ヒトトワ 〜人永遠〜

@tokiura

第1話 革命の日

2049年10月、極東の国【永慈】が50年に渡り検証された法律の是非がここ、伊壱南国会議事堂で総理大臣を含め専門家で議論がなされている。その議事堂に向かって1台の移送車が正面の警備を正式な手続きを踏み入っていく。


【現世境界法】

永慈はさらなる治安清浄化を目標とし

世界で最も安全な国のモデルケースとして

2つに国土を分けた。

一般社会が善良な国民によって営まれる本志と、犯罪を犯したものが反省し再犯率を減らす為、悪人同士の共生を強いる蛮愚。


北座島〇〇町緯北100km捨愚(ステグ)

沖座島〇〇郡緯南50kmを憐愚(ダナグ)と呼び

全国の犯罪者を3段階で分け3つの円状に分割した土地で暮らす。それぞれの土地に自給自足と

地下資源の採掘を課し外界と物理的に断絶、

アルカトラズ刑務所をモデルとして犯罪者の人権の確保と救済、模倣・再犯の抑止力を兼ねる更生地を作った。


勿論、2つの地域の内情は一般公開されていない。開始当初、外と中で互いに好奇心と欲望を手に出入り口を求める者たちも多くいたためである。


そして一般社会の本志にある各学校の授業でも、モラルリード1〜3が教材として指定され、小中高でそれぞれ道徳として習う事となった。


このモラルリードは、

犯罪心理学者や経済学者、教育学者などの他に

社会経験のある子供たちや2020年度以前の前時代型犯罪者も参加し作成されたマニュアルである。

勿論、参加者の名前や顔は一切公開されていない。


授業では、必ずステグとダナグどちらかの受刑者も体験談を語る者として学校に呼んでいた。しかし、前科者との接触を多感な時期に行うことを懸念する親も少なくない為、それも施行一年後にはリモート授業となった。


