第3話 革命の日と清算

 「ルシアナ」本土、大統領府に五千メートル上空ステルス輸送機「センレイ」から、閃光弾と電磁パルス弾がボロボロと落とされる。  

 それから輸送機は旋回し、後を追う様に鎧武者5人が降下していく。1分後、大統領府周辺をとてつもない光が包み込み、半径一キロの電子機器は音も無く活動を停止した。  

 この光は、パルスではなく閃光弾と思わせるための小さくも効果的な罠だ。この爆弾は敵の思考と行動を瞬時に止め、懐に潜り込むのには十分なキッカケとなった。  

 同時刻、「昇中」官邸にも同様の 閃光弾と電磁パルス弾が落とされ、鎧武者が6人降下していく。官邸警護の警備兵がうち一体の降下する人型を見つける。

 すぐさま警備本部に連絡しようとするが、機械は全く反応しない。男はパニックになり、空に向かって発泡。その銃声を聞き、周りの兵士も連絡を取り合おうとするが、既に官邸周辺1キロは生命反応以外の動きは無い。

「妖怪が…黒い妖怪…」

 乱射していた兵士は、その言葉を最後に脳天に銃弾を受け絶命する。

 4カ国の首領が居る建物が、同じ部隊に同時刻に襲われた。太陽が燦々と世界を照らす中、次々と切り捨てられ闇に堕ちる兵士と状況を把握できずパニックに陥る兵士たち。

 各前線でも、同じ様に神影の彫師達がこれまでの人類の歩んできた科学を無視した技術で、連合軍を蹂躙していた。その動きは、部隊の指揮官を一直線に狙い、次々と部隊の真ん中を突き進む大きな槍の様な勇猛果敢な戦いぶりで兵士たちの心を折るのは簡単だった。

「悪魔だ…我々が目にしているのは化物だ…これは化物の所業だ」

 たった1時間で、全ての戦場で連合軍は指揮官を失い、戦闘不能に陥り、混乱した。

 そして、

「何故、あの程度の人数止められんのだ。あれも【永慈】の戦力なのか!?何処に隠していたんだあんな化物!早くなんとかしろ!他の国は何をしている!」

 【ルシアナ】大統領のエゴール・ヒョードルは

部屋の中にいる部下に怒鳴り散らしていた。然し、部下も如何することもできない。できる事は大統領から離れず、いざとなれば盾となることのみ。

 侍は、地面に着地してすぐに全力で走り出し、人間離れした動きで、兵士たちとの距離を詰め切り倒していく。返り血は甲冑から滑るように全て落ちていく。落ちきる前に侍の近くにい兵士達は死んでいく。

 手榴弾やアサルトを何発受けようと、鎧武者の動きはまるで変わらなかった。

 部屋の扉が開き、別の兵士がやってくる。

「大統領、既に5人の敵兵力が官邸内部に入り込んだ模様!ここを一刻も早く出なければ、もしくはシェルターへ避難を!」

 エゴールもそうしたいのは山々だが、電子機器は不能で地下に潜ろうにも、自分の足で向かうしかない。部屋には入ってきた兵士も含めて5人の盾。

「外部との連絡は取れんのか?」

 側近は、首を横に振る。何もない壁に手を掛け何かを探す側近、カチッと音と共に隠し扉が現れる。

「まさかこんな過去の遺物に頼ることになるとはな」

 エゴールは悔しそうに隠し扉へ向かう。5人の護衛が周りを囲み階段を降りていく。蝋燭はあるが、火がないため護衛の小さな懐中電灯が小さな範囲をチラチラと照らす事しかできない。

「この先は、何があるのかわかるのか?」

「はい。20人用シェルターと退避用装甲車両が待機しています。人数はここにいる5人ですが」

「家族は?」

「ひとまずは大統領のお命が最優先です。この騒ぎで身辺警護の兵士が動くはずです。」

 エゴールは強く拳を握り悔しそうに歯を噛みしめる。

 南京錠の付いた大きな扉が目の前に現れる。階段の上部から南京錠を撃ち落とし、重い扉を三人掛かりで押し開ける。

 暗い広い空間に出る。

「クソッ明かりは何とかならんのか!これでは、何も見えんではー」

 エゴールが叫んだその時、目の前に3つの光が灯り、光を持った黒い鎧武者が三人現れる。

「撃てーーー」

 エゴールの言葉と同時に、部下が一斉射撃を始める。然し、弾が当たっても鎧武者たちは、腰を低くし向かってくる。兵士は全員がエゴールと三人の鎧武者の間に立ちエゴールは来た道を戻ろうとする。二人、鎧武者の一刀で上半身が下半身から切り離され倒れる。エゴールと二人の兵士が扉を締め、隙間から聞こえた一人の兵士の断末魔が、階段を駆け上がる足を急がせた。

