第2話 革命の日の続き

ホテルの一室、ルームサービスを口に運びながら、家から持ってきたバラエティー番組のDVDを見るバスローブ姿の人、

「東國昭(ヒガシクニアキ)」がいた。


シャルルの目の前に座るキチッとしたダブルスーツで身だしなみを整えた東、シャルルはティーカップにミルクティー、東はペットボトルの緑茶に小袋からテーブルに出した柿の種をボリボリ。


「なぜテムスについて興味を?しかも、直接私と話したいとここまで来るなんて」


「国内で合うのは良くない。噂で聞いた事をあんたに確かめたくてね。間違ってなかったんだねシュスタン・シャルルさん」


「噂なんてあるはずがない。テムスなんてものは

思想家の暇つぶしですから。」


笑いながら否定するシャルル。


「シャルルさんが居るってことは、可能性もゼロじゃないと思ったけどね。今のフレノサ情報局にあなたの席は無かった。」


「退役軍人ですから。」


「嘘おっしゃい。バリバリ現役でしょう。テムスは相変わらず【永慈】を狙っているし」


「今の【永慈】が他国の脅威を警戒するのは無理もないですが、

少なくともフレノサは狙わないと思いますよ。良き友人ですから」


「テムスはフレノサ政府の傘下組織ではない。もちろん他の極西諸国のものでもない。でしょ?」


「何を言ってるのかサッパリです。」


「オリヴァー・リスト」


シャルルの顔が固まる。この男、その名前を出すことがどういうことか、わかっているのだろうか?


「貴方は彼があの座に相応しいと思いますか?」


「東國昭さん。貴方の経歴を調べたが何も出ない。何が目的だ?」


「……地球規模の安寧秩序、犯罪組織と個人権力の消失ですかね」


シャルルは笑った。


「理想論者にかまっている暇はない」


真顔で東は、

「【永慈】は間もなく、理想郷となる。世界の、人類史上誰もなしえなかった、太平の世がくる。」


彼の目はまっすぐシャルルを見ていた。


話を聞きながら、ルイーゼは少し笑みを浮かべていた

「その東という人物は、テムスの存在を知り、

オリヴァの事も知っていた。他にもまだ情報は出てくると」


シャルルは頷き、

「今囲えば、【永慈】の動向を知るチャンスだと思ってね」


確かにシャルルの言う通りだ。相手は一見理想論者の平和ボケ極東人。今ならこちらが協力的な姿勢を見せれば、色々と喋りだす可能性もある。


「わかりました。私も会いましょう。こちらでも

東の身元を探ります。身分証の写しはありますね?」


「いや、現物だ。」


内ポケットから東のパスポートを出すシャルル。


「はぁ!?理想論者過ぎますよ。偽造ですか?」


「本物だった。【永慈】の革命とはこういうことなのか?理解できない」


二人は完全に「東國昭」という人物に興味津々だった。1人、会議室の中で聞き耳を立てる人物がいる事に気づかなかった。


イタリア・ローマの古い街並みの中に、

ひっそりと街の住人に愛されるカフェはあった。

東とシャルル、ルイーゼの三人が同じテーブルに座る。ウェイターが紅茶と焼き菓子を運んでくる。周りの客は地元の老人ばかりで、紅茶を嗜んでいる。


東は、今日は青い羽織にtシャツのラフな格好。シャルルはハイネックとウールのジャケット、ルイーゼはハイネックとレザージャケットだった。


「素敵な雰囲気です。観光客はこの店を見つけることすら難しそうだ」


東はそう言うと、少し砂糖を入れたルイボスティーを飲む。


「極東の方は、店に入るのにも勇気がいると聞きます。来てくださってありがとうございます。シャルルさんは軍退役後、悠々自適の生活を送ってますから、街をよく知っています」


