【中編】俺は俺の死体を隠蔽する。

羊光

前編

「これで一緒になれますね、俊輔くん」


 俺は今、大学の同級生の加奈子に包丁を向けられている。


「おい、こんな馬鹿なことは止めるんだ…………」


 あまりの衝撃で腰を抜かして、上手く動けない。


 ここは人気のない深夜の神社で、後ろには石階段。


「一緒になりましょう!」


 加奈子に迷いはなかった。


 包丁を俺の胸に突き刺す。


「…………!」


 それで終わりじゃなかった。


 加奈子は刺した勢いのまま、俺共々、石段を転げ落ちる。


 視界が目まぐるしく回転する。




 嫌だ、死にたくない!




 俺はそう願ったが、無情にも意識は遠くなっていく。


 ああ、このまま死ぬんだな、と思った時、遠くなりかけていた意識が突如、鮮明になった。


 体中が痛いが、俺は生きている。


「って、包丁!?」


 俺は自身の胸部を見たが、包丁は刺さっていなかった。


 転がっている途中で抜けたのか?

 だとしても痛みが全くないし、血が出ていない。


 それに体のどこを触ってもなんだか柔らかい。


 自分の身体じゃないみたいだ。


 一体どういうことだ?


 何が起こったか分からなかった。


「!!?」


 手に何かが当たる。


 反射的に視線を移すと人が倒れていた。


 それが加奈子だと思った俺は距離を取る。


「――――!?」


 雲に隠れていた月が姿を現し、倒れた人間の姿を月光が照らした。

 その姿を見て、俺は驚愕する。


「なんで俺が倒れているんだ…………!?」


 これは幽体離脱なのか!?

 そんな小説みたいなことをあるのかよ!? 


 俺はハッとし、もう一度、体に触れる。


 やっぱり柔らかい。

 これじゃまるで女の身体だ……。


 次に股間へ手を当てるとあるべきものが無い。


 それに月光で服が確認できた。

 今着ている服は俺のじゃない。

 加奈子が着ていたものだ。


「こんな馬鹿なことがあるか!」


 事実が受け入れられず、目の前に倒れている俺自身のズボンのポケットに手を突っ込み、スマホを取った。


 そして、カメラを起動し、自写撮りモードにする。


「うわっ!?」


 思わずスマホを投げた。


 だって、そこに移ったのは加奈子の顔だったのだ。


「なんだよ、これ…………!? 漫画みたいなことが起きやがった…………!」


 間違いない。

 俺と加奈子の身体は入れ替わっている。




 呆然としながらも、事態を整理しようとする。


 俺は刺されて、石段から落ちた。

 そして、加奈子と入れ替わってしまった。


 信じられないような話だが、今は受け入れるしかない。


「そうだ、俺の体!」


 スマホのライトを頼りにもう一度、俺の体を確認する。


「ひっ!」


 思わず、悲鳴を上げてしまった。


 包丁はしっかりと左胸に刺さっており、見開いた目は瞳孔が開いている。


「は、早く救急車を呼ばないと……!」


 119番とスマホに打ち込み、電話をしようとしたところで、俺は指を止めた。


 そんなことして意味があるのか?


 見るからに死んでいるじゃないか……!


 加奈子になってしまった俺は殺人の犯罪者だ。


 仮に俺の身体が奇跡的に生きていたとしても、戻る手段が分からない。


 結局、加奈子になってしまった俺は殺人と殺人未遂の犯罪者だ。


 警察に対して、

「俺と加奈子の人格が入れ替わっている! 俺は被害者なんだ!」

なんて馬鹿げたことを言ったとしても信じてもらえるはずがない。


 精々、減刑の為に頭のおかしくなった振りをしているとしか思われないだろう。


 事件がバレたら、俺の人生は終わりだ。


 だったら、俺のやることは決まっている。




 ――――俺自身の死体を隠蔽するしかない。




「だとしたら、ここに置いていくわけにはいかない…………」


 ここは神社で夜は人気が無いとはいえ、朝になれば誰かに見つかってしまう。


「どこかに俺の死体を隠さないと…………!」


 必死に死体を隠す場所を考える。


 あまり移動するわけにはいかない。

 移動すれば、それだけ人で見られるリスクがある。


「そうだ、神社の山に隠そう」


 安直だが、今はそれしかない。


 しかし、今は夏だ。

 何日も放置すれば腐食し、腐臭で発見されてしまう。


「一旦隠して、明日の夜、準備をしてまた来よう」


 そう決めた俺は、自分自身の体を担ごうとした。


「うっ!?」


 予想以上に重い。


「そうか、今の俺は加奈子の、女の体なんだ……」


 俺は別に太っているわけじゃないが、女では成人の男を持ち上げるのに苦労する。


 結局、俺は自分自身の体を持ち上げることを諦めて、石段を引きづって登っていく。


 それだって、かなりの重労働で汗だくなった。


 俺はやっとの思いで石段を登り切る。


 しかし、ここで終わりじゃない。


 神社の裏山の出来るだけ死体が見つかりにくそうな場所を探す必要がある。


 スマホの光を頼りに山の中を探索していると丁度良さそうな窪みを見つけた。


 俺はまた自分自身の死体を引きずって、その窪みまで持っていく。


 窪みに俺の死体を置き、上から手頃な石や枯れ木などをかけて、死体を隠した。


 不自然なのは否定できないが、一日ぐらいは見つからないことを祈るしかない。


 気が付くと辺りは少しだけ明るくなっている。


「もうこんな時間かよ……!」


 スマホを確認すると午前五時を過ぎたところだった。


 死体は隠したが、他にも問題はある。


 まずは服装だ。

 泥や土、そして血で汚れている。


 こんな格好を人に見られたら、終わりだ。


 それに仕方なかったとはいえ、俺の死体を引きづったせいで神社の階段下から山まで血痕が残ってしまっている。


 誰かに見られたら、通報される。


 どうしようか、と考えていると空からポツリ、ポツリと雨粒が落ちて来た。


「そうか、今日は早朝から雨が降る予定だったんだ!」


 恵みの雨と言うべきだろう。


 これで証拠は消せるし、人に会うリスクも軽減できるはずだ。


 それでも会社や学校へ行く人たちは外に出るだろうから、早めに家へ帰った方が良い。


「でも、自分の家には帰れない」


 俺は実家暮らしだ。


 こんな泥や血の付いた服を着た加奈子の姿で戻ったら、大騒ぎになる。


 選択肢は一つしかない。


 加奈子のバックの中を確認すると鍵を見つけた。

 こいつは一人暮らしだから、一旦は加奈子のアパートに身を潜めよう。

 

 そう決めた俺は急いで神社を後にする。


 雨は次第に強くなり、日が昇る頃にはドシャ降りになっていた。

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