「奴らは何処から入ってきたのだ!」

「わかりません!恐らくですが、官邸襲撃と同時に別働隊がここに。情報が漏れていると考えるべきです。」

「こんな暗い通路で挟み撃ちなど最悪ではないか!馬鹿が」

 理不尽は権力を持った大人の特権だ。しかし、この場面で出すものではなかった。兵士は既にエゴールに対する護衛の使命感をこの時、失った。

 隠し扉を出て、机や棚を前に置いてバリケードを作った。

「どうするんだ!護衛はあと何人残っている!」

「不明です。しかし、音がやんでいるので建物内で闘っている気配がありません。敵は刀を使います。音は出ない」

 その時、エゴールの後ろのガラスが割れ、鎧武者が一人飛び込んでくる。

 エゴールの頭を一人の兵士が抑えると同時に、いつの間にか持っていた刀を横ぶりし、二人の兵士を切り捨てる。窓から入ってきた鎧武者と側近の男が並んでエゴールを見下す。

「身命を捧げた彼らには、心から哀悼の意を」

 側近は、鎧武者の仲間だった。

「貴様!売国奴め!」

 至近距離でエゴールは手の届くところに落ちていた部下の銃を二人に打ち続けるが、鎧武者は側近の前に立ち、エゴール・ヒョードルを相変わらず見下ろしていた。

「一線を超えた貴様を人とは認めないー」

 同時刻、同じ様に【昇中】の馬忠欽国家主席も側近を殺され、6人の鎧武者に縛られていた。

「どうするつもりだ?こんな事、許されると思っているのか?【永慈】が我が国に刃向かうなど、愚行だ!」

「一線を超えた貴様を人とは認めないー」

 同様に戦争の発起人として名を連ねた4人の元首は、同時刻に自らの根城で縛り上げられた。

 鎧武者達は、小型ドローンを取り出した。5つの小型ドローンが部屋を旋回し、動画を撮影し始める。それは、ネットを通じて全世界に投影された。

「世界中の人類諸君、我々は『神影の彫師』である。我々は現在の地球上の独裁的な国家運営並びに自己保身の政治家の暴走に巻き込まれる市民を憂い、立ち上がった非営利組織である。今日を持って、この世界から暴力を根絶させるため、国家レベルの武力を掃討する、安寧への一歩目をここに宣言する。」

 テロリズムと違わぬ印象を与えかねない、一方的な主張は【永慈】以外の国民には届かない事は知っている。しかし、この一歩が【永慈】である事に、大きな意味があることを、世界はまだ知らない。

「これより、世界秩序を揺るがした大罪人4人の元首を処刑する。この者たちは、自らの手を汚さず自国民を汚し、偽りの英雄として国内の地位を確立しようとした、他人の権利を踏みにじった人の革を被った化物である。我々は、自らの罪に責任を持ち、神に許しを乞わず自らを断罪する覚悟を持った人ならざる鬼である。しかし、化物を殺すには鬼である我々にしか出来ぬこと、ならば我々は人類のために、これから先の未来の為に自らを犠牲にする覚悟を持った鬼神である。」

 人々は顔の見えぬ彼らの言葉に、理解を示すことはなかった。広場で見上げる人々は批判の声を挙げ始める。

「人類の更なる進化をここから始める。」

 そう言うと、画面の中の鎧武者達は自らの顔を曝け出した。全員が顔に深い皺を持った老人でその顔は、誰が見ても永慈人に見えた。

「我々は目的を達成するまで、消滅することはない。この世界の子供たちを護る最後の砦となる」

 そう言うと、4人の元首の首を切り落とした。映像はそこで途切れる。世界各国のリーダーは、4つの国にそれぞれ部隊を派遣し現状の調査を開始、しかし現地について更に驚かされることになる。官邸以外の街の被害はなく、各個前線も軍幹部以外の戦死者はほぼ無く、実質的な攻撃を開始していた海軍のみの被害に留まった。