人々は【現世境界法】を、中身の見えない外側から見て50年後に判断を迫られる。

これから先の世界は、生活の中で突如として出会う犯罪という

理不尽をこの世から根絶させる事は出来るのだろうか。


「これが、今我々が暮らしているステグの成り立ちだ」

部屋にあるランタンでまだ幼さ残る顔立ちの青年の横顔が映る。彼の言葉に聞き入る少年達はふわふわの苔が生えた床に体育座りをしている。

青年は立ち上がり、少年たちの群れの真ん中を突き進み壁の突起をつかむ。


「ここはステグ、最深線部ソラトム。地上の楽園だ」

壁の2つある突起を両手で引っ張ると、突起の隙間から光が溢れ出た。少年たちは光に駆け寄り、眩しい目を精一杯広げ外の豊かな自然を見た。


「すげー、ずっとキばっかりだ!」

「オレがそだててるのもあんなにデカくなる?」

「かっけぇー!ソトいっていい?!」


口々に話す子どもたち、目の前の光景に

好奇心がメントスコーラのようにシュワシュワと溢れ出た。


「外に何があるのか、知ってる?」


青年の問いかけに一瞬の沈黙の後、「キ、ムシ!」「ヘビ、カエル!」口々に話す子どもたちに青年は指を指す。


「どれも正解で、だが不十分だ。最も意識しないといけないのがいる。何だと思う?」


「ライオン!!」


「いない」


「クマ、リラックマじゃないクマ」


「いない」


「じゃあ、ドラゴン!」


周りから「いるわけねぇ〜」の笑い声。


青年が笑顔で、

「真面目に」


皆、笑顔を消して考え込む。

(答えでなそうだな。)空気がそうなったところで、青年は短い言葉で伝えた。


「大人だ」


少年達は意外な言葉に、

「おとな?」


「真下を見ろ。生き物がいる」


少年たちが窓の外を見下ろすと、

裸の男女が揺れていた。


「なにあれ?キモ」

「なんでワラってんの」

「ユレてワラってる」


皆、外を見ているがさっき迄とは違い

怯えと恐怖、困惑が見える。

一人を除いては。


「閉めて。話の続きをするよ」


皆が窓から離れ席につく。

一人の男の子が窓の外を周りにバレない様に覗きながら閉めようとする。

窓を閉めようとする行動に気づき、もう一人ももう片方の窓を閉める。


後から閉めに来た男の子が、外を横目で見る

男の子を見る。

嬉々として目を輝かせ、顔全体には出さず

目だけはその光景を脳に焼き付けるように

見ていた。


初めて見る生き物の強い意志を持った目に、

あとから来た少年は、恐怖を覚えすぐに皆と青年のもとに駆け寄る。

部屋はまたランタンの光だけになった。


月に照らされる塔のてっぺん。

天窓から降り注ぐ月明かりは、部屋の中央にある円形のベッドに座る青年に光の柱を降り注いでいた。


ベッドから二段下がったフロアに見た目が20歳後半から35歳位の4人の男女がいる。

右から、筋肉質で短髪の〈斗真〉、フリルワンピースで長髪黒髪の〈快璃〉、ノースリーブワンピースでショートボブの〈緋奈〉、色白パーマの〈紫龍〉。


みな違う服装ではあるが、白色とシアー生地の部分があるという共通点がある。


斗真が、ベットの上で上裸の青年に話しかける。

「子供等の成長はいかがですか?私達の子は元気に学んでいますか?」

父親の顔だ。それを横目に見て、ムッとする緋奈と紫龍。


紫龍が口を開き、

「そんなこと聞いてどうするんだよ。

何か違和感のようなものは現れ始めましたか?」


青年はほくそ笑みながら、それぞれに答えた。


「斗真。みなとても健康だ。身体的にも思考的にも成長している」


その言葉を聞いて、笑顔になる斗真。

「紫龍が心配するのも当然だ。今日、初めて下界を見せたよ」


その言葉に、4人の息が詰まるのが分かる。

青年は反応を楽しんでいる。

「あの、子どもたちは…」

快璃は青年の言葉を待っている。自分がほしい言葉が彼の口から出てきてほしい。


「二人、皆と違う行動をした子がいた。27人目の次世代を見つけたかも」


「どの子ですか!うちの子ですよね!」

紫龍が興奮気味に話す。


「私達の子はこれまで14人だからまたうちよ」

快璃は緋奈と斗真を見ながら言った。


「やめないか、快璃。私達に優劣は作らない。いつも言ってるだろう。そうでしたよね?那御道様」


斗真が青年に向かって笑顔で話す。


青年〈宮野那御道〉優しく頷く。

それぞれの目を見て話す。彼の目は見られると

目が離せなくなるような何かがあるようだ。


「快璃、斗真、緋奈に紫龍。君達は人類史上誰も

した事がない異業を成し遂げようとしている。

素晴らしいよ」


4人とも笑顔になる。

緋奈が初めて喋る。

「会えませんか?」


三人が睨む。緋奈は目を背け、那御道はベットからゆっくり降りてシアーのシーツを引きながら降りてくる。

4人が正座して目を伏せる様にうつむく。


「緋奈」


ビクッと声に反応する緋奈。

前を見るとゼロ距離に那御道の目がある。


「なんで?緋奈はどうしたい?」


緋奈は「あ…ぁ…」と言葉が出ない。

「名入の儀式は延長する。」


その言葉に、三人は顔を上げるが那御道を見て

すぐにまた目を伏せる様にうつむく。


那御道はベッドに戻る、その際シーツが緋奈に覆い掛かるが緋奈は動けない。シーツがベットにかかる頃、ようやく緋奈の顔からシーツが取れる。しかし、ベットに那御道は居なかった。


