中編

 俺は運が良かった。


 誰にも会わず、加奈子のアパートへ到着する。


「助かった……」


 体力の限界だった。


 玄関で倒れ込む。


 このまま眠りたい、と思ったが、雨のせいで体に張り付いた服、それに血や汗、泥の臭いが不快だった。


「シャワーを浴びないと……」


 何とか身体を起こし、部屋へ向かった。


「…………」


 部屋の中に入ると見慣れないクーラーボックスがあった。


 大きく息を吸い込み、覚悟を決めてからクーラーボックスを開ける。


「…………」


 中身は予想通りだった。


 そのクーラーボックスの中に血の付いた服を投げ入れる。


 そして、シャワーを浴びて、身体の汚れを洗い流す。


 必死で気付かなかったが、体中を擦りむいていて、お湯が傷に染みた。


 浴室から出て、なれない女性用下着を着けてみたが、落ち着かない。


 結局、下着は脱いで、部屋に干してあったスウェットを着てから、ベットに倒れた。


 俺自身の死体をどうにかするにの夜だ。


 今は体力を回復する為に寝ないと…………


 そう思ってベッドに入ったのに全く眠くならなかった。


 俺自身の死体や部屋のクーラーボックス。

 落ち着けるはずが無い。


「そうだ……」


 あることを思い出し、加奈子の部屋を物色する。


 加奈子は不眠症で、睡眠導入剤を常備していたはずだ。


「あった……」


 睡眠導入剤は机の引き出しに入っていた。


 水で睡眠導入剤を流し込む。


 そして、もう一度、横になるとすぐに眠気に襲われた。





「…………!?」


 目が覚めた時、外は真っ暗だった。


「時間は!?」


 時計を確認すると午後7時を過ぎたところだ。


 十時間以上、寝てしまった。


 しかし、そのおかげで良い時間だ。


「出かけたいが、その前に何か食べたい……」


 丸一日何も食べていない。

 昨日からの運動で空腹は限界だった。


 キッチンの戸棚を確認するとカップ麺が残っている。

 手早く湯を沸かして、カップ麺に注いだ。


 空腹のせいだろう。

 食べたカップ麺はとても美味しく感じた。


 食欲を満たして、動きたくなくなってしまうが、そうも言っていられない。


 俺は部屋の中を物色し、使えそうなものを片っ端から旅行用のキャリーバックに入れていく。


「………………」


 俺はその過程でノコギリを発見する。

 これが何に使われたかを想像し、クーラーボックスの方を見てしまった。


「なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだよ……!」


 声は震え、泣きそうになる。


 しかし、止まるわけにはいかない。


 このままだと俺は破滅する。


 そうならない為に行動しないと…………!


「よし行くぞ……!」


 使えそうなものをキャリーバッグに詰め込んで、アパートを出た。

 時刻はすでに午後9時近い。


 夜でもやっている総合ディスカウントストアに寄って、スコップやライトを購入する。


 買う際にはマスク、帽子少し怪しい格好だったが、顔を見られるよりはマシだ。

 こんな格好に加え、女性が夜にスコップやライトを買いに来たので、店員は少し不思議そうな視線を向けていた。


 いや、俺が過敏になっているだけで、店員は別に普通だったのかもしれない…………


 とにかく、必要な物は買えた。


 俺は昨日、俺自身が殺された神社へ行く。

 石段をライトで照らしてみると血痕は消えていた。


 どうやら雨が流してくれたようだ。


 石段を上がりながら、確認するがどこにも血痕はない。


 あとは俺の死体をどうにかすれば、一段落する。


 俺は自分の死体を隠した裏山へ急いだ。


 しかし、途中でキャリーバッグのタイヤに土が詰まり、動かなくなる。


 仕方なく、キャリーバッグを途中で放置し、スコップとライトだけ持って俺の死体の場所へ向かった。


「ここだったよな?」


 俺の死体を隠していた場所に到着し、石や木の枝を退ける。


「うっ…………!?」


 ムカデやよく分からない小さな虫が俺の死体に群がっていた。


 それを見て、嘔吐してしまう。


 変わり果てた自分自身の死体を見て、引き返せないことを再認識した。


 吐き気、頭痛と戦いながら、俺はスコップで穴を掘り始める。

 安直だが、埋めるのが一番リスクの低い方法だと思った。


 ここから移動させようとすれば、どうしても人に見つかる危険が増す。


 それならここで処理した方が良い。

 日本の警察は死体が見つからなければ、積極的な調査を始めないと聞いたことがある。

 死体さえ見つからなければ、俺が疑われる可能性は低い……はずだ。


 そんな行き当たりばったりと希望的観測の元に始まった死体の隠蔽作業だったが、すぐに問題が発生する。


「なんなんだよ!」


 俺は悪態をついた。

 すでに三か所も穴を掘ろうとしたが、その度に木の根や岩にぶつかり、男性一人を埋める広さと深さの穴を掘ることが出来ない。


 四つ目の穴は運よく、かなり深くまで掘ることが出来た。


 しかし、広さが足りない。


 自分加奈子の身体で穴へ入ってみたが、収まり切らない。


 加奈子の身体が無理なら、俺の死体が入るはずが無い。


「………………」


 穴を掘る体力も、時間も少なくなっている。


 それにこれ以上の大きさの穴を掘れる保証はどこにもない。


「くそ……!」


 やりたくなかった方法で死体を遺棄することを決断する。


 その為に一旦、キャリーバッグを置いた場所まで戻った。


 そして、ノコギリを手にする。


 他に包丁やレインコートも取り出す。


 俺はそれらを持って、死体と穴へ急いで戻った。

 時刻はすでに深夜二時を過ぎている。


 これ以上、時間をかけると朝になってしまう。


 レインコートを着て、手袋を嵌めた。


 自分自身の顔を見ながら、死体の解体なんて絶対に嫌なので初めに首を落とすことを決める。


「やるんだ! やるしかないんだ!!」

と自分に言い聞かせ、俺の死体の首にノコギリの刃を当てた。


「はぁ…………はぁ…………」

 

 でも、中々、ノコギリを動かせなかった。

 手は震えて、涙がこぼれる。


「なんで……なんで自分で……自分の体をバラバラにしないといけないんだよ…………!」


 被害者なのに加害者になって、自分の死体を隠蔽することになるなんて…………


 しかし、嘆いてばかりもいられない。


 今の俺は加奈子の身体だ。

 女の筋力で人間一人を解体するのにどれだけ時間がかかるか分からない。


 俺は大きく息を吸って、ノコギリを握る手に力を入れた。

 ノコギリは思ったよりも簡単に肉へ入っていく。


 それに運よく首の骨の関節にノコギリの刃が入ったようですんなりと首を落とすことが出来た。


「!?」


 落ちた自分の生首と視線が合った。


 吐き気が込み上げてくる。


 俺は自分で掘った穴に嘔吐した。


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