 更に4カ国には、【永慈】からのボランティアで経済活動は混乱することなく、戦争の発起人達の思想が国民の総意ではなかったことが、浮き彫りとなった。世界の国は、今時戦争において謎の組織の介入によって集結したことを置いて、【永慈】が4カ国に対し攻撃をしなかったこと、支援を行い各国の国民の生活を護ったことを高く評価した。

 これを機に、4カ国は民主主義国家となり【永慈】が後見国として、4つの敗戦国は中立国となることを世界に宣言した。この時、敗戦国が属国となることを認めなかったのは極西国家だったが、その裏にはテムスの影があった。

 戦争開始直後のテムス会議室に戻る。

「想定外だな。あんな化物を飼っていたとは。やはり永慈は侮れん、東を殺したのは間違いだったようだ」

 オリバー・リストの笑みを浮かべながらのアッサリとした物言いに、周りの幹部はこの人物の底知れぬにある恐ろしさを見た気がした。今回の戦争をけしかけた張本人が、自らの落ち度をまるで気にせず新たな脅威を顕現させた。

「これから更に内偵の人員を強化します。今回の件、極西国家のみが永慈に対して対応が違ったことは、他国家との距離を作るものになってしまった。しかも、永慈は各国への支援活動も増やしてくるでしょう」

「風当たりは強まるが、気にすることはない。我々は人類を牽引する立場にいる人種だ。他の国は我々からの恩恵でゆっくりと育っていく。その速度は、我々が決められる」

 なんと傲慢、なんと下劣な品性か、しかしリストの言葉に納得する幹部は多い。

「これから先の話はー」

 一人の幹部が話始めるその時、椅子の背もたれと心臓を空間から現れた刀が貫いた。シャルルはすぐに銃を抜き、貫かれた幹部の後ろに連射する。刀の柄が現れるが、人は見えない。

「敵が潜り込んでいるぞ!」

 シャルルの言葉で、幹部たちは立ち上がるがルイーゼが、飛び苦無で一撃必殺で皆殺しにする。

「なぜだ…ルイーゼ」

 シャルルは見えない敵に、一刀両断され絶命する。

「いやぁ〜うまく行ってよかった。絵梨奈、君の覚醒は新たな世界の住人に相応しい。これから生まれる子どもたちと一緒に、安寧の地へ行こう」

「はい。東さん」

 リストは、顔を剥ぐように髪の毛を掴み引っ張ると、東の顔が現れる。

 昨夜のホテルでの一幕。ホテルで待ち伏せていたリストは、サイレンサー付きの銃を部屋の入り口に立つ東に向ける。

「リスト、待ってください!」

 ルイーゼは、東とリストの間に割って入るが、リストが銃で横に退けと命令する。

「危険だ。このタイミングでこちらに接触してくるとは随分深くまで入り込まれたものだ」

「東さんはスパイと言う訳では…内情を知っていますが、敵対する気は無いと」

 リストは、もう一丁銃を取り出し今度は二人に向ける。

「なぜ警戒しないのか。既に忠誠を失ったと解釈したよルイーゼ。君は用済みだ」

 ルイーゼは汗をかき、東はゆっくりと左手を顔の横に持ってくる。

「リストさん。お会い出来て嬉しい。あなたを見たのだから私は確実に死ぬのでしょうね。ですが、聞きたいことがあります。」

「聞く義理はない。さらばだ小さな島国の哀れな使者、ミスターアズマ」

 リストがトリガーをひこうとした瞬間、少し開いたカーテンの隙間から差し込む月明かりが、何かに遮られる。暗い部屋に一筋入るこの月明かりは、敵の接近を感知するためのリストの工夫だった。

「!!」

 リストは、東の銃をそのままにルイーゼに向けていた銃を窓の外に向けて発砲する。

「リスト!」

 ルイーゼの声にリストは全く反応せず、今度はアズマに向き直る。その時窓の外から、リストの顔の真横に刀の刀身が差し出されるようにして、部屋の中に差し込まれる。リストの動きが固まると同時に、東は左手の銃を蹴り銃口を逸らせる。  