ルイーゼはまず、東のもつテムスの情報を確かめることにした。


「シャルルさん、この方は?」


東がルイーゼをみながら、シャルルに質問する。全く目を逸らす様子がない。


「私が軍人時代、支援を行っていた施設で出会った子です。名はミロと言います」


「どうして、ミロさんを同席させるのですか?」


間隔無く、東は質問しその間もルイーゼから一度も目を逸らさない。


「【永慈】の文化と人に興味があると言って、どうしても会いたいというので。お邪魔ですか?」


自分のカップにミルクを入れ、かき混ぜる。

顔を解したように笑顔になり、ルイーゼを視線から解放する。


「いいえ。ミロさんがイメージする【永慈】を裏切らなければいいですが」


優しく笑う東。敵意はまったくないように見える。


東は両手をテーブルに乗せた。


「【永慈】の未来を変えたい」


少しの間が空き、ルイーゼが東に問う。


「何故【永慈】を変えたいんですか?素晴らしい国だと思います。何を変えたいんですか?」


「ミロさんは自分の立場から、自国をどう感じていますか?シャルルさんも」


これには、シャルルが答える。


「フレノサは素晴らしい国だ。美術や歌表現を国民全員で守り育ててきた。プライドや自己愛が強いと言われるが、それは全て愛国心によるものだと私は思う」


ルイーゼはシャルルを見ながら

シャルルは本心を喋っていると感じた。


東は、テーブルを人差し指でトントン叩きながら、


「流石、軍人は国を、ひいては国民を守るためにいる、愛国心という言葉はあなた達が使うためにある」


シャルルは、顔色一つ変えず


「元軍人です。」


「お二人はご友人なのですね?」


ルイーゼの不意な言葉に

シャルルは少し驚いた様子で


「違います!私は東さんとこんな話したのは初めてです。ねぇ?」


「はい。ミロさんが居るから、今日は緊張してますよ」


「何故【永慈】で行動に移さないんですか?変えたいんですよね」


少しルイーゼの声が変わった。音程を変え相手に状況を今一度理解させ、優位に立つ話術。


悲しそうに、声を絞り出す東。


「【永慈】はあと半年で様変わりしてしまう。もう外の力に頼る他無い」


この時の東は、まるで老人だった。疲れたように肩を落とし、テーブルの両手は震えていた。


「【永慈】で何が起きるのですか?何故テムスなんか知ろうと?」


「シャルル、テムスに私を引き渡してください。」


東の言葉に二人は一瞬息を呑んだ。


「ミロさん、あなたはテムスの方でしょうか?」


1拍程間をあけて、


「私は、エリナ・ルイーゼ。テムスの人間です。」


シャルルは驚く。

ーこのタイミングでのこちらからの情報解禁は早かったのではないか?東がスパイであるか如何かにせよ、今のまま東に喋らせれば情報を小出しにされる可能性がある。身柄を渡したいという真意は自分の延命を目的としたもの。その場合、東の証言は信憑性も薄れる。

