まものはこちらに任せろ!!」

「ツァーシュ!?」


 束ねた黒髪をなびかせながら声を張る馬上の少年──ツァーシュ。

 その声に被せるように、馬車が目指している峠の上から、幾筋もの光条こうじょうが複雑な軌道きどうを描いて撃ち出され、魔獣たちを追尾しつつ直撃していく。


「はぁっ!!」


 ツァーシュは脚だけで馬を操りながら、両手で青白く光る《氷の弓》を出現させ、《氷の矢》を次々と放って魔獣たちを氷漬けにしていく。

 呆然ぼうぜんとする僕の目の前を駆け抜けると、今度は弓を投げ捨てて、《氷の槍》を生み出して縦横じゅうおうに振るう。


「ありがとう、ツァーシュ! というか、強かったんだね!」


 てっきり、ピーノのような頭脳労働タイプだと思い込んでいたと、僕は素直に舌を巻く。


として学んでいただけだ。もっとも《こちらの世界》に来てからは身体の調子が良いからな。《むこうの世界》では、ここまで動くことはできなかった──」


 そう言って空を見上げるツァーシュ。その口元に少しだけ笑みが浮かんでいるように見えた。

 ピーノからの指示を受け取ったアルバートが荷台の上から叫んできた。


「──わかった! ツァーシュ、馬車に並んで走れ!! 後ろの道をぶっ潰す!」


 ツァーシュが掛け声とともに馬の胴を蹴って速度を上げた、と、同時に、荷台の上に立ち上がったアルバートが全身の気を高める。


「うおおおおおーーーーっ!」


 瞬間、馬車の後ろの地面が大きく隆起りゅうきし、さらに左右の崖が大量の土砂とともに崩れ落ちる。

 ものすごい量の土煙が舞い、僕や子供たちは激しく咳き込んでしまう。


「これもまた、スゴい……」


 自慢げに胸を反らすアルバートに、子供たちの無邪気むじゃき称賛しょうさんの声が飛ぶ。

 馬車は少しだけ速度を落とし、ピーノの指示に従って、アストルたち一行が先に到着しているという峠の頂上を目指す。

 そして──


「これは……」

「うわぁ……」


 僕とアルバートは絶句した。

 山頂へと到達した瞬間、一気に視界が開けたのだ。

 眼下がんかに広がる深々とした森林に覆われた盆地ぼんち。その中央に青く輝く水面をたたええた大きな湖。

 そして、そのほとり青銀色せいぎんいろの光を放つ巨大な大樹が悠然ゆうぜんとそびえ立っていた。


「あれが……」

「ええ、間違いなく《星霊樹せいれいじゅ》でしょう」


 先に頂上に着いていたアストルが馬車に歩み寄ってくる。


「ついに辿り着きましたね」


 そう言って差し出してきたアストルの手を僕は無言で握り返した。

 背後でアルバートとピーノ、ツァーシュもそれぞれ笑みを浮かべている。


「まだ、ここから《星霊樹せいれいじゅ》のふもとまで、山を下りて二日くらいはかかるよ」


 ピーノが意地悪げに口を挟むが、その言葉をネガティブに受け取る者はいなかった。

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