 しかし、リストは銃を離さない。右手の銃を向けようとするが、刀がそれを阻止する様に刃を右腕に付け、リストが東に向けようとすると切り落ちる状態にする。

「Shit!」

 リストが右手に視線を落としたその時、東がありえない速度でリストとの距離を詰め、銃身を抑えるように掴んだ。

「話をしよう、ミスター・オリヴァー。あなたの一流の身のこなしに敬意を示すよ」

 先程までと東の声の質感が違う事に、リストとルイーゼは異様な不気味さを覚える。

「アズマ、貴様が永慈のフィクサーなのか?君は人か?それともー」

「聞きたいのは私です。ミスター・オリヴァー、テムスの最終目標は、地上の掌握ですか?極西国家にその器は無いように見受けられますが」

 リストの怯えたような、東に気圧される姿にルイーゼは驚きを隠せなかった。

「古代から技術や文化を生み出してきたのは、極西国家だ!小さな島国の永慈は、それを取り入れ利用したに過ぎん。誇りも何もない、只のずる賢い猿の国だ」

「それこそ奪ったものだろうに。独自の色を持った鮮やかな島は、使い方を理解して利用してきた。人間の理性が永慈ならばと本能は極西国家だろう。人間はどこまで行っても人間で、愚かだ」

「傲慢だな。人間をやめるというのか?これまでの進化は我々がいてこそだ!」

「君達こそ傲慢だよ。人間の歴史を見れば、変わるべきだと気付かねば、すべてを失う今の君のように。」

 東はそう言うと、手を横に振った。リストの首から血が吹き出し、リストは目を見開いて絶命する。

「ミスター・オリヴァー。君の最後に見たものが、次の世界の人類の姿だ」

 ルイーゼは力なくその場に座り込む。東はルイーゼの頭を掴み、目と目を平行に合わせる。

「久しぶり、絵梨奈。よく頑張ったね」

 ルイーゼの目から一筋の涙が落ちる。窓の外には、刀を鞘にしまい街に消える人影。

 永慈国の象徴がこの日、記者会見を開くことになり、世界各国から広いホールに所狭しと並べられたパイプ椅子に記者が座っている。アリーナ席にはスチールと中継用のカメラ、リポーター達がその時を待っていた。

 空は重い鉛色で、朝から雨で記者たちの肩と足を濡らしていた。

「これだけ広い会場でも、この人数だと蒸し蒸しするな」

「しょうがないっすよ。海外の連中はかなり気合入って鼻息荒いし。受付で騒いでた奴、そこに居て怖いんすよ」

 中型のテレビカメラを担いだベテランと、スチールカメラを持った若手が周りを見渡しながら話していた。

 その時、司会者が登壇し全員が一斉に一点に集中し、カメラのレンズが向いた。

 永都テレビ10年目の中堅女子アナ、喜多真尋(キタマヒロ)は台本を3日前から肌見放さず読み込んでいた。

「気合入りすぎて、失敗したら世界中に垂れ流しだぞ〜」

 いつもチクリとした毒舌が人気の、ベテランアナウンス部部長、御池友徳(ミイケトモノリ)が帰り支度をしながら、他のアナウンサー達に聞こえるように声を掛け出ていく。

「逃げるんなら言わなきゃいいのに。凄いことだよ。やりたくてもできる仕事じゃない。しかも、直々のご指名なんて見てくれてる人がいたね」

 朝の帯番組や、ゴールデン帯のバラエティも担当する永都テレビの顔、高暮紳一郎(タカクラシンイチロウ)が床を蹴って椅子を滑らせながら、真尋の後ろを通過して、コーヒーを入れに行く。

「高暮さんがやった方がいいと思ってます。私、報道長いから選ばれたんだと思ってるし、人気な子は他にいますから」

「なぁーに言ってんの。世界に発信するのに一国の小さな人気投票なんて意味ないでしょ。他の人が気にしてんのは指名ってところじゃないかな。」

 他の女子アナは少し距離を開けるようになり、部長クラスの社員はハラスメントまがいのコミュニケーションきっかけに使い、本番をある意味で心待ちにしている人間が沢山いた。

「わかってますよ。完璧に終えて私の将来安泰させます」

「現実的だね。この間まで非現実みたいな出来事取り扱ってたのに」

「神影の彫師のことですか?取材しても一向に手掛かり見つからないですし、週刊誌は都市伝説扱いで話題消費に使うだけ。まだ1ヶ月しか経ってないのに、もう話題は別の事に移り変わりました」

「でも、あの映像忘れられないでしょ。あの顔は、完全に永慈人だ」

「はい。調べ続けてはいます。片手間ですけど」

 永都テレビを出て夜道を歩く真尋、後ろから同じくらいの速度で付いて来る気配を感じる。真尋は走り出すが、路地から伸びた手に引き込まれる。手を掴んだのは、髪を後ろに団子に結んだ白人の男性。