緋奈は息を長く止めていたかのように「はぁはぁ…」と呼吸をする。


「何故だ」

斗真の低い声が響く。そのまま三人はそれぞれ部屋を出ていき。緋奈だけが泣きながら床に突っ伏す。


白い部屋。少女達はそれぞれ思い思いに遊んでいる。その部屋に快璃と緋奈がいる。


「あなたの為に他の人が迷惑する事に何も感じない?」


「ここではやめて」


小声で話す二人。昨日の事を快璃は緋奈に怒っている。


「真面目振るよね。緋奈は。初めて会った時からそう。そういう人が案外ー」


「周りを見て」


緋奈の言葉に、快璃が周りの視線にようやく気づく。少女達はそれぞれの事をしながら、快璃と緋奈を見ている。


「かいちゃんとひーちゃんがケンカしてる」

「ケンカはダメなコだよ」


口々に話し出す少女達。

「ゴメンね。もうみんなの前でしないから」

快璃は笑顔で皆に言うが、


「ワタシたちのマエじゃないと、またするの?」

一人の少女が無表情で、緋奈に聞いた。

「ううん。しないよ。」

緋奈が笑顔で答えると、少女は快璃を見た。


少しの間が空き、快璃が口を開こうとすると、

少女は行ってしまった。

周りにいた少女達もそれぞれ遊び始める。

昨日の少年達とは部屋の雰囲気がまるで違う。


部屋の扉が開き、斗真と紫龍が入ってくる。

少女達が男二人に集まって遊んでとせがむ。

紫龍はアイコンタクトで、緋奈と快璃に部屋を出るように伝える。


女二人は反対側のドアから出ていく。

この一連の状況をつぶさに見ていた少女が部屋の片隅に一人、入ってきた男の近くに集まりながらも確認していた二人、いた事に大人は気づいていない。


部屋を出た快璃と緋奈。

「最悪。もうホント最悪。紫龍と斗真が来てくれたから良かったけど。」

快璃は緋奈に対して言っている。

だが、緋奈は気づいていないフリをする。


「あの子、私達の反応を見てた。自分の投げ掛けで私達が何を考えているのか知ろうとするみたいに…」


「なんで…選ばれたのが、あんたなの…」


「私が適当だと思って選びました」

那御道が通路脇から出てきた。

今日は、紺の光沢のあるスーツ姿だ。


「那御道様!申し訳ございません。否定している訳では…」


「分かっています。快璃は素直でいい人だ。緋奈も優しくいい人です。二人は一見正反対のキャラクターですが、とても良い魅力をお持ちです。子どもたちは大人を見ます。大人は子供を見失ってはいけない。この世で一番大切な存在ですから」


