後編
「はぁ……はぁ……」
心が折れそうだったが、止まるわけにはいかない。
「次は腕だな……」
俺は上腕部分にノコギリの刃を当て、動かし始める。
首を落とすより抵抗は薄かった。
順調に肉を切っていく。
しかし、途中でノコギリが止まった。
骨に当たったらしい。
首と同じようにノコギリで骨が断てないかと思った。
しかし、血と脂のせいでノコギリの刃が滑り、骨が断ち切れる気がしない。
暑さと虫に
そのおかげで躊躇いが消える。
俺は自分自身の死体の腕を掴んで捻った。
嫌な音がして、腕は完全に胴体部から離れる。
「まずは一本だ…………!」
もう目の前の死体を自分のモノだと思わないようにする。
次に左腕もノコギリで肉を斬り、最後は捻って骨を外した。
少しだけコツを掴んだ。
しかし、次が大変だった。
足の骨は腕より太く、切断に倍以上の時間を要した。
体力も消耗し、通気性の悪いレインコートのせいもあり、脱水症状になり始めている。
「こんなことなら水を持ってくればよかった」
水分補給をできる物は何もない。
夜とはいえ、夏場なのだから飲み物を持ってくるべきだった。
「いや、そんなことまで考える余裕はなかったな…………」
それでも、どうにか四肢をバラバラに出来た。
俺は掘った穴に手足を放り込んだ。
最後に胴体部分を入れるが…………
「くそ、なんで入らないんだよ…………!」
胴体部が大きすぎて、穴から出てしまった。
「そうか、分かったよ! やればいいんだろ!」
俺は一旦、胴体部分を穴から出す。
そして、胴体部分をバラバラにする為、腹部にノコギリを入れていく。
「うっ…………!?」
悪臭にも慣れてきたと思ったが、腹部を開くと今までの比にならない悪臭がし、意識が遠くなる。
「これが人間の内臓の臭い…………」
俺はまた嘔吐した。
さらに気持ち悪くなるが、もう休んでいる時間は無い。
僅かに空が明るくなってきた。
悪臭に耐えながら、内臓を包丁で分断し、穴の中へ放り込んでいく。
バラバラになった胴体は穴に納まった。
「やった…………!」
達成と安堵を感じた。
自分自身の死体を隠蔽するという狂気で俺の精神はおかしくなっていたのかもしれない。
最後にキャリーバッグまで行き、猫砂を取り出した。
そして、穴の場所まで戻る。
まずは死体を解体する際に体液が流れた部分の土を穴の中へ入れる。
その上から猫砂を入れ、さらに残った土を穴の中へ入れた。
「やった…………!」
俺は自分自身の死体の隠蔽に成功する。
終わってみると呆気なかった。
あとはこの死体が見つからないことを祈るしかない。
「さて、帰ろうか…………」
手袋を外し、レインコートを脱いだ。
そして、ノコギリや包丁を片付ける。
「…………あれ?」
ノコギリを持ったところで俺の体は動かなくなった。
初めは疲労のせいだと思ったが、金縛りを受けたように全く動かない。
さすがにおかしいと思っていると、
「お疲れ様です、俊輔君」
声がした。
俺は誰かに見られたと思ったが、辺りに人の気配はない。
「私ですよ、加奈子です」
その声は誰の者でもなく、俺自身が発しているものだった。
もっと正確に言えば、今の俺の体、加奈子の口が勝手に動いているのだ。
「ど、どうして? お前は俺の体に入って、死んだはずじゃないのか!?」
「それは俊輔君の勘違いですよ」
「勘違い?」
一つの体、一つの声で会話が成立する。
「私は俊輔君の中になんていません。私はずっとこの体、私自身の体にいました。俊輔君が非力な私の体で俊輔君の体だったモノを必死にここまで運んだこととか、さっきまで必死に自分の身体を埋めようとしていたこととか、全て見ていました」
加奈子はクスクスと笑う。
俺自身が笑っているような感じがして、頭がおかしくなりそうだ。
「一体どうなっているんだ!?」
「俊輔君に突き刺した包丁、あれは俊輔君を殺す為のものじゃないんですよ」
「は? どういうことだ?」
「あの包丁には私の村に伝わる『呪い』がかけられていたんです。私の好きな人の人格が私の中に入って来る。そういう呪い」
「呪いだって? そんな馬鹿なことがあるか!」
「現に俊輔君は私の体の中に入っているじゃないですか?」
「…………」
それを言われると何も言えなくなる。
これほどわかりやすい『論より証拠』もあまりないだろう。
「それにしても俊輔君は酷いですよね? 私と付き合っていたのに、望美さんとも付き合い始めるなんて…………」
確かに加奈子の言う通りだ。
俺は加奈子と付き合っていた。
でも…………
「お前は重いんだよ! 朝には「おはよう」って連絡してくるし、それをスルーすると怒るし、夜は絶対に電話をしてくるし、俺がサークルの飲み会とかに行くって言っても証拠を見せてって言って、写真を送るように言ってくるしさ! 俺はもっと軽い付き合いがしたかったんだ!」
「そういう愚痴を望美さんに言っていたのですか?」
「………………」
「私がこれだけ気を付けていたのに浮気をされるなんて驚きました。それにまさか、私と俊輔君が付き合うように色々としてくれた望美さんが裏切るなんて想像できませんでした。私は望美さんのことを親友だと思っていたのに残念です」