「喜多真尋。4日後の会見、君は途中で舞台から離れろ。そうしなければ、巻き込まれることになる」

「なんですか?私は報道番組しか出てませんから、会見の司会なんてしません」

 永都テレビ以外に、4日後の会見で真尋が司会することは知らされていない。箝口令を敷くほどの徹底振りだった事もあり、情報が漏洩するとは考えにくい。腐ってもテレビ局、末端の社員でも情報の取り扱いには十分に注意している筈だ。

「私は伝えたぞ。これは警告であり脅迫ではない。時代の潮流に呑まれるぞ」

 白人男性は、そう言うと路地の奥の暗闇に消えた。真尋の後ろにいた気配も居なくなっている。

「戦争はまだ終わっていない…」

 真尋の心に、神影の彫師に対する追求心が再燃した。真尋は家に帰ると、神影の彫師の姿が初めて確認されたあの日の緊急配信の動画を見返した。

「この時、なぜ4カ国が突然戦争を始めたのか、誰も理解できていなかった。でも、戦争が終わり各国の対応の速さで最も不思議だった国が2つ…永慈とフレノサ。しかもフレノサは極西国家の中でも決して大きくはない国。なのに…」

 取材テープには、大量の物資を積んだ輸送機が小さい半島の2カ国に提供する様子が流れていた。

「永慈と同じ量の米と小麦。小麦は極西国家の主要生産品、でも米は違う。米が主食の永慈でさえあの量を支援するのに批判が出たくらいなのに。極西国家は何処から米を…」

 映像に映った、一人の男が真尋の目に止まる。どこかで見た顔。最近見た気がする顔が映像の中で荷降ろしを行っている。

「これって…」

 4日間は、大人にとってはあっという間で、当日の朝は窓に当たる雨音で真尋は目を覚ました。あまりいい状態とは言えない体調。

「泣き言なんか言ってらんない。今日が人生最高の日なのは間違いないの」

 シャワーを浴びて、クリーニングしたジャケットを羽織り、マンションを出ると黒塗りの車と扉を開ける黒服が出迎える。

 車の中には、永都テレビ社長の木女島富雄と高暮紳一郎が仕立てのいいオーダーメイドスーツで座っていた。

「やぁ、真尋くん。体調は万全かね?」

「真尋は毎日報道出てますから、体調管理は万全ですよ、社長。そのジャケット、ちょっと落ち着きすぎじゃないか?」

 ドアが閉まるとゆっくり走り出す車。数台同時に動き出す恐らく週刊誌の記者達が、つかず離れずの距離感で付いて来る。

「高暮くん」

「はい。」

 高暮は何処かに電話を掛けると、すぐ後ろにハイエースが三台割り込み、徐々に速度を落として後ろの車列は渋滞を引き起こし小さくなる。

「あんなの大丈夫なんですか?」

「そんな心配はいい。君は本番に集中しないか」

 ピシャッと言う社長の言葉に、真尋も朝の自分の言葉を思い出す。

「ありがとう御座います」

 会場となるのは、改装されたドーム型エンターテインメント施設「枢都コロシアム」。

「永慈最大のエンタメ施設、初めてきましたけど、すごい大きさ…」

「今日はその中心の一番近くに君が立つんだ。永都テレビ史上最高の栄誉だ」

「私、別に永都テレビの代表とかそう言うことは…」

 真尋の言葉を遮るように、高暮は

「社長、密室でのプレッシャーはハラスですよ。真尋ならやってくれますよ。なぁ?」

 搬入口から入ると、既にマスコミ受付には世界中から集まった記者たちが続々と会場に入っていく。それを横目に車は楽屋口の前で止まる。

 入り口には、SPが何人も歩き回り出入り口全てに二人1組で立って警備に当たっている。三人は、会場を見下ろせる展望室に通される。

「お隣には皇族の方々か。永都テレビも遂に…と言いたいところだが、同じ高さで見る事はできない。部屋を変えてもらえ。」

「はい。」

 社長の言葉で高暮は部屋を出ていく。窓際に立つ真尋の横に立つ社長。

「ここが真尋くんの晴れ舞台だ。素晴らしい景色だ。ここに私を連れてきてくれて、ありがとう」

「いえ、私は何も」

「遠慮はいらん。君の報道の働きは世間も知っている。若手のホープは今後も出てくるが、経験と若さを併せ持つ人材は会社に残ることが少ない時代だ。永都テレビは君の力でマスメディアの先頭に立つんだ」