こちらから、正体を明かすことで秘密の共有という共通認識が生まれ、自らが持つ情報も共有するものだと無意識に認識する可能性も。しかしー


「シャルルさん、ごめんなさい。私のせいで巻き込んでしまったみたい。東さんはあなたならテムスに関係があると考えてフレノサに来た。

でも、私はこれ以上あなたを巻き込みたくない。」


ルイーゼは新たな東との関係作りのキッカケに俺を利用した。

確かに東國昭は、【永慈】の内情に詳しそうだが

それでも彼女が彼を情報端末と考えるには早すぎる。


「テムスに君が?ありえない。あれは空想のー」


シャルルの声を無視して東は立ち上がる。

周りの視線が集まり、東は申し訳なさそうに座る。


「やっぱり実在したんですね。国境を超えた革命の同志が集まる組織。過去のイルミナティやテンプルナイツとは明らかに違う。現代の秘密結社テムス」


「東さん、あなたは正しかった。形は違えどシャルルさんはテムスに近しい人間でした。よく頑張りましたね。これからの事、私が一緒に考えます。」


ルイーゼは、テーブルの上にある東の手に自分の手を乗せた。

東は涙を流し、深く息を吐いて緊張から解き放たれたように下を向いた。


ルイーゼとシャルルは、アイコンタクトして

ルイーゼが東をホテルに送ることになった。


「シャルルさん。押しかけるようにして申し訳なかった。あなたのお陰で、【永慈】の未来をテムスに繋げることができました」


手を差し出す東國昭。

シャルルはその手を取り握手する。


「あなたの事をもっと知りたかった。国を思う気持ちはきっと同じでしょうから」


シャルルは考えていた。

ールイーゼだけに渡すのは惜しい。情報を聞き出せば、東は確実に消される。私の獲物だよ、東國昭は。


ルイーゼは、シャルルの思惑を察していた。

ルイーゼの車から降りる東。

目の前には、いかにも歴史と格式のあるホテルがそびえ立つ。

無言で見上げる東に、


「どうぞ、部屋は取ってあります。明日、テムスにご案内してお話を伺います。」


エントランスを抜け、受付を通り過ぎ

エレベーターで、最上階の部屋に向かう。


「私達が部屋に入る、また東さんが泊まる記録は何も残りません。あなたの安全は保証します。」


セキュリティカードを差し込み、引き抜くと

扉が開き、ルイーゼが中に誘導する。

部屋の中には暗く、ベット横の間接照明が床を照らしていて、そこに顔の見えない男が座っていた。


「電気は付けず、そのまま中へミスターヒガシ」


ルイーゼはその声を知っていた。

東はルイーゼを見て、


「騙したのですか?!」


「違います!私は…」


サイレンサー付きの銃が暗い部屋を一瞬照らし、また部屋を暗闇が包み込んだ。


「リスト…どうして…」


「宣戦布告だよ」


その30分後、テムス本部にて緊急会議が開かれた。

2日と立たず会議が開かれたことに、他の幹部は困惑しシャルルもまた、ルイーゼとリストがこの場にいないことに悪い予感を感じていた。

しかも、発起人はあのオリヴァー・リストだ。


部屋の明かりが消え、壁のモニターが光る。

部屋にいた幹部たちは机の下や、壁際に音もなく移動していた。


モニターを見ると、ホテルの一室で椅子に座り頭を撃ち抜かれた東と、その片足に座るリスト、横に立つルイーゼがいた。


リストの顔はいつもと雰囲気が違う。何か凄みを感じる、部屋全体の空気が重くなり、部屋の全員が着席する。


「舐められたものだ。【永慈】からのスパイによって

うちの幹部が二人も手のひらで転がされたのだからな」


シャルルは驚いて、リストの横に立つルイーゼを見る。

ルイーゼは下を見て震えている。

シャルルは立ち上がり、モニターに向かって話す。


「お待ちください。あの人はスパイではありません!何故あなたがご存知なのですか?ルイーゼから報告が?」


フンっと、鼻で質問をあしらいリストがカメラに向かって指を指しながら、


「いいや、シャルル。君とルイーゼが話しているのを聞いてしまってね。こちらで先回りしたよ」


東と会う二人の席に、サーブするウェイター。

東からコートを預かる際に、椅子の背に盗聴器を仕掛ける。


ホテルの部屋で会話を盗聴するオリヴァー。

すでに手元には、東の資料があった。


「これが、【永慈】のスパイ東國昭の資料だ。世界的にも【永慈】秘密組織メンバーを確認したのは、今回が初めてだ。」


資料には、東國昭の写真があった。伝統的な警察官の制服の格好だが、出身などパーソナルは黒く塗りつぶされている。

しかし、【永慈】の警察官学校卒業後、秘密組織【壱之助】に入り暴力団の潜入捜査を5年、その後は海外の犯罪シンジケートの流入を防ぐための秘密組織に入っていたようだ。


「どこからこの情報を?私やルイーゼが調べても全く見つからなかったのに…」


シャルルは冷や汗をかいていた。オリヴァーには、知られたくないと思っていたからだ。


「私は、このテムスとは別で古くから

私設組織を作っていたことは知っているね?これはそこからの情報だ。それに私は世界的に見ればほぼ幽霊だから皆より動きやすい。」


周りの幹部達は、シャルルを見てざわざわとし始める。


「今回は、ここにいるシャルルとルイーゼが

この東國昭の注意を引いてくれた。情報漏えいを阻止し、東の身元を使ってより【永慈】の内情を知れる。」


東の持ち物が会議室に運ばれる。

写真とペン3本、そして血に染まった手帳があった。


「内容は、カタカナと漢字を使った暗号で現在解析中。現状わかったのは、【永慈】の北座島と沖座島で進行中の人類選別の結果が、近々中央で承認されるということ。そして、あの財田幸治が表舞台に戻ってくるそうだ。」


