オマケSS①
ミヤが魔王城を飛び出した頃のお話
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「ティムズよ、ミヤはいつ帰ってくると思う」
「俺に聞くな」
暗雲立ち込める、もとい薄暗い魔王城。
ティムズの執務室でげんなりとした顔をしているのは部屋の主であるティムズと、何故か自分の部屋のように居座っているアルムスの二人。
有能な秘書として魔王城を活性化させた秘書ミヤが消えて、荒れ始めている執務室の空気は重い。
ミヤが残した便利な仕組みやお菓子やお茶のレシピはあるのに、どうしてか上手くいかないし物足りない。
「あいつ、すごかったんだなぁ」
ミヤが焼いた時は匂いを嗅ぐだけで心が躍ったお菓子だったのに、形も色も同じなのにまるでただの飾りのようにそこにあるだけだ。
食べないで放置しておけば「勿体ないでしょ!」とどこからかミヤがやってきて叱り飛ばされそうな気がして待ってみるが、その声はやはり聞こえない。
紅茶だって冷めたらすぐに魔法で温め直してくれていたのに、今はすっかり冷え切っている。
自分でやるかとアルムスがすっかり冷たくなった紅茶に魔力を込めれば、ぼこぼこと蒸発して消えてしまった。
「彼女は何でもない事のように魔法を使ってましたが、あのレベルの魔法を使いこなせるなんてよく考えたら規格外なんですよ。しかも痕跡一つ残さず消えるなんて」
ティムズは深いため息を吐きながら、ミヤが作っておいた「マニュアル」と書かれた分厚いファイルをめくっている。
一度、あのスムーズさを知ってしまうと、あの二進も三進もいかない惨状に戻るのだけは嫌だとミヤの残した遺産にすがっている状況だ。
かなりの効率化を図ってくれていたおかげで、ちょっと無理をすれば何とかなるかもしれなと考えつつ、これまでこれを一人でやっていたミヤの手腕に驚かされるばかりだ。
「だよなぁ」
アルムスの方も、まとまってきた魔王軍の士気を下げない為に、やる気をなくしたメイド達に頼み込んでお菓子作りを継続してもらっている。
幸運だったのは兵士たち用のお菓子は殆どメイド達が作っていたので、ミヤが居なくなっても何とかなっている、という部分だろう。
「ただ問題は」
「ああ、問題は」
はぁと重なった二人の溜息。
そう、自分たちはちょっと気合を入れて無理をすれば何とかなる。
正直、ミヤという有能過ぎる右腕を失ったのは痛すぎて胃に穴が開きそうな状況ではあるが、所詮は宮仕え。日々の仕事に追われていれば、いずれは慣れるだろう。
「魔王様、いつ部屋から出てくると思う?」
「出てきてもらわなければ困るが……出てきたときが怖い」
「それな」
魔王はミヤが辞めると言って書き残していった『退職届』とやらをちらりと見て「くだらん」とすぐそれを燃やそうとした。
が、ミヤはご丁寧にもその退職届に魔法をかけており、燃やしても凍らしても決して破壊できないようにしてあったのだ。
ムキになった魔王はその退職届を力技で引き破き、本来なら大型の魔獣を倒すようなとんでもない極大魔法で消し炭にしてしまった。
「あいつが起こしに来るまで俺は起きないからな!!」
そう言って引きこもったのが数日前。
元より時間の感覚が鈍い魔族にしてみれば、そんなに長い時間ではないが、このままだと本気でミヤが出てくるまで眠ったままではないのかとティムズとアルムスは密かに頭を抱えている。
「ったく、アイツは何に怒ってたんだよ」
「それがまったく。取りつく島もなかった」
「ぐううぅぅ」
理由がわかればどんな手段を使ってでも解決するなり謝り倒して連れ戻すところなのだが、原因も居場所も知れないのだから打つ手はない。
「とりあえず魔界中を探させている。数日は無理でも数ヶ月もあれば探し尽くせるだろう」
「俺の方でも兵士たちを使って探させてるが…ティムズ、お前本気で見つかると思うか?」
「……」
本音を言えばティムズだって探して見つかるとはあまり思っていなのだ。
アルムスも同様だろう。
ミヤという不思議な魔族の少女は、突然かつ颯爽と彼らの前に現れた。
魔族にしてはちょっと風変わりで小さな彼女は、その見た目からは想像できないほどに器用に魔法を使い、それ以上に不思議な知識と技術で魔王城をあっという間に革命、もとい掌握してしまった。
それだけの実力者が、本気で辞めて出て行ったのだ。生半可なことでは見つからないだろう。
自由きままという表現がしっくりくる魔族たちの生活の中にも最低限守らなければならない規律は多い。
それを従わせるための労力と手間暇は計り知れない。
魔王という魔族の心をひきつけてやまない存在がいるからこそできること。
そして、魔王直属の眷属であるティムズとアルムスだからこそ、魔王が望むがままに宰相と大将軍という肩書きを背負い、その威光を使って有象無象を取りまとめていられた。
だがあまりに忙しすぎたのだ。
城で働く者達も魔王に惹かれてきたものばかりなので、指示すれば動いてはくれるが、指示をする手間も方法も全くわからない。
書類を日付順に並べる事が出来るほどの知恵があるような者は案外少ないのだ。
そしてそういう知恵がある魔族は総じて魔力も自我も強いので、魔王直属ならまだしも、その眷属の下であくせく働こうとは思わない。
あまりの忙しさにキレたティムズが下働きでもいいから多少知恵ある者を雇いたい!と言い出してほんの数日で現れたのがミヤだ。
地味で面倒過ぎる忙しい仕事にすぐに逃げ出すかと思った彼女は、ほんの数日であっというまに積まれた書類を片付け、業務改革まで成し遂げた。
小さな手があっという間に書類を仕分けして片付けていく姿はあっぱれとしか言いようがなかった。
ティムズは、瞬く度に綺麗になっていく室内に一瞬幻術魔法にでもかけられたのかと錯覚した位だ。
そんなティムズを羨ましがったアルムスがミヤを魔王軍に連れ込んでみれば、同じく男所帯特有の劣悪な環境が一変した。
自らを「秘書」だと名乗ったりと変わった存在ではあったが、魔族というのはだいたい変わっているので大した問題ではない。
もっとも重要なのはそんなミヤを魔王がかなりに気に入っていた、ということだ。
まわりの魔族たちは新しいお気に入りの一人位に思っていたようだが、眷属であるティムズとアルムスは何となくだが感じていた。
魔王自身も気が付いていないだろう淡く小さな感情の変化。
自分たちとって誇りであり自慢であり何より尊むべき魔王が、あの小さな魔族の女の子を特別に思っている。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ「ああ」と残念な気持ちが芽生えたのは一生秘密として抱えていくつもりだった二人。
まさかその相手が逃げ去ってしまうなんて。
「もう少し動いておけばよかったのか?」
「無理矢理どうこうして変わるもんじゃないだろうが」
長寿である魔族は気が長いのだ。
まだ今は無理でも、長い時間をかけて囲い込んで行けばいつかはと思っていた矢先だったのに。
「魔王様、どうやって起こすよ」
「……お菓子でも寝室に運び込んでみるか?」
ミヤが戻ってきたかと思って飛び起きるだろうか。
それとも、それがミヤの作ったものじゃない知って怒り狂うだろうか。
「……」
「……」
どっちにしても、とてもとてもめんどくさい事には変わりない。
魔王の忠実な部下である二人は深い深いため息を吐きながら頭を抱えたのだった。
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