「ご期待に添えるよう、善処します」

 高暮が戻り、別の部屋に案内される道中、ぞろぞろと人の列が前を横切る。紫蓬天皇皇后両陛下と皇族の方々、更には総理大臣に政界の大物財田幸治が通っていく。

 初めて間近で見る永慈の中心に住まう者達、その存在感に一瞬にして呑まれるマスメディアの代表三人。

「本番前に死ぬなよ…真尋。ポジティブに考えろ。本番前に御姿を拝する事ができたと思え」

「はい…お手洗い行ってきます。」

 列が見えなくなってからトイレに走った真尋を見て、社長と高暮もトイレに駆け込む。

「考えちゃ駄目なのに、失敗してあの方々に睨まれる自分の最悪を想像しちゃう。1週間、全く成功の姿が見えてこないなんて、誰にも言えない。」

 真尋は一人で押しつぶされそうになっていた。

「おーい、大丈夫か?」

 トイレの外から高暮が声を掛ける。そろそろ最終準備の時間だ。トイレの個室から出てくる女性が真尋の横で手を洗い、出ていく。

「まだかぁ〜そろそろ舞台袖に行かないと。天皇陛下より遅く行くなんて、ありえないぞぉ〜」

 いつも通りの高暮の雰囲気だが、少し焦っている気もする。声が少し上ずっている。

「おまたせしました。大丈夫です!」

 社長が真尋に握手を求め、部屋に向かい高暮と真尋が舞台袖に向かう。

「高暮さん社長と部屋に向かうんじゃないんですか?私、道わかりますよ」

「何言ってんの、君の勇姿誰が見届けて会社で言いふらすのよ(笑)アナウンス部の歴史に名を刻むぞぉー」

「そっちがそんなにやる気なことあります?」

「永都テレビのジャンヌ・ダルクの先輩として鼻が高いよ」

 話している内に、ステージ裏の前室に到着する。紫蓬天皇が真尋を見つけて立ち上がり、真尋は駆け寄る。

「この度はご多忙の中、お力添え感謝します。いつも番組拝見しています。」

「ありがとう御座います。この度はお声掛けいただき光栄です。ご期待に応えてみせます」

 天皇は真尋の手に自らの手を添えて、

「楽に、朗らかなあなたの顔が安心します」

 周りの大人達に見られながら、前室を出る真尋。一つ大きな試練を超えたような達成感を感じてしまった。

「貪欲にいけ!今、満足したら集中力切れるぞ」

 高暮の言葉で再度気を引き締める。そして、舞台に向かう。会見が始まり、感じたことのない光で前が見えない中、顔色を変えず台本通りに進行していく。

「続きまして、財田幸治様よりこの度の会見の内容について、ご説明いただきます。財田先生どうぞ」

 真尋の紹介で登壇する財田。永慈の国旗に一礼し背負う形で話始める。

「我々は、人がまだまだ幼いと痛感した。日々を彩り希望を持つ人民を、まるで無視した一人の暴君によって、国が簡単に形を変えてしまう。そんな事が人の歴史を繰り返してきた。然し、それが進化の過程であると、気づく人々もこの世界に現れ始めた。今回の戦争を食い止め惨事を未然に防ぎ、原因を祓ったそのもの達は、我々に何をもたらしたのか。これまでの歴史上、こんな事は起こり得なかったのに。我々はあの者たちと対話し、理解を深め人を次の世界の住人に出来るのではないだろうか?それが、彼らが望んだ人の理想なのだと私は確信しました。これから、永慈の象徴として大切に我々の誇りとして、持ち続けてきた志を一つにするために、皆さんの人生の時間を暇を頂戴したいと存じます。どうか、一つ一つの言葉を胸に、心臓に刻んでいただきたい」

 財田の感情が高ぶる中、その頭を狙う銃口が。

「新たな国創りをここにー」

 パンッと言う軽い音と共に、財田は後ろに倒れる。駆け寄るスタッフと騒ぎステージ上に上がり状況を記録しようとするスタッフ。

 真尋は見ていた。一連の殺人をステージ上から一人、遮るものがない位置で見ていた。

「あそこのー」

 真尋がマイクで叫ぼうとした時、財田と同じ様に頭を撃たれて息絶える。駆け寄る高暮と部屋でガラスに張り付く社長。

 会場は更なる殺人にパニック状態となり、天皇皇后両陛下と皇族はすぐ様会場を後にする。

 こうして、革命の日の市民の視点から見て悲劇的な終わりを迎える。

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ヒトトワ 〜人永遠〜 @tokiura

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