会議室内がよりざわざわし始める。

財田幸治は永慈革命の発起人でありながら、基礎作りを終えるや否や、新たな党の若手に立場を譲り、表舞台から突如として消えた永慈の政界史上最高のバカ殿と呼ばれた男。

その信頼は、国民とは逆に政治家や海外の要人から絶大なものを得ており、現在も国内外で見えない権力を持つと噂されている。


「財田が戻ってくるとなると、国内の経済や

他国との貿易など、永慈の発展は確実です。」


「各国も、必ずあの方とラインを作りたがりますよ。我々もちょっかいを出している場合では…」


全員が口々に独り言を始める中、


「暗殺されるそうだよ。コウジは」


オリヴァーの言葉に全員が息を呑んだ。


「全く意味がわからない!誰がそんなことを?なんの為に…」


幹部の一人が、思わず声を上げたのをオリヴァーが睨みで黙らせる。


「【永慈】は戦後最も発展した奇跡の国だ。天皇という絶対的な象徴があるからだ。他国には無い。同じ人間として有り得ない。だが【永慈】は可能にしている。なぜだ?」


全員が沈黙する。


オリヴァーは笑顔になり、


「我々は財田暗殺の成功関係なく、作戦を実行する。北座島と沖座島に部隊を派遣。指揮官を排除し、【永慈】の発展を止める。」


現在、人類の経済発展エリアは4つに大きく分けられる。【アスミラ】、【昇中】、【フレノサ】、【永慈】である。数十年この4つに変化はなかったが、【永慈】の革命が始まり不安感が高まったことで、新たな太い柱を人々は探しはじめた。

広大な自然とエネルギーを持つ【アマリズ】。

人口は昇中を上回り労働力と市場規模で群を抜く【リンディア】。

マフィアが強く薬物や殺人など、治安維持が崩壊し無法地帯となった【ブレン】。

この3つは、大きな問題点があるものの

前者の4つの軸と関わることで大きな影響力を持っていた。


政治と民意が解離し始め、国境や人種の壁が薄れた現代のネットワーク社会に置いて、次のリーダーが地球規模の統一政権の主役になることは明白だった。


枢都、浮谷

「こんにちわー、柳さーん!お荷物お持ちしましたー」


宅配業者の男性。帽子を取って住人に挨拶する顔見知りの人同士普通の日常。


「いらっしゃいませー。袋にお入れしますか?」

慣れた手つきで商品のバーコードを読み取る女性。

この時間帯は、特に忙しく近くの学校の生徒が多く訪れる。彼女のレジはいつも人気で店の真ん中にある列には、多くの人が行列をなし自らの順番を今か今かと待つ。しかし、もう一つのレジには神業とも言うべき早業で客を片付けていく太った店長の男性。真ん中の列から、店長に呼ばれどんどん脱落者が出ていく。