「親友? じゃあ、なんで親友だと思っていたのに殺したんだよ!?」
加奈子の部屋のクーラーボックスの中にはバラバラになった望美の死体が入っていた。
それだけじゃない。
昨日、神社に呼び出されて初めに見せられたのは望美の生首の写真だった。
それを見せられて、俺は腰を抜かしたから、昨日、何も出来ずに殺されてしまった。
「それは望美さんに『俊輔君と別れてほしい』って頼んだのに聞いてくれなかったからですよ。本当に残念でした。殺したくなかったのに…………」
「殺したくなかっただって? じゃあ、お前の部屋にあったものは何だよ!」
ノコギリに、クーラーボックス、猫砂、それに薬剤もあった。
殺してから買ってきたのは思えない。
「念の為だったんですよ。私の頼みを拒否したら、仕方ないなぁ、って思っていたんです。あっ、そういえば、俊輔君がノコギリを見つけたところと同じ場所にボルトクリッパーもあったんですよ」
「ボルトクリッパー?」
「大きなハサミみたいな奴です。鉄なんかを切断できるので人間の骨なら簡単に断ち切れます。それを持ってくれば、もっと楽に俊輔君は自分の死体をバラバラに出来たのにね」
そんなものまで用意しておいて殺すつもりは無かったなんて、信じられるわけがない。
「加奈子、お前のせいで俺の人生は滅茶苦茶だ!」
「それは俊輔君が私を裏切ったからじゃないですか?」
「………………」
「望美さんから聞きましたよ。俊輔君の方から望美さんに告白したんですよね?」
「…………だから何だ?」
「開き直るんですね」
「ああそうだよ。俺の方から告白した! 加奈子は束縛が強いから、望美みたいに気軽な付き合いが出来る奴と付き合いたい、ってさ! お前が悪いんだ! 大学生になってちょっとそれっぽいことをしたかったのにお前みたいな奴と付き合ったのは失敗だった! 俺は遊びのつもりだったのにお前は本気にしてさ!」
「私のこと、好きじゃなかったんですか?」
「別にヤれれば、誰だって良かったさ! 大学生になって童貞なんて恥ずかったし、それにお前みたいに内気で断らなそうな奴なら、俺でも行けると思ったんだ!」
「………………」
「分かったら、消えてくれ! お前のせいで俺はこの後、望美の死体もどうにかしないといけないんだ! 全部、お前のせいだ!」
「全部、私のせい? 俊輔君に落ち度が無いって言い切るんですか? 俊輔君が金欠だって言ったから、私、三十万円近く貸しましたよね? それにデートだって、私がいつもお金を出していましたよね? 俊輔君の望むことは全部してあげたと思います」
「お前みたいな陰気な奴に彼氏が出来たんだ、三十万くらいなんだって言うんだよ! デートではお前を楽しませようとした。だから、デート代くらいで文句言うなよ!」
「………………」
「分かったら、さっさとこの体から出ていけ。これからは俺が桂加奈子として生きていく! お前は死ねよ!」
「……言われなくても私は死ぬつもりです。人を二人も殺して、生きている資格はないと思っていますから…………」
「良く分かっているじゃないか、だったら早く…………」
「でも、生きている資格が無いのは俊輔君もですよね? あなたは私も望美さんも裏切ったクズです。けど、私はそんな救いようがないクズな俊輔君を今も愛しています。――――だから、俊輔君も一緒に死にましょう?」
「は?」
俺は体の制御が全く出来なくなった。
身体が勝手に動き、握っていたノコギリが
「おい、嘘だろ!? 自分の身体だぞ!」
「大丈夫、一緒だから怖くないですよ」
それが加奈子の最後の言葉だった。
あいつは躊躇いなく、ノコギリを引く。
ノコギリが加奈子の首を切り裂き、派手に血が噴き出す。
意識は一瞬で遠のき、そして、目の前が真っ暗になった……………………
『次のニュースです。○○県○○市の○○神社付近の山で男女の遺体が発見されました。男性の遺体は損傷が激しく、身元の特定が出来ておりません。現場の状況から女性が男性を殺害した後、自殺したと見られています。警察は死亡した桂加奈子を被疑者死亡のまま書類送検する見込みとなっております。また、桂加奈子容疑者のアパートから切断された女性の遺体が発見されており、遺留品から同じ大学へ通う西園寺望美さんである可能性が高いと見られています。関係者によりますと両者は男女関係のトラブルを抱えていたらしく、今回の事件の要因になったのでは、という見解が出ております。先ほども述べましたが男性の身元はまだ特定されていません。しかし、桂加奈子容疑者の恋人で現在行方不明になっている伊藤俊輔さんである可能性が…………』
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〝俊輔君、これでこれからはずっと一緒ですね〟
【中編】俺は俺の死体を隠蔽する。 羊光 @hituzihikari
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