オマケSS②

ミヤが魔界に来てしばらくした頃のお話


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「バターが、ない!」




 私は思い切り頭を抱えた。


 ヒイラギに頼まれたおつかいの帰り道、露店で小麦と砂糖を見かけて懐かしさのあまり買ってきたはいいが、残念ながらそれ以外の材料が全くないことに気が付いたからだ。


 計量や焼きなどは魔法で何とかなるが、お菓子作りに一番大切な卵はおろか牛乳やバターがないなんて考えられない。




「なんでよ! 小麦粉と砂糖はあるのに!!」




 そう叫んでみたものの、よくよく考えてみたものの、卵や牛乳は生鮮品だ。バターも加工品ではあるが、常温では持ち運べない。


 気まぐれな魔族が保管の魔法をかけてまで人間界から魔界に持ち込むような面倒をするなんて、よく考えればありえないはなしだ。




 小麦粉と砂糖だって、面白半分に仕入れたと言っていたのでこの先定期的に手に入る可能性だって低いのに。




「うう……作れないとわかると余計に作りたくなってきた……」




 できないとわかると、困難を乗り越えたくなるのは性分だろうか。




 私はヒイラギに声をかけるのも忘れて市場に飛び出す。


 さっき小麦と砂糖を売っていた商人は既にそこにはおらず一瞬絶望しかかったが、なんという幸運かその商人が店を広げていた場所に今まさに別の商人が小さな店を開こうと準備をしていた。


 商品と思しき荷物のなかからチラリとのぞくのは、間違いなく小麦粉の袋。




「ねえ! それは売り物!?」


「うわっ! びっくりした!」




 どこか愛らしい青い瞳をした獣型の魔族が私の勢いに驚いて、大きな耳をびくりと震わせた。




「それよそれ! その袋!」


「袋……ああ、コムギか。そうだようちの目玉商品だ。人間界では結構貴重な品らしい。水加えてこねると面白い感触がして楽しいぞ」




 自慢げな商人の言葉に、この世界では小麦粉はどうやら玩具か何かと同じ扱いらしいと知って驚く。




「ねえ、それは人間界から仕入れたのよね? 他には? 他にはどんな商品があるの?」


「ん? なんだあんた、人間界の品に興味があるのか? めずらしいなぁ」




 驚きつつも商人はどこか嬉しそうには話を聞かせてくれた。


 彼はビッグと名乗り、人間に化けては頻繁に人間界に商売をしに行っているのだとか。ヒイラギ同様に人間界を面白い遊び場所とおもっているらしく、魔界で取れた薬草と物々交換をして、小麦粉に始まる色々な物を仕入れているそうだ。




「別に金に困っているわけじゃないが、俺の薬草を喜んでくれる奴が多くてな。最初はお礼にって色々貰っていたんだが、そのうちちゃんと商売にするようになったんだ」




 人間界で薬草の代わりに仕入れた品を売っては、薬草を育てる資金にしているのだとか。


 自由気ままな魔族にしては勤勉なタイプなようで、人間に関わったり商売をするのが楽しいのだと笑って聞かせてくれた。


 優しい気性におもわず私まで優しい気持ちになってくる。




「ねえ、もし珍しい薬草を持ってくるって言ったら私の頼みも聞いてくれない?」


「お?」




 私の言葉にビッグが思いきり食いつく。




 ビッグは薬草の栽培は好きだが知識はあまりないらしく、人間界に届ける薬草も簡単な傷薬になる材料のみしか知らないらしい。


 私は毒消しになる薬草や、熱さましに仕える薬草の知識について説明した。




「へえ、そりゃあアイツら喜ぶだろうな」


「でしょう? そして私は今その種を持っているの」


「おお!」




 以前、ヒイラギについて仕入れをしているときに手に入れたものだ。


 何かの役に立つかとおもって持って帰ってきていたが、植えるのをすっかり忘れていた。




「これをあげるから、代わりに今度人間界に行くときに卵と牛乳を仕入れて欲しいの」


「タマゴ?ギュウニュウ?なんだそりゃ」


「卵は鳥の卵よ。牛乳は牛の乳。小麦を作っている人間に言えば分けてくれるはずよ。そのかわり、すぐに腐ってしまうから固定の魔法をかけてほしいのよ」


「……俺は魔法は苦手なんだよなぁ」


「じゃあ、このバッグをあげるわ。収納魔法がかかっているの。入れたものはその時の状態で固定されるから痛まないし、その荷物全部入れても余裕の代物よ!」


「すげぇ!! ああいいぜ! そんな便利なものを貰えるんなら、それくらいお安い御用さ!」




 ヒイラギに教わった魔法で作った持ち運び用の収納袋がおもわぬところで役立った。


 これはあちこちで気まぐれに品物を仕入れたがるヒイラギの荷物持ちを回避するために開発したものだが、案外便利なのだ。


 延々としゃべり続ける魔法の草も、ここにほうり込んでおけば静かなものだし。




「じゃあよろしくね!!」


「ああ。さっそく明日にでも行ってくる。楽しみにしといてくれ!」






 そうして、それから三日後にビックは約束通り人間界から新鮮な卵と牛乳を持ってきてくれた。


 それ以外にも人間界で手に入れた食材を手に入れてくれたり、魔界で同じような品が手に入らないかを調べてくれるようになったのだった。




 おかげで私は魔界でも、人間だった頃のようにお菓子を作ることができるようになった。


 バターは牛乳を加工して作れたので、昔入れた知識が本当に役に立つなぁと自分で自分に感心したくらいだ。




 思い通りになって怖いくらい。




 初めてクッキーを作ってヒイラギに渡したときは目を丸くされたけど、美味しいと大変好評で何だか誇らしい気分。


 甘いにおいに人間だった頃を思い出しながら、私はサクサクとした食感を楽しんだ。






 それ以来、ビッグは私の専属商人になる勢いで色々なものを仕入れてくれるようになった。


 まさか私が魔王城の秘書になったことで、大量の小麦粉や砂糖を仕入れるような役目を担うことになるなんて、その時はお互い夢にもおもっていなかったのだけれど……

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異世界転生して魔女になったのでスローライフを送りたいのに魔王が逃がしてくれません マチバリ @matiba_ri

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