これも普通の日常。


地下鉄でホームに入る電車を待つ車掌、線路点検と乗客へのアナウンスはルーティーンだ。

誰も気に留めず聞き流し、乗り口の両側に列を作りただスムーズに乗り降りを済ませる普通の日常。


女学生が制服で闊歩するビル街、新宿。

制服の警官が男を止めて、質問している。

「すぐ終わるから。協力してねー。ポケットのなか見せてー」

誰も気にせず通り過ぎる。男の車は、一つ先の通りに路駐している。その車は今、監視員により駐禁切符を切られようとしている。

ちょっと非日常。


「この度は、WAE航空をご利用いただきー」

ジャンボジェットの機内には、年齢も性別も人種も様々な人々がCAさんの離陸時の注意事項を聞いていたり、聞いていなかったり。

ある男は、目をつむり天を仰いでこの時間が早くすぎるのを待っていた。

「俺、トイレ行きたいんだけどー」

金のネックレスを首にかけた、見るからにチャラい男が言う。

本来なら関わりたくないと思うだろうが、CAはプロの対応をしている。

「毛布が欲しいんだけど、暖房って上げられたりしますか?あとー」

子供のベルトを締めているCAに自分のことを最優先に話すおばさん。

閉鎖された空間で、CAたちは戦っている。

そんなCAを憧れの目で見つめる少女が座っている。

こんな日常もある。


そして、日常は簡単に破壊される。

人々の携帯、渋谷の大きな画面に速報が入る。


「隣国の3カ国が同盟を結び、〇〇への侵攻を宣言」

人々が足を止め、お店や街中の画面を見上げている。全員が息を呑む。

そこに表示された国の名前が、今まさに自分の生活する国だからだ。


この国は、長らく戦争をしていなかった。

銃や刃物の所持はもちろん禁止。紛れもなく世界で最も安全な国である。


街中のすべての画面が、総理大臣の緊急記者会見に変わった。


「え〜、先程隣国3カ国による連合軍の侵略宣言が行われ、15時より特別作戦が開始されると

3国連合代表、【昇中】の王馬欣国家主席から

全世界に向け宣言されました。ー」


人々がそれぞれ家族の元へ、家へ、向かい始める。駅や車は混雑し始めクラクションが喚き散らすように至るところから聞こえる。もうそこに普通の日常は無い。


そんな中、すべての会見が切り替わり、

画面の中の人物を見て人々が再び足を止めた。

画面の中には、天皇陛下とそのご子息、ご息女が立っていた。

皇居からの生配信だった。


「【永慈】国民並びに永慈在住の皆様。私は紫蓬天皇です。先程、隣国3カ国からの侵攻が宣言されました。

我々はみなさんと共にあります。そして、この国の存続のために共に戦います。戦争による被害が世界で最も深く刻まれたこの地に、再びあの惨劇を蘇らせぬよう、私達はこの戦後を一人一人がよりよい国造りの為、生きてきました。

武器ではなく、技術と精神で世界をリードし成長してきた事実がここにあります。その成長は、先祖と今生きるすべての人々が紡ぎ続けた絶ゆまぬ努力によるものです。これからも、私達の子に【永慈】の魂と誇りを受け継いでいただきたい。

その為に、我々は今戦わねばならないのです。

この小さな島国が、今日の世界にとってかけがえのない存在になっているはず、世界の一部が我々の生活を脅かすことになろうとも、それ以外は私達の為に立ち上がってくださるはずです。

私達は一人ではありません。

なんの為の基地でしょう?なんの為の枠組みでしょう?私達は誰とも戦わない為に世界の輪に加わっているのです。

しかし、遠く離れた訪れたことのない国で命を懸けて戦う事がどんなに恐ろしい事か?

我々は経験し、学んでいます。

世界の本意も、我々は理解しています。現時点で我々の為に命を賭して戦ってくださる方がこの世界のどこにいるのでしょう?

誰かが亡くなってからでは、何かを失ってからでは遅いのです。

皇族である私達がこの国の、民の象徴として存在する意義が今発揮されるのだと分かりました。

「神影の堀師」をおよそ600年振りに復現致しました。

平安の時代から、口承で受け継いできた列島を護る力を持った私設組織です。

彼らは既に【永慈】の境界線にて、侵略者達を迎え撃つ準備を整えています。

これは、あくまで護るべきと自らの行動理念によって突き動かされた名も知らぬ人々の起こす事象です。

戦争を終えたとき、この国に住む人々が責められ淘汰されることのない、これから奪われようとする我々の平和の最後の砦です。

どうか心を一つに、命を賭して戦う彫師の勝利を願っていただきたい。

そしてこれから起こる蛮行によって、生まれた国が違うだけで犠牲者となった者達を世界中の人々と慈しみましょう。」


画面がニュース映像に切り替わる。


「現在、同盟国の各国首脳への援助要請をする為の内閣総理大臣提言案をまとめています。しかし、防衛省佐々木防衛大臣はー」


昇中北西部、済是から200Km地点。

四カ国合同作戦本部、警備部隊。


「あんな小さな国に、3カ国の連合軍で同時攻撃なんて必要あるか?上の連中は【永慈】にかなり恨みがあるのかな。」


「さぁな。漫画は好きだが、俺達も命令には逆らえないからな。【永慈】の人々には悪いが死んでもらうしかないのさ。」


「俺、【永慈】のアニメ好きなんだけどなぁ。食べ物も好きだし何より人が優しい」


「アニメなんて、今あるやつで楽しめるだろ。」


「お前、永慈国民の想像力舐めてるだろ。これからもっともっと面白いもの作ってくれるはずだよ」


「おい、中尉がいらっしゃったぞ」


「先程、【永慈】は自国防衛の為、私設武装組織を

最前線に配置したそうだ。我々は第二次世界大戦から今日まで核兵器を始めとする兵器開発と軍備増強に力を入れてきた。平和ボケの【永慈】など半日で焼け野原にしてくれる。」


「攻撃対象は、どちらになるのでしょうか?」


「3カ国連合軍は、同時攻撃で本土への攻撃を開始。自衛隊、米軍の駐屯地を中心に【永慈】経済中心の枢都、我々昇中は新首都三國に対し攻撃を加える。あの島国を植民地化し、技術と労働力を極東諸国の未来のために」