那御道は二人の横をすり抜けるように歩いていく。

後ろ姿は何か嬉しそうだった。


ある部屋で那御道が地べたに座りながら、本を読んでいる。扉が開き、誰かが顔を覗かせる。


「どうしたの?」

那御道は顔を上げずに言った。


「キョウのホウコクで…」

緑の芝生の上にゴロッと寝転がる那御道。その近くに少女が一人ペタっと座っている。


「報告なんて、硬い言葉使わないでいいよ。いつものお話の時間だよ」


「カタイ…?はい。今日もみんなとアソんでいて

植物のカンサツと絵をカきました。その後、部屋にみんなでいたらかいちゃんとひーちゃんがー」


「嫌な事は思い出さなくていいよ。でも、見てどう思った?」

起き上がって少女を見つめる


「私は、あんなのイヤです。みんなとナカヨクしたいです。だってみんないい子だから」


「うんうん。美麗(ウララ)もいい子だよ。よく気づいたね!私も嫌なんだ大人の争い」


「アラソイ?」


「うーん。相手を傷付ける事かな」


「痛いことキライ」


「痛みだけが傷付くこととは違うんだ。言葉難しいよね。もっともっと勉強して、知っていこう!そして、嫌いなものを無くしていけば、みんな幸せになれる!」


「うん!」


扉が開いて少年が入ってくる。

那御道は、少女の耳元で、

「美麗(ウララ)はみんなのとこに戻っていいよ」


「うん」


少年が歩いてきた方向とは逆に少女は向かう。


「蒼空(ソラ)。来てくれてありがとう」


扉が閉まり少女は足を揃えて立ち止まり、扉にもたれ掛かる。

「ソラ…ね」

天井のライトを眩しそうに見つめ笑う。


大人しそうな男の子、

「今のコ、那御道クンのトモダチ?」

「違うよ。ていうか、もう私達しかいないんだし

フリはいいよ。蒼空」


那御道の隣に座り、那御道の本を手に取る、

「那御道さんらしくない。何であの子と俺を

会わせたの?」


先程、とは打って変わって強い意志を感じる話し方。年齢とそぐわない感じがする。


「偶然だよ。それに挨拶もしてないでしょ」


「嘘だね。あの子俺の名前聞こえてたよ。ねぇ、俺にもあの子の名前教えて。不平等だよ」


「それは大変だ。でも、あの子は教えてって言ってないよ?蒼空に教えたらそれは不平等じゃない?」


「じゃあ、僕が外出る直前に独り言で言って。」


「分かった。じゃあいつも通り」


「やっぱり、あの子興味がかなり外に向き始めて

行動にも現れてます。多分、次の休暇で外に出そう。止めないと」




「君も行くんだ」


「えっ!!」


「仲間を一人で行かせるの?止めても好奇心の原因を無くさない限り続くよ。君も止めると言ってもやり方わかんないでしょ?」


「那御道さんに声を掛けて貰えば…」


「私は、外を見ることが駄目だとは思わない。

経験として、皆にはそろそろ外を見てもらいたいとも思ってるよ。」


「でも、外でしたいことなんて俺には…」


「見るだけでいい。色々見て判断の材料として

経験を積むことが目的だから。」


「将来、俺達はどうなるんですか?境界線の内側にはどんな人たちがいるんですか?」


「境界の内は最悪だよ。自由は無い。カーストと

モラルの押しつけで世の中をコントロールしてる。疑問も持てない。あの中には更にもう一つ境界線がある。そこには人類のひと握りの者たちが暮らす地上の楽園があるという。」


「地上の楽園…」


【永慈】元首都「枢都」、首都を「三國」に変更してからは

「霞の座」にあるビル群の真ん中一帯は、

一般の人は立入禁止となっており、極秘の研究施設として巨大な白い壁で閉ざされている。


更に、人工衛星からは見えないよう電波遮断機を使用し真っ白な一枚の板に見えるだけ。

しかし、実際はこの建物に天井は無く大きな升のようになっている。

勿論、周囲にこの壁の中を覗けるような高い建物は無い。


その中には、【永慈】の中枢を支える官僚とその女たちが棲みついている。


「ステグとダナグ、実験の成果を発表する期日が3ヶ月と迫っておりまして、両境界内施設への訪問が決まっております。」

女性秘書から、説明を受ける官僚は仕立てのいいスーツを着てソファーに座りながら話を聞いている。


「君も来てくれるのかな?同行者の選考は任せる。境界を我が国領土の両端にしたのは色々な

要素からだが、やはり面倒だな。各地を地域復興支援という名目で、出張出来るのは良いが」


「選考はお任せ下さい。現在、官僚の数は

定数制で全国に4万人。政治家は各都道府県に7人ずつ、首都三國の国会議員は70人と定められ、この制度は国民の95%が賛同、現在の政治に批判の声は上がりにくくなっています。AIによって、国民の総人口幸福度算出を導入し政治への国民の関心は一定数で安定し、幸福度と並行となることが証明された。勿論、この成果は公に発表されていませんが、国政を司る官僚にとってこの研究は革命的でしたね。全て作り上げたのは、国家全人幸福化計画の立案者で元総理大臣の財田先生。あなたの功績です。」


「ありがとう。だけどいつまでもここでゆっくり余生を過ごさせてはくれないだろう。あの例の管理者。これまでの説明は全て、あの施設を出てからの大人の再犯率と、施設ができてからの犯罪抑止力のデータを出す程度だった。」


「それが目的では?」


「あまりにデータは少ない。施設内は?どういったカリキュラム?当初はその説明があったが、それが実際に行われた事実は?

数年に一度、あの施設から釈放される者たちを見た事があるか?

確かに再犯はない。たが、彼らの仕事ぶりや人とのコミュニケーションには明らかに熱がない。心は何処か遠くにある気がした。」


「洗脳ですか?」


「宗教的なものかもな。信じ込ませるということはとてつもない威力だよ。人間を道具にできる」


「では、今回の訪問で…」


「施設内部の調査と脅威の排除。勿論名目は視察だ」


「各所に連絡し準備させます。」


「内密にな」


女性秘書【美濃鈴】があり部屋を出る。

部屋は静かになる。

「怪しいものは消せ」


柱の影に人影が。

「御意」

そう言って消えた。


「あぁ〜〜ありがとう。那御道くん」


ソファーに寝転がる【財田幸治】。まるで間抜けな猫のよう。ソファー近くのローテーブルの小さなベルを足で器用にはさみ鳴らすと、水着の女の子達が財田に向かってキャッキャと向かってくる。