「何が極東諸国の未来だ。戦勝国の中で独り勝ちを狙って首都への攻撃を率先して名乗り出ただけじゃないか。」


「人口も軍備も、予算も今や極東No.1は昇中だ。他の2ケ国は、良いように利用されたな。」


各国最前線に作戦開始が通達され、近代人類史に残る最悪の侵略が始まろうとしていた。


「これで、良かったのでしょうか?」

皇居、天皇執務室。


天皇皇后両陛下と、そのご子息達がソファに座って居る。周りには宮内庁職員と官邸職員、リモートで総理大臣に繋いでいる。

その中に、宮野那御道がいた。


「【永慈】という国は、小さな国ですが生活水準、治安において世界で最も平和に近い国。

天皇陛下のお気持ちはこれを世界に広げたいということ。

その意志をここで途絶えさせて世界は一体どうなるのでしょう?この国の為だけでは無い。戦争を放棄してきた我々に、大陸の強国が力による支配を目論んでいる。人類は何度同じ過ちを、また人類は他人の過ちを見過ごすのですか?話し合いで変わらないのは外交を続ける中で分かりきっている。世界は暴れるトラの殺し方は知っていても、自国に犠牲が出ないよう遠巻きに、目の前の他国の犠牲は切り捨てます。

我々もそうだった。その歴史を変えましょう」


「この国を、民をお守りください。」


「命を賭して、先人たちの様に未来を、明日を守り抜きます」


ステルス輸送機の貨物室に、不気味に立つ鎧武者はそれぞれ、兜に色と形の違う飾りがある。

肌は見えず、鎧も素材は金属製で中にはボディースーツの様なものを着ているようだ。マスクのように被る兜は目の部分までカバーがついている、例えば密閉された宇宙服の様な。