EU連合・外部情勢特殊調査局【テムス】


「【永慈】の狙いはなんだ?この疑問に全く手掛かりが掴めぬまま、何年たった?結局全員が据え置きの同じ顔を揃えてこのざまか?」

会議室の一番奥、局長の席に座るのは

現外部情勢特殊調査局長の、

オリヴァー・リスト(53歳)は厳しい眼差しを

部屋にいる12人に向けている。


リストから見て右側の手前から2番目の女性、


「しかし、やることはやっていますよ。我々からは海洋調査の技術と士官を作戦に導入しましたし」


「我々も任務についている、活動中の特殊捜査員以外はこっちに回しました。人数は一番多いはずです」


「我々は1枚岩。皆、あなたに叱責される為に集まったのではない。最新の情報で【永慈】に動きがあったのでしょう?次の指針を。」


「これまでに【永慈】に向け、269人の特殊工作員が投入されたが、全員が作戦続行不能となった。こんな事は【テムス】発足42年で初めての事だ。」


「ですが、そのうち90名は事故死です。現在の【永慈】において外国人渡航者は前歴あり、もしくは退役軍人はスパイ候補として監視対象です。無理に動けばこのような結果になる。他の179人も半分以上が本国に帰還し家族の元に帰ってきています。【永慈】とは関係のないテロに巻き込まれた者もいる。」


「だが、そのテロや事故で【永慈】国民の犠牲者はゼロ。全て国内で起こっているのに、だ。」


「今、【永慈】は改革真っ只中。危機管理と意識改革は一般市民も高い水準です。流石、地震と周辺国家の脅威に常に晒されているだけのことはあるりますよ」


「改革前は平和ボケした国だったはずだが、

我々もそのノウハウを教えてもらうために今回の作戦が始まったはずだったが…」


「【永慈】は今までも世界の良心的なパートナーだった。改革が起こったことにも驚きだが、その後が全く見えないのが尚不気味だ。ただ単に国内から広げる世界の安全保障の試みだけとは思えない。」


「表向きでは、他国との外交はこれまで通りなんの問題もなく進んでいます。世界の人々は全く気づいていない。あの国の変化に」


「我々もその変化の正体を見破れてはいない。

AIや兵器開発とは違った、何かが【永慈】の北座島と沖座島で起こっている。」


「確かめるために、第三国に働きかけてみた、

連中はあの小さな島の、文化や技術を奪ってでも欲している。近代において未だそのような考えを持っていることに、驚きと呆れを隠しきれないが、これを利用する。目に見える【永慈】の力を知るには、危機的状況を作り出すのが手っ取り早い。そして、混乱に乗じて我々は懐に入り込むと。」


「いつもあなたの行動力には驚かされる。でも処理係は大変ですね」


「うちはそれしか出来ませんから。皆さんには安心して表舞台で戦っていただきます」


ウクリナ国所属、最年少でこの調査局幹部に

入ったエリナ・ルイーゼ(26歳)。

明らかにこの部屋で、異彩を放つ彼女は

老練な幹部達に影でこう呼ばれていた。


「リストの心臓」


互いにあくまでも、【テムス】の仲間としつつ

周りから見える明らかな距離感の近さは、

愛人としての噂が生まれるのに十分すぎる材料となった。

また、周りからの眼が厳しいのは、いくら組織の後始末をする実働を受け持つ部隊とはいえ、

明らかに報酬や待遇が優遇されていたからだ。


ルイーゼいわく、

「我々が実働数に比べ、損失が最も少ないのは

日々繰り返す訓練の賜物であり、上澄みだけをすくった評価など、我々への侮辱と暴論に他ならない。認めないなら変わってください。

私達以外ならそれこそ実働部隊は全滅で【テムス】も終わりです。」

だそうだ。


会議が終わり、幹部たちはぞろぞろと会議室を後にする。


「ルイーゼ!ちょっと時間いいか?」


ルイーゼがリストを追いかけようと足を踏み出した瞬間、声をかけられ振り返る。


青いシャツの上からでもわかる、筋肉の

盛り上がり。フレノサ国の元陸軍将校

シュスタン・シャルル48歳だ。


「何かご用ですか?シャルル」


「実は、君の目で見極めてもらいたい男がいて」


「なぜ私なんです?シャルルさんのほうが

数多の経験から見極めることが得意ではないですか?」


「相手が相手でな、一筋縄ではいかない。

私自身彼を目の前にし、言葉をかわしても全く何も見えなかった」


「あのシャルルさんがわからないなんて、

どんな人なんです?」


「【永慈】国の人間なんだ。」

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