「我々から攻撃はするな。必ず一人も欠けることなく戻ってくること。那御道さんが創る未来を見るぞ!」


「はい!」


若々しい男女の声が反響した。

後ろの搬入口が空への道を開け、鎧武者達を太陽が照らしていく。


開戦の合図は、降下中に鳴る予定だ。


天皇執務室から出た那御道、少し笑みが溢れる。耳にワイヤレスイヤホンを付け、前線のチームに伝える。


「作戦開始だ」


空から、鎧武者が降ってくる。滑空するように降りる鎧武者は肉眼では確認できない。


中国戦略本部、各前線基地と無線で繋ぎ開戦の知らせを同時に伝える。


「これより、極東統一作戦を開始する」


【永慈】の海上自衛隊、潜水艦が【永慈】の領海内を進む昇中と【ルシアナ】の潜水艦複数確認。


「第一戦闘配備、領海侵犯として標的に勧告」


「魚雷の発射を確認。2時方向より本艦に向かってきます。」


「取舵いっぱい、回避し勧告を続けろ」


「艦長!10時方向からも魚雷2発が本艦に向かってきます。」


「迎撃態勢、勧告は続けろ。海上ドローンで索敵範囲を広げろ。近くの駆逐艦に救援要請。」


「海上自衛隊本部から入電!特別作戦部隊が、20秒後敵潜水艦に対し電磁パルス砲による航行不能作戦を行うとのこと。それまで凌がれたし。」


「特別作戦部隊とはなんだ?聞いていないぞ。」


「天皇陛下直轄の、今時作戦のみの特別編成部隊とのこと。広域索敵続けられたし。電報以上です。」


海上保安庁イージス艦「瑞雲」オーリス海側で【ルシアナ】原子力潜水艦、【昇中】海軍主力空母と駆逐艦2隻を確認。


「海上自衛隊本部から入電。こちらから攻撃はするな。迎撃のみ行い、被害を最小限に抑えろ。特別作戦部隊が空より攻撃を行う。」


「特別作戦部隊、知らない部隊だ。どこの所属か?」


「天皇直轄、神影の彫師とのこと。聞いたことがありません。今時作戦のみの運用とのことです。」


「自衛隊も知らない、【永慈】の隠し玉か」


「いかが致しましょうか?艦長」


「我々の一挙手一投足で、この国の未来が決まる。

迎撃態勢を維持し航行。索敵範囲を広げ新たな艦影の発見に注力」


航空自衛隊基地、戦闘機は全て収容されている。

並べられた飛行機を前に、滑走路に背を向け隊員達が部隊長の話に納得がいかず詰め寄っている。


「何故、有事に我々が出られないのです。海自は戦っています!我々も一緒にー」


「駄目だ。今時作戦は我が国の非があってはけしてならん!必ず世界に【永慈】の潔白を見せる為、必要なことだ。耐えろ」


「【永慈】周辺の空路をすべて封鎖。未確認の対空防衛システムの使用により、航空兵器は使用できないようです。」


「そんな対空システムあるはずがない。我々が唯一、空の防空システムです!」


「海自も海上と海中で、迎撃態勢で待機している。我々も迎撃のみ準備して待機、以上だ。」


「隊長!」


その時、彼らの頭上を見たことがない真っ黒な飛行機が大陸に向け飛んでいった。


「あんな機体見たことないぞ。あのサイズでなんて静かなんだ。それにあのボディ」


「ステルス仕様だな。輸送型はどうしても鈍足になる。護衛機をつけなければ、撃墜されるぞ。」


隊員達はみな悔しそうに、その場に座り込む。


「我々は待機だ…」


【昇中】海軍、潜水艦〇〇。その上空1000mを飛ぶ

輸送機「シルシ」から丸い砲丸のようなものが落とされる。電磁パルス発生装置だった。その数秒後、三人の鎧武者が後を追う様に翔ぶ。


「未だ、見失った敵イージス艦更に潜水艦特定できません。追跡続けます。」


「こちらが先手を取っていたはず、何をしている。怪しい影はすべて標的としろ。どうせ日本の領海だ」


一瞬電子音が消え、水の音だけが潜水艦内に流れている。それは、近くにいたロシア海軍空母も同じだった。


「何が起きている!報告を!」


「電子機器ダウン。レーダーも操舵も不能です。現在航行停止。海上に浮上し始めています。」


「早く復旧させろ!海上に出れば居場所を教えているようなものだ。」


「浮上止まりません。電子機器ダウンでは無く破壊されているとのこと」


「まさか…電磁パルス…!」


その時、空の鎧武者が滑空体制に入りロシア空母に向かう。その際、【昇中】潜水艦上空で何かを落とす。炸裂弾が海面に落ちて飛び交う。


「我が艦の上部に穴が!隔壁閉じれず、海底に沈み始めました!艦長ご指示を!」


「ありえない…ありえない…我が国の科学の粋を集めた潜水艦だぞ!」


潜水艦、水圧に負け形を変えていく。なだれ込む海水に乗員は洗濯機の中の靴下の様に絡み合い回る。


二人の鎧武者は、【ルシアナ】海軍空母の甲板に降り立つ。

目視で認識した【ルシアナ】兵士が発泡。しかし、まるで効かない。一人の鎧武者が刀を抜き、走り出すと

兵士は叫びながら乱射するが、突然頭を撃ち抜かれ即死する。甲板に並ぶ飛行機の車輪に隠れた鎧武者が、狙撃したのだ。


現代において、接近戦は全く想定されていない。基礎体力、人体構成の理解のため、各国の軍隊は武術を学ぶことが多い。しかし、日本の侍が実践を想定した稽古とは全くの別物である。


一気に距離を詰めると、兵士の両腕と両脚を二刀で振りぬく。四肢がボトッと切り堕ち兵士は声もです地面に伏す。2分も掛からず三人を同じ様に切った鎧武者。甲板に兵士は残っておらず、二人の鎧武者は船上部のパラボラアンテナに向かい登っていく。


2つの甲冑が上へ向かう中、隙を突いて戦闘機に乗り込むエースパイロット。それに続くパイロット達だったが、エースパイロットの戦闘機がエンジン始動と同時に爆発し、並ぶ戦闘機に連鎖。甲板の上は火の海となり、パイロット達はなす術なく飲まれた。


アンテナに登りきった侍二人は、小さな黒い箱を設置する。黒い箱が赤く点滅を始め、それを目印にグライダーのような物が飛んでくる。

侍二人は、そのグライダーに飛び乗り離れる。

目視で飛んでいくグライダーを見つけた、砲手が照準を合わせようとした瞬間。辺りが真っ赤に光り、次の瞬間兵士と操舵室、アンテナと船内の砲弾庫諸共消滅した。

丸くくり抜いたように船内が見え残った兵士たちを海が飲み込んだ。


グライダーにぶら下がる侍達は、海に飛び込んだもう一人の侍を回収し、空に昇っていった。

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ヒトトワ 〜人永遠〜 